次の日の午前中、私たちはオズワルドさんやガッシュさんが働いている鉱山にやってきた。
メンバーは私、ルーク、エミリアさん、ジェラードの四人。いつも三人で行動するのが多いから、四人というのは何か新鮮だ。
「――よぉ、アイナちゃんたち!」
偶然にもガッシュさんが外にいたので、まずはご挨拶。
「お久し振りです。コンラッドさんの件以来ですね」
「ああ、その節はありがとうな!
みんな給料が上がるってんで、次の給料日を心待ちにしているぜ!」
「え? でもその割にみなさん、夜な夜な酒盛りをしていませんか?」
「はっはっは!
そうだな、みんな堪え性が無ぇからな。いやはや、その通り!」
ガッシュさんは豪快に笑う。
うーん、鉱山の男っぷりが見られるのも、今日で最後か。
「あ、それでですね。
私たちは明日の朝にミラエルツを発つので、最後のご挨拶をと思いまして」
「そうなのか?
ああ~、俺たちの女神がいなくなっちまうなんて寂しいぜ」
「え、何ですかそれ」
「アイナちゃんは、俺たちの財布に舞い降りた女神だからな!」
……ああ、そういう。
少し呆気に取られていると、ガッシュさんは私の後ろにも声を掛けた。
「それにしても、そういえばアルリーゴも一緒にいるんだな?」
「どうも、ガッシュさん。お久し振りです」
「「……アルリーゴ?」」
ぼそっと声をハモらせたのは、ルークとエミリアさんだ。
私も小声で、二人にぼそっと伝える。
「ジェラードさん、鉱山ではそう名乗っていたんですよ」
「「へぇ……」」
何せスパイみたいな仕事が本職だから、至るところで偽名を使っているんだろうね。
ジェラードに鑑定を使うと『ハルバー・クリフ・レリス』っていう名前らしいから、『ジェラード』っていうのも偽名なんだろうけど。
「それにしてもお前……。
右腕が治って、この街から出て行ったって聞いていたが?」
「はい、アイナちゃんに右腕を治してもらって――
……その縁で、一緒に旅をさせてもらうことになりました」
「ほう、それは良いな。
俺たちの分まで、しっかりアイナちゃんを助けてやるんだぞ」
「もちろんです」
「……というわけだ、アイナちゃん。
アルリーゴのやつは馬車馬のようにこき使ってやってくれよ!」
「はーい、分かりました♪」
「ちょっとアイナちゃん、そこは分からないで!」
「はっはっは! お前も覚悟しておくんだな!」
「そんなぁ……」
……和やかな会話が続く。
ひとしきり話したいことを済ませると、ガッシュさんは気を利かせてくれた。
「それじゃ、アイナちゃん。
オズワルドさんを呼んでくるからさ、ちょっと待っててくれな」
「はい、お仕事中にすいません」
「なんのなんの!」
ガッシュさんは意気揚々と、坑道の中へと消えていった。
――10分後、オズワルドさんが一人で戻ってきた。
「やぁアイナさん、こんにちは」
「オズワルドさん、こんにちは。
今日は最後のご挨拶にきました!」
「おうおう、ありがたいね。
何だかアルリーゴもいるが、それは置いておこう」
「アルリーゴさんの風当たりには、愛が込められていますね」
「はははっ、やつとはもう挨拶を済ませてあるからな」
「そんなぁ、オズワルドさん。
せっかく来たんですよー?」
ジェラードは、少し寂しそうに笑った。
「仕事を辞めるってときに、せっかく良い話をしてやったのに……。
そのあとノコノコ戻ってくるんじゃねぇよ!」
……ああ、なるほど。すでに感動の別れがあったんだね。
それはオズワルドさんとしても、少し居心地が悪いかもしれない。
「あはは。ジェラ……ごほん、アルリーゴさんも、ここを離れるのが寂しいんですよ。
今日も、自分から来たいって言い出しましたし」
「ちょちょちょ、アイナちゃん!
そういうのは黙っておくのがマナーだよ!」
「俺は気にしないから大丈夫だぞ?
それじゃアルリーゴ、ちょっとアイナさんと話があるから、お前は向こうに行っててくれ」
「うわぁ、塩対応……。
分かりましたよ、もう!」
そう言うとジェラードは、ルークとエミリアさんと一緒に、少し離れた場所まで歩いて行った。
「……さてと、アイナさん。
話が前後してしまうが、アルリーゴの右腕を治してくれたんだってな。
治ってからのアイツはとても明るくなって――
……俺もずっと心配していたんだが、これでようやく肩の荷が下りるってもんだぜ。本当にありがとう」
「いえいえ、これも何かのご縁ですし」
「ははは、事も無げにいってくれるぜ」
「それにしてもアルリーゴさんのこと、そんなに心配してらしたんですね」
「ああ……。
アイナさんは、アイツの右腕の事情は知っていたっけ?」
「何か仕事に失敗して、誰かに傷つけられて……ってくらいですけど」
「そっか、知っていたか。
実はそこら辺の兼ね合いもあって、アイツはこの鉱山に送られてきたんだよ。
……俺は、面倒を見る係さ」
「そうだったんですね。長い間、お疲れ様でした」
「ははは、どうってことないさ。
それでな、アイツのこともコンラッドのおやっさんのことも、アイナさんにはすごくお世話になっただろう?
だからお礼がしたくてな。何か欲しいものはあるかい?」
「え? そういうのは大丈夫ですよ」
「いやいや、気持ちだから! 何でも言ってくれよ」
うーん、欲しいものかぁ……。
あるにはあるけど、全部高いものだからなぁ……。
「鉱石関係でいうと、オリハルコンかミスリルが欲しいです」
「オリ……!?
いやいや、さすがに無理だから!」
「ですよねー」
「……あ、いや、待てよ?
そこら辺の情報だけで良いなら……」
「え? 何かご存知なんですか?」
「おう。それじゃ、この情報をお礼とさせてもらおうか。
まずはミスリルな。これは、メルタテオスを治める貴族サマが持っていると思うぞ」
「……メルタテオス?」
「うん? ここから王都までの中間くらいにある街だ。
宗教都市メルタテオスって知らないか?」
ああ、その辺りに大きな街があることは知っていたけど……そんな名前だったっけ?
地図では見ていたはずなのになぁ。
「すいません、私はクレントスから旅を始めたもので……」
「そうなのか、なるほど。
いつだったかな、この街で珍しくミスリルが出たときに――
……アーチボルドって貴族が、全部買い占めていったんだ」
「全部!?」
「量は、確か20キロくらいだったかな?
金属の収集が趣味だそうだから、まだ持っていると思うぞ」
「趣味、ですか……。
でも、そんな人が手放しますかね?」
「ふふふ、それを踏まえて話をしているんだ。
その貴族なんだが、最近はハゲに悩んでいるらしい。
ずいぶんとお金を出して、色々と頑張っているらしいぞ」
「は、はぁ……。
私は別に、ハゲてても差別はしませんよ?」
「いやいや、そういうことじゃなくて。
アイナさんは錬金術師だろう? 髪を生やす薬を作れるなら、交換とかできるんじゃないかな?」
「!!」
「メルタテオスは宗教都市なんだが、たくさんの宗教がひしめき合っている場所なんだ。
どこかの宗教に助けを乞うては裏切られ……の繰り返しらしい。
まさに、神頼みをしたくなるレベルの悩みなんだろうなぁ」
オズワルドさんは、しみじみと噛み締めて言った。
大丈夫。オズワルドさんは、まだそんなにハゲてないですよ。
「それじゃ、メルタテオスでちょっと頑張ってみますね。
薬は作れるか分からないですけど」
「ははは、アイナさんに作れないなんてものがあるのかね?
あ、それともうひとつ。オリハルコンの方なんだが」
「え? もしかして何かご存知なんですか!?」
「いや、これはただの噂なんだが……。
この国の王様が持っている、らしいぞ」
「……王様、ですか」
本当だったらすごいヒントではあるけど……。
国のトップだから持っていてもおかしくは無いし……。
でも――
「うーん。さすがに王様から頂戴する流れは、まるで見えませんね……」
「やっぱりそうだよなぁ……。
それじゃ俺のお礼はミスリルの情報まで、ってことで頼む」
「はい、とても助かりました!」
「おう、それは良かった。
……さて、それじゃアイナさん。他の連中にも挨拶していってくれないか?」
「え?」
「ほら、アイナさんには崩落事故のときにお世話になっただろう?
何回か告白されるかもしれないけど、ちょっと寄っていってくれよ」
「ははは、まさかそんな――」
このあと、他の三人と合流してから坑道の中で挨拶をした。
オズワルドさん主催で設けられた『アイナさんに告白コーナー』では、実に7人もの男が声を上げ、見事に全員が玉砕していった。
……ついでにその影で、ジェラードも2人から告白されていたのは内緒だよ。
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