――あれから1週間が過ぎた。
村を出て以来、私たちの旅は順調に進んでいる。
それもこれも、食糧を無事に調達できたことがとても大きい。
食糧さえあれば、街や村に寄らないで済む。
その上で人のいない場所を進んでいけば、追手には見つからない……というわけだ。
引き続き、馬車の御者はルークがやってくれている。
私とエミリアさんはスライムのリリーを囲みながら、外の様子を眺めながら、今日も馬車に揺られていた。
リリーはいつも私の側にいてくれて、そして旅にも付いてきてくれた。
何を考えているのか、何を思っているのかは分からないけど、それはそれでとても可愛いものだ。
ちなみにリリーは、馬車を止めている間にそこら辺の草を勝手に食べて、食べ終わると私の膝に戻ってくる。
表情は分からないものの、とっても賢くて人懐こい子なのだ。
――そんな新たな仲間を加えて、馬車は人影のない道を走っていく。
現在の場所としては、宗教都市メルタテオスの南西あたりだろうか。
王都から辺境都市クレントスの旅路の、おおよそ三分の一あたりの場所になる。
「……メルタテオスって、何だか懐かしいような、そうでもないような……?」
街の影も形も見えないが、とりあえずそんな思いを馳せてみる。
いや……実際にメルタテオスは、他の街に比べるとどこか印象が弱い。
これでは思いをしっかり馳せられているのか、不安になってしまう。
……そもそも、メルタテオスでは何をやったっけ?
確かアーティファクト錬金を初めて試して、いろいろな効果を付けて遊んだっけ……。
あとは育毛剤を作って、ミスリルを手に入れて、どこかの宗教の教祖様の頭を豊かにしたっけ……。
そうだ、教祖様といえば――
「アイナさん。ガルルン教の展示は、まだあのままなんですよね?」
エミリアさんと同じタイミングで、ガルルン教のことが頭に浮かんできた。
自分の作った宗教を展示する施設があって、そこにガルルン教の展示スペースを作っていたのだ。
「契約の期間はまだまだありますし、展示スペースも残っているはずですけど……。
でも私の名前で借りているから、もしかしたら撤去されているかも……?」
撤去されて失うものといえば、ガルルンの置物1個と、ガルルン教の教えを学ぶ機会くらいなものだろうか。
しかし、このまま無くなってしまうのは忍びない。
ガルルン教についても、今の生活が落ち着いたら確認してみて、もし撤去されているようであれば新しく展示をしてもらうことにしよう。
「ガルルン教……。
残っていてくれると、わたしも嬉しいんですけど――」
エミリアさんも寂しそうに呟いた。
ガルルン教はノリと勢いから生まれた宗教ではあるものの、私たちの旅で作ってきた思い出の一つなのだ。
「……ガルルンといえば、作ってもらった置物も全部王都に残してきちゃったんですよね……。
巨大ぬいぐるみも置いてきちゃったし……。
――あっ!!」
「え?」
突然の私の言葉に、エミリアさんが驚いた。
「そうそう、これだけは助かったんですよ!」
そう言いながら、私はアイテムボックスから白いふわふわの物体を取り出した。
30センチくらいの……真っ白なガルルンのぬいぐるみ!!
「――おぉ!?」
それを見た瞬間、エミリアさんは信じられないような、嬉しいような、そんな表情を見せた。
このガルルンのぬいぐるみは、私の錬金術師ランクがSランクに上がったとき、エミリアさんにプレゼントしてもらったものだ。
元々はベッドサイドに置くためのものだったが、話し掛ける用……独り言を誤魔化すとき用に常備することにしていたのだ。
……そういえば確か、中に『白癒石』っていうのが入っているんだっけ?
安眠できるように、今晩から枕元に置いてみようかな。……正直、すっかり忘れてしまっていたのは内緒だ。
「それじゃ、エミリアさんは白ガルルンに癒されていてください」
「ありがとうございます!
えへへ、懐かしいですね……♪」
エミリアさんはぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと抱きしめてしばらく黙っていた。
思い出すのも懐かしい、あのときもらった、みんなからのプレゼント――
レオノーラさんからは『火の封晶石』と、高そうなネックレス。
テレーゼさんとダグラスさんからは、彫金の施された分厚いノート。
エミリアさんからは、白ガルルンのぬいぐるみ。
そして――
「……ジェラードさんからもらったものだけ、持ち出せなかったんですよね……」
それは錬金術のお店のための、扉に付ける鐘。
カランカランと心地良い音を出す、アンティーク調の逸品だった。
私としてはいずれ王都でお店を開くつもりだったから、あの鐘はすでに扉に取り付けてしまっていたのだ。
お店を開く前、まさか王都から逃げ出すことになるとはまったく思わなかったわけで……。
……それにしても、ジェラードからもらったものを持ち出せなかったし、ちょうどジェラードがいない間に王都から逃げることになってしまったし。
何となく、ジェラードとの繋がりが切れ掛けているような気がしてしまうけど――
……いやいや、そんなことは無いよね? またいつか、きっと会えるよね? ……絶対に、ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近は雨が降らなくなったものの、何だかやたらと寒くなってきた気がする。
徐々に少しずつ、日中の気温が低くなっている感じだ。
昼食時に焚き火を起こすと、夏という季節でありながら、その暖かさが身に染みてくる。
そういえば今、季節は夏らしい。
「……夏っていうと、私の国ではもっと太陽がギラギラしていて、それこそ灼熱~って感じでしたよ?」
近年では最高気温が40度を超える場所が増えるなど、だんだんときつい気候になっていた記憶がある。
それと比べれば、この国は圧倒的に穏やかで過ごしやすい環境だ。
「この大陸はもともと気候が温暖で、一年中過ごしやすいですからね。
真夏でも長袖で問題ありませんし、冬場もそこまでは冷えないんですよ」
「へー、そうなんですか」
「しかし他国の中にはアイナ様の国のようなところもありますし、『砂漠の国』や『雪の国』などと呼ばれるほどの、過酷な環境を持つ国もあるそうです」
「なるほどー。いろいろな国があるんだね」
……この大陸が穏やかな気候だったのは、やはり光竜王様の加護によるものだったのだろう。
光竜王様が転生して以来、今まで降らなかった雨が降るわ、気温が下がってくるわ……。
もしかしたらただの偶然かもしれないけど、偶然に期待するほど今の私は楽観的でも無い。
このまま気温が下がり続けたらどうなるのだろう。
穏やかな気候を前提に発展した国であるなら、きっと酷いことが起こっていくに違いない。
……しかし、それは今の私にはどうしようも無い。
錬金術が使えたとしても、自然に対して何かをするだなんて難しいだろう。
神器が手元にあるとはいっても、光竜王様のような加護を何かに与えるというのはきっと不可能だ。
仮に、私に何かが出来るとすれば、光竜王様のあの言葉――
とにかく生き延びよ。そして無事に試練を乗り越えることができたなら……『神託の迷宮』を訪れるが良い。
――その言葉に|縋《すが》るしかない。
『神託の迷宮』に着いてから『まだ試練を乗り越えてませーん。あとで来てねー』とかいう展開だったら、ショックで死んでしまいそうだけど……。
……いや。それが一番、しんどいかもしれない……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夕方。
今日も日が暮れて、焚き火を囲みながら夜に備える。
ルークには休んでもらい、私とエミリアさんは食事の準備をしていた。
何せルークは、夜番の大半も一人でこなしてしまう。
神剣アゼルラディアの効果で疲労は溜まらないとはいえ、やはり少しでも休息を取ってもらわないといけない。
夜中は夜中で私が上手く眠れないものだから、夜番は二人に任せきりだ。
早く悪夢をどうにかして、私も少しくらいは参加したいものだけど――
「……わわっ! アイナさん、オイルを入れ過ぎじゃないですか!?」
「えっ? うえぇ、本当だ! すいませんっ!!」
少しぼーっとしてしまい、お鍋に調味油を大量投入してしまった。
慌てて余計な分を取り除いて味見をすると、まぁ……無くは無いか……? というギリギリの味だった。
エミリアさんも味見を求めてきたので、スープを少し取って小皿で渡す。
「んんー……。
ちょっとクドイですね。こういうときは、強い味の野草を入れれば味が引き締まるんですよ」
「野草ですか……。そこの草むらで、何か無いか探してきます」
「お願いして良いですか? ここら辺だと『ニゾラ草』っていうのが生えているかと思います。
わたしは火の番をしていますね。見つからなかったら、戻ってきちゃってください」
「はーい。
それじゃリリー、行こっか」
私は足元でぷるぷるしていたリリーを抱きかかえて、近くの草むらへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さてさて、ニゾラ草……なんて草は初耳だけど、私には鑑定スキルがあるから問題は無い。
それじゃ早速、広範囲かんてーっ!
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【普通の岩】
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【枯草】
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【石】
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【ニゾラ草】
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――お、あったあった。
ニゾラ草の場所を特定しながら進むと、青々とした草が群生しているのを見つけた。
持っていたナイフで採集して、軽く鼻を近付けてみる。
……おおぅ、確かに臭いが強い……。
でも何だか、ちょっとクセになるっぽいやつかも。
料理に使えるというのであれば、これからも使うかもしれない。ここは少し多めに採っていくことにしよう。
本当は全部持ち帰りたいくらいだけど、採集では根こそぎ全部を採ることはマナー違反になるのだ。
人が見ていないところでこそ、こういうことはしっかり守らないとね。
一通りの採集を終えて、そろそろ戻るか……と顔を上げると、リリーがニゾラ草を体内に入れてぷるぷると揺れていた。
いつもなら体内に入れたものはすぐに溶かしてしまうんだけど、今回は溶ける様子がない。
「……もしかして、リリーも手伝ってくれたの? ありがとね♪」
リリーを優しく撫でてあげると、リリーは多分、嬉しそうに身体を揺らしてくれた。
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