なんだか恥ずかしくなって、何も返さずに俯いて作業に集中している振りをする。
「お前、りーちゃんのこと好きっしょ」
「は?何言ってんですか」
「今目逸らしたやん」
にやけた顔で力斗さんが俺を見る。馬鹿にしてきるような顔にも見える。若干イラッと来て彼を見ると、力斗さんの作業は進んでいなかった。
さっきから全然梱包できてないじゃないか。俺に構わないで自分の仕事をしてくれよ。
「そんなことないです」
「ふーん」
「なんですか?」
「いやぁ、別に?まあともかくさ。りーちゃんだけじゃなく、俺もお前に来て欲しいんだよ。だってこの店舗同期で西宮だけだぜ?正直お前がいなかったら心細いんだけど!」
ぐいっと肩を抱き、顔を近づけて囁いてくる。暑い。
「来てくれよ。な?頼むって。これを機に仲良くなろうぜ?頼むよ。りーちゃんも来るんだよ」
わざとらしく目を細めて泣きそうな表情をする。かなり鬱陶しくなってきた。さっきからラミネートの検品が一向に進まない。早く終わらせたい。
ふと、もう一度凛さんの方を見る。田中店長と話をしていた凛さんとまた目が合ったが、今度は田中店長の前だからか笑ってはくれなかった。
俺は商品を置いて溜息をつき、顔だけではなく体ごと力斗さんの方を見て言った。
「わかりました。行きます」
するとようやく力斗さんは満足したのか、
「サンキュー西宮!愛してる」
と言って真面目に働き出した。
西宮桃 7月18日 木曜日 18時
30分ほど電車に揺られ、自宅から最寄りの熊越駅に到着した。そのまま家に帰る前に、途中のコンビニでやる気のない大学生のアルバイトのレジを通してカロリーメイトと水を買う。
暑さで熱がこもる長い前髪を鬱陶しく思いながら帰宅する。道すがら、至る所で蝉がないていた。
もう蝉が鳴く時期か。
夏は好きだ。紅が近くに居る気がするから。
そんなことを考えながらアパートの2階にあがり、自分の部屋の前に来ると、家のドアノブに蝉が引っ付いていた。手で軽く払い除けるとジジっと鳴いてどこかへ飛んで行った。
それと同時にポケットが振動し着信音が鳴った。スマホを確認すると、遥さんからのLINE通話だった。部屋に入り玄関のドアに部屋にもたれかかって応答ボタンを押す。
「もしもし、桃です」
『遥かです。ごめんなさい、今大丈夫だったかしら』
「ええ、大丈夫です」
『ありがとう。久しぶりね、元気?ちゃんとご飯は食べてるの?』
「元気ですよ。コンビニ弁当だけどちゃんと食べてます。」
『コンビニ?あら、ちゃんと栄養のあるもの食べなきゃダメよ。あなた、ほっといたらカロリーメイトしか食べないでしょう。あれは非常食であって、一日に必要な栄養があれだけで補えるわけじゃないんだから』
「ああ……」
『去年は仕事忙しかったでしょ?だからまた2日前になっていきなり行きますって言われても、家の掃除も出来ないから、今のうちに聞いておかなきゃと思って』
「すみません。そういえば去年はそうでしたね。この時期の印刷業界は色々と忙しいんです。夏のキャンペーンのチラシとか、夏祭りのポスターとか、めちゃくちゃ仕事が増えてきちゃうのでなかなか連絡できなくて……」
『いいのよ。去年もどうせ来るんだろうなと思ってたから。掃除してなかったのは私の怠慢よ。今年も来るんでしょう?』
「行きます。具体的にいつになるかは会社よシフトを見て調整なので、また連絡します」
『良かった。じゃあ、何か食べたいものあるかしら?』
「いえ、別にそんなお構いなく。むしろ何かお土産持っていきます」
『あら、こっちは気にしないで。あなたに会えるだけで嬉しいわ。もう毎日暇だから、遊びに来てくれるのが凄く嬉しいのよ。一年に一回とは言わず、何かあればすぐに帰ってきてくれていいのよ』
「ありがとう。お言葉に甘えて、機会があれば」
『ええ。じゃあ、今年も待ってるから。何日頃来るか決まったら連絡ちょうだいね。暑くなってきたから体に気をつけなさいよ』
「わかりました、気をつけます」
『あと野菜はちゃんととること。水もちゃんと飲むのよ。あなた体細くていつ倒れてもおかしくないんだから』
「そうですね。分かっています」
『この時期は食べ物が腐りやすいんだから、賞味期限もちゃんと見なさいね。あと、家賃は払えてるのかしら?使いすぎてお金が足りなくなったらいつでも言うのよ?』
「遥さん、気にしすぎです。俺は大丈夫。大丈夫ですから」
『あ、たらそう?まあ、なにかあったらいつでも連絡してちょうだいね。じゃあ、待ってるから』
「ええ、ありがとう」
『あの子も、きっとあなたのことを待ってるわ』
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!