TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
息抜き小説部屋

一覧ページ

「息抜き小説部屋」のメインビジュアル

息抜き小説部屋

2 - 美術館のはなし

♥

103

2024年01月25日

シェアするシェアする
報告する


「へぇ…美術館なんて初めてだな。」


隣にいる類がワクワクしたような声色で呟いた。


「ああ。たまたまチケットが当たってラッキーだったな。何かショーにも役立つ事が学べるかもしれん。」


事の経緯は上の通り。美術館のチケットがたまたま当たり、2人で見に来たという訳だ。


「そうだね。照明の当て方とか、参考になる事がたくさんありそうだ。」


相変わらず、どちらもショーの事しか考えてないが…


「時に司くん、知っているかい?」


類が俺に問いかけた。


「この美術館、ある人気画家が描いた絵が展示されているんだけれど…」


そこで一息置いた。


「あまり魅入っていると、絵の世界に取り込まれちゃうって話だよ。」


悪戯っぽく類は微笑んだ。


「あぁ…調べた時に何となくそんな噂は見たが、それはただの比喩だろう。」


絵の中に取り込まれる感じがするくらい、素晴らしい絵と言うことなのだろう。


「ふふ、まぁそうかもね。体験した人たちのコメントも見たけれど、白昼夢かもしれないし。」


「全く…噂は噂だ。早く受付するぞ。」





「なんというか…とても個性的だな。全体的に見て。」


目の前には涙を流す少女の絵がある。

タイトルは「失せ物」と書かれている。


「失せ物か……とても悲しそうだね。」


涙を流してる少女には何かを失くしてしまったのだろうか?

絵の事はあまり分からぬが、天才とは変人だからな。

類みたいに。


「見て見て。こっちのは…いばら姫の末路だって。」


倒れた少女と折れた薔薇が描かれた絵がある。


「いばら姫とは…あの童話の事なのだろうか?それとも創作か?」


「フフ、真相は作者にしか分からないからね。こうして考察するのも、絵の魅力なんだろうね。」


「おお!こっちの絵は何だかダイナミックでカッコイイな!」


俺は様々な色が使われた抽象画を見て言った。


「抽象画だね。タイトルは…生命力、だって。フフ、考えさせられるね。」


「生命力…確かに、この絵は何だかエネルギーを感じるな。」


「知識がなくても、絵って楽しめるものだね。」


確かに、知識が無くてもこうして見て考察するのはとても楽しい。


「おや、こっちの絵は……扉?」


他の絵とは浮くような、ただ扉が描かれているだけの絵があった。


「む、他の作品とは違うな。タイトルは…境目?」


「不思議だねぇ。確かに、扉って何かと繋がる境目って感じするよね。」


ただの扉の絵だが、何か違和感を感じた。

何かがおかしい。これはきっと、ただの絵ではない…


「……」


類も感じているようだ。少し険しい顔をしている。


「なぁ、類、この絵…」


そう言った瞬間、絵の中の扉が開いた。





「……ん?」


目を開けると、さっきとは変わらない美術館だった。

さっきのは何だったんだ?


「なぁ、類……」


隣を見ると、類がいない。

それどころか、他の客も全員消えていた。


「なッ……?!?!」


突然の出来事に、動揺が抑えられなかった。


「と、とにかく……出口に行ってみよう。」


俺は出口の扉を開けようとしたが、開かない。


「ふむ…これは、どうしたものか…」


『え____す__よ___』


ふと、向こうから声が聞こえた気がした。


「…類か?」


声が聞こえた方に行ってみると、見たことの無い扉があった。


「こんな扉…来た時には無かった…」


俺は迷った末、扉を開ける事にした。


ギィィ…




「…おや、ここは、、、」


目を開けると、知らない場所にいた。

司くんは……


「司くん!いないのかい?」


……


声はどこかに吸い込まれて消えてしまった。


「これはこれは…困ったことになったね。」


とても不思議な空間だ。1面紫色の壁に、絵や家具が飾られている。


「とにかく…司くんを探そう。部屋を少し調べてみようかな。」


1番手前にあった引き出しの中身を確認してみた。


「何かの書類にハンカチ……おや、何かの鍵があるね。」


僕は小さい鍵を手に取った。持っていくか迷ったが、後々必要になるかもしれないから、借りることにした。


「他に調べられそうなもの…そうだ。まずここから出られるかどうかだね。」


僕は扉まで行き、取っ手に手を掛け、扉を開ける動作をした。

扉はすんなりと開いた。


「おお、開いた。さて、司くんを探そうか。」


自分でも驚くほどの冷静さだ。自分が今、何をすべきなのかが明確で、ただそれを果たそうとしている。

とても淡々と、怖いなどの感情を置き去りにして。


部屋を出たはいいが、本当にとても奇妙な空間だ。

ここも美術館なのだろうか?絵画や彫刻が飾られている。

飾られている作品はどれも不思議なものだった。


「わぁ…これは…目?タイトルは…炎?」


目だけをアップに描かれた絵画には、炎と名付けられていた。


「ふむ…闘志とか、そういうものを表現してるのかな?」


「おっと、いけない。作品よりも、司くんを探さなきゃ。」


ギョロっと動いた瞳には、誰も気が付かなかった。





「ここは……?!?!」


見知らぬ扉を開けた先には、不気味な空間が広がっていた。


「なんなんだ、これは……」


不気味な彫刻だ……そう思った瞬間、彫刻が動いた。


「どわぁぁぁぁ?!?!?!」


彫刻の花がゆらゆらと揺れ動いている。


「な、ななな、なん…?!ほ、本物…?!」


本物で無いことは明らかだった。

だが、彫刻が動き出すなどそんなおかしい事は無いだろう。


ま、まぁ…あれか?ロボットみたいな機械なのか?

それなら動くのも…納得だな。


「ふぅ…ビックリはしたが、類も似たようなものを造ってたからな。もう驚きはせんぞ!」


ブーンという音がした。

その姿を確認するなり、俺は悲鳴をあげた。


「ぎ、ギャァァァァァ?!?!?!」


それは大きな彫刻のような蜂だった。


「む、むむむむ、む、虫!?!?」


蜂は揺れ動く花の元へ飛んでいき、そこで止まった。


「うぅ…こっちにはもう進めんな…」


俺は別のルートから回る事にした。

蜂に道を塞がれては通れんからな。


「まさか虫がいるとは…しかも、デカいし…何なんだ、全く。ロボットなのか?」


心を落ち着かせようと、何か無いかとポケットを探った。

すると、何か硬いものがあった。


「ハッ、すっかり忘れていた!!これがあるじゃないか!!」


俺はスマホを取り出した。


「これなら、類と連絡が取れるかもしれん!!」


早速スマホを操作してみる。どうやら、電波はあるようで、メールアプリを開いてみる。


しかし、メールアプリを開いた瞬間、圏外になってしまった。


「な…ッ?!圏外?!さっきまで電波あっただろう!!?」


何かが電波を遮断しているのだろうか?

しかし、電波のある所は……


「……待てよ、嫌な予感が、、、」


俺はさっきの花と蜂の彫刻の方を向いた。

まさかとは思うが…


俺は少し離れた場所から、花を観察した。

すると、花のめしべの部分が電波塔のようになっている事に気が付いた。

きっと、蜂が電波を遮断しているのだろう。


「い、いやいやいや、そもそもあれが電波塔か分からんし……」


しかし、可能性はある。

だが、それにはあの蜂を追い払わねばならない。


「うぅ…何か…何か追い払えるような物は…」


俺は蜂を追い払えそうな物を探しに行くことにした。





「…ふむ、これは、、」

子供の落書きのような絵を拾った。

絵には蜂から逃げる男の子と、花が描かれていた。


「ここに子供がいるのかな?」


そういえばさっきから、『キャハハハハ』と言った声が聞こえる気がする。


「うーん、とりあえず、他の絵も調べてみて…」


突然、部屋が暗闇に包まれた。


「!?」


「急に何が…それより、これじゃあ進めないよ。」


明かりになりそうなものは持っていない。

さて、どうしたものか…


『なぞかけ、なぞかけ、やる?』

すると急に黒い壁に、白く光る文字でこう書かれた。


「謎掛け…?」


また文字が浮かび上がる。


『せいかいしたら、いいものあげる。まちがえちゃったら…キャハハハハ』


とても奇怪な文章だ。間違えたらどうなるのだろう。

けれど…とにかく、やってみる方がいいだろう。


「分かった。謎掛け、やるよ。」


また文字が浮かび上がった。


『じゃあ、なぞかけ、なぞかけ。』


『両足八足、大足二足、横行自在、両眼大差。これなぁに?』


いきなり現れた漢字に少し驚いた。

しかし、今は謎掛けに集中しよう。

両足八足、大足二足、横行自在、両眼大差…

どこかで聞いたことある。たしか、何かの本で見たような…


『わからない?わからない?』

また文字が浮かび上がった。


「今考えてるから、もう少し待ってもらってもいいかな?」


『わかった。まつ、まつ。』


子供なのだろうか。拙い字だ。


必死に記憶を辿り、思い出してみる。

両足八足、大足二足、横行自在、両眼大差…

しばらく考えた後、やっと思い出した。


「答えは、蟹だ。」


僕は白い文字を待った。答えは合っているはずだ。

昔、蟹坊主という妖怪がこの様な謎掛けを僧にしては、答えられなかった僧を殺していたと聞いた事があったんだ。


しばらく待って、やっと白い文字が浮かび上がった。


『せいかい、せいかい。』


続けて文字が浮かび上がった。


『せいかいしたからいいものあげる。』


すると、電気がついたのか、元の明るさに戻った。

下を見ると、星型のブローチが落ちている。


「これがいいものなのかな?じゃあ、有り難くもらっていくとしようか。」


僕は星型のブローチを大切にポケットにしまった。

ふと、ポケットに何か入ってる事に気づいた。


「おや、これは……」


見るとスマホだった。普段から、スマホを触る習慣が無いからすっかり忘れていた。


「これなら、司くんに連絡出来るかもしれないね。」


僕はスマホを操作して、連絡を取ろうとメールアプリを開いた。

しかし、どうやら圏外なようで、繋がらなかった。


「おや、圏外か。どこか電波のある所を探すしか無さそうだね。」


電波なんてあるのか分からないけれど、とりあえず探してみることにした。




「むぅ、ここにあるのは鉈やバール…物騒なものばかりだな。」


近くにあった部屋に入ってみたが、物騒なものばかり置かれていた。


「蜂を追い払うのに、出来るだけ刺激はしたくないからな…」


もしあの蜂が刺してくるのだとしたら、ただでは済まないだろう。

何か、もっと穏便に済みそうなものは…


「…おお!!これなら大丈夫なんじゃないか?」


俺は壺の中に入った蜜を見つけた。


「これをどこかに塗って、蜂を別の場所まで追い払おう!」


しかし、そんな事出来るのだろうか…

もう少し慎重に考えるべきか?

こういう時、類ならどうするだろうか…


「…棒に蜜を塗って蜂を引き付けて、どこかに閉じ込める…とか?」


となると、俺は蜂から全速力で逃げねばならない。

リスクはあるが……一か八かだ。


「…なぜ、こんなタイミング良く手頃な棒が置いてあるんだ、、、」


俺は手頃な棒の先に蜜を塗り、花の所へ向かった。



蜂は花にとまっていた。

ある程度近付いて、こちらに気づくのを待ってみる。

蜜の匂いに反応したのか、蜂がこちらに気付いた。

その瞬間、俺は走り出した。

さっきの物騒な部屋には鍵が付いていた。それを外から掛ければ出られないだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ…!!!」


蜂がかなり近くまで来ている事が分かる。

俺は全速力で部屋に駆け込み、棒を部屋の奥に放り投げ、しゃがんだ。

蜂はそのままの勢いで棒の所まで行き、そこでとまった。

まだ油断は出来ない。

俺は急いで部屋を出て、扉に鍵を掛けた。


カチャン


「……はぁぁぁぁ、、、」


俺は安堵して、その場に座り込んだ。


「怖かった…ものすごく怖かった…!!」


だが、これで電波が繋がるはずだ。

俺はスマホを取り出し、メールアプリを開いた。

圏外にはなっておらず、連絡を取ることができそうだ。


「とりあえず、類に電話…!!」


俺はすぐに類に電話を掛けた。





結構色んな所を歩いたけれど、電波は無さそうだった。


「うーん、どうしたものかね…」


まぁ、電波が無いのなら仕方ない。別の連絡手段を探そうか。


すると、また子供の落書きのような絵が落ちていた。


拾って見てみると、何か四角い黒いものを耳に当てた男の子が描かれていた。


「ふむ……これは、電話してるのかな?」


もしかすると、何か意味があるのだろうか。


『キャハハハハ』


甲高い笑い声が聞こえてきた気がした。


「誰かいるのかい?」


声を掛けると、遠くから『キャハハハハ』と声が聞こえる。


気になったので、声の主を探そうと、声の聞こえる方へ向かった。






「……君かい?さっきの笑い声は。」


目の前には、一体の人形がある。

フランス人形のようだ。

僕の問い掛けに対しては答えず、ただ黙っている。


「…まぁ、人形は普通喋らないよね。」


プルルルルル


突然、電話が鳴った。

どうやらこの部屋には電波があるようだ。


「司くん?!」


電話は司くんからだった。

僕はすぐに通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。


「もしもし、司くんかい?!」


ザザ、というノイズ音混じりに、司くんの声が聞こえた。


【類!聞こえるか?】


「ああ、聞こえるよ!君は今、一体どこに…」


【今…大きな花の彫刻がある部屋にいるんだ。だが、こっちには閉じ込めてはいるが、巨大な蜂がいるから危険だ。】


「巨大な蜂…?閉じ込めたって、ツカサくんがかい?」


【ああ。色々あってな。類はどこにいる?俺がそっちに向かおう!】


「僕は…今、フランス人形がいる部屋にいるんだけど…ちょっと待ってね。もう少し分かりやすい場所に移動するよ。」


【あぁ!何か目印になりそうな物を教えてくれ!】


僕は部屋を出て、少し広い場所を探した。


「あった…。司くん、僕は今、大きな桜の木の下にいるよ。」


【お…大きな桜の木の下…?もしや、外にいるのか?!】


「いいや、室内だ。恐らく、君と同じ美術館の中にいるよ。あちこちに花びらが飛んでいるから、見付けやすいかもしれない。」


【分かった!!桜の木の下だな!すぐに探すから、待っててくれ!】


「うん!気を付けてね。」


電話を切った。

司くんの声を聞いて、少し安心したせいか力が抜けていく感覚がした。

ずっと歩きっぱなしだったし、少し休憩しよう。


舞ってきた花びらを手に取り、それを眺める。

まるで本物のようだが、どこか偽物っぽい感じがする。

ここは本当に不思議な場所だ。

そういえば、司くんは巨大な蜂が危険とか言ってたけど…もしかして、追いかけられたりしたのかな?


「僕はまだ襲われるような経験はしていないけれど…ここには、そういう危険もあるのかな。」


そう思うと、少し不安になってきた。

司くんの声を聞くまでは我慢出来たのに。


込み上げてくるものを必死に抑えて、司くんが来るのを待った。






「大きな桜の木の下…!!どこだ?!」


今更だが、ここは有り得ないくらい広い。

右か左かも分からない状況で、果たして類を見付けられるのだろうか?


いいや、見つけてやる!!

どこに居たって、俺は必ず類を見つけて見せる!!



しばらく走っていると、桜の木の絵画を見付けた。


「む、これは……違うな。絵だ。」


桜の木の絵画があるということは、もしや近いのだろうか?


とにかく、ひたすら類を探した。

ここがどこかも全く分からなかったが、とにかく前に進み、扉を片っ端から開けてくまなく探した。


「類!!類!!いないのか?!」


大声をあげても、声はどこかに吸い込まれてしまう。


それでも諦めずに、俺は類を探し続けた。


どれほど経っただろうか。

突然前から、1枚の花びらが舞ってきた。


「この花びら…!!向こうか!」


俺は花びらが飛んできた方向に全力で走った。

前へ進んで行くにつれて、舞っている花びらの量が増えていく。

近い!きっと、この先に類がいる!!



長い長い廊下を抜け、とうとう開けた場所に出た。


「類っ!!!」


その声に反応して、桜の木の下に座っていた類がこちらを振り向いた。


「司くん!!」


俺はすぐに類に駆け寄り、力いっぱい抱き締めた。


「良かった…!!!探したんだぞ!!類…!!もう絶対、離さんからな!!」


「もう…見付けてくれないかと思った…!!ありがとう、司くん…」


「類…」


ふと、違和感を感じた。

ほんの些細な違和感だ。普通ならまず気がつかない。


俺を呼ぶ類の声が、「別の何か」な気がした。


俺が少し類から離れた瞬間、


「司くん……?」


後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


振り返ると、類がいた。


「な…類?なら、さっきの類は…」


俺は振り向いた。


類(?)はゆっくりと立ち上がった。


俺はすぐに本物の類の所へ駆け寄った。


「あ、あれは一体誰だ…??!」


類も怖いのか、少し震えていた。


《酷いじゃないか、司くん。もう離さないって言った癖に。》


違う、あれは類じゃない。「別の何か」…


「司くん、走ろう!!」


類に手を引かれ、それを合図に走り出した。


ずっと走っているから、体はもう疲弊しきっていたが、それでも足を動かし続けた。

後ろを振り返る余裕なんて無かった。

俺たちは2人でしばらく走り続け、黄色い部屋に逃げ込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


鍵があった為、すぐに鍵をかけた。


お互い、しばらくは息切れが酷くて話すことは出来なかったが、少しずつ落ち着いてきた。


「はぁ…類、とにかく無事で良かった、!」


「あぁ!司くんこそ。本当に良かったよ。」


これはいつもの見慣れた類だ。


「さっきのは一体…なんだったんだ…」


「ね、僕も驚いたよ。」


類はまだ動悸が治まらないようだ。少し興奮した様子で続けた。


「あれが化け物って言うものなのかな…?まるでチュパカブラみたいな見た目してたけど…」


「……ん??」


まるでチュパカブラのような見た目?

何を言っているんだ?俺が見たのは、類の姿をした何かだったはずなのだが…


「類、チュパカブラ…とは、どういう事だ?」


「え?あぁ、チュパカブラっていうのはスペイン語で『山羊の血を啜る者』って意味でね。主に南米で目撃されている吸血UMAのことだよ。」


「いや、チュパカブラの説明を求めているのではなくてだな…」



俺は類に、さっき俺が見たものについて話した。

類の姿をしていた事。しかし、少し違和感を感じたこと。それが偽物であったこと。

類は少し驚いた顔をした後は、真剣に聞いてくれた。


「なるほど…君にはあれが僕に見えていたんだね。」


「ああ。一瞬本物かと思ってしまったんだが…」


「僕には、チュパカブラのような化け物に見えたよ。きっと、司くんに幻覚を見せたんだろうね。」


「お、恐ろしいな……」


さっきのが化け物だったと想像しただけで、寒気がしてきた。


すると、類が俺を抱きしめて頭を撫でてきた。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ。」


「なっ!?」


驚いたが、悪い気はしなかった。それに、撫でている時の類の顔が心底安心したような顔だったから……


「…だがな、類。」


俺は類の手を掴み、頭を撫でた。


「俺は撫でられるより、撫でる方が好きだぞ。」


「え、あ、えっと…」


類は照れているのか、耳まで真っ赤だった。


「ははっ。寂しかったろう?存分に甘えていいぞ!!」


俺が両腕を広げると、類は一瞬迷ったように瞳を動かしたが、俺に抱きついてきた。


「…寂しかったし、心細かったよ。とても。」


そう言った声はか細く、今にも泣き出してしまいそうだった。


俺は力いっぱい類を抱きしめた。


「あぁ、俺もだ。寂しい思いをさせてすまない。」


「…うん。」


しばらく類と抱き合ったまま、これまでにあった話をした。

大きな花と蜂の彫刻を見たこと、電波を得るために蜂と戦ったこと。


類も話してくれた。

1番初めにいた部屋で小さな鍵を見つけたこと。謎掛けをしたこと、星型のブローチを貰ったこと。不思議な絵を見たこと、フランス人形のこと。


話が尽きることはなく、長い時間が経った。


「そろそろ、出口を探さねばならんな。」


「そうだね。早く帰らないと…今、何時だろう?」


スマホで時刻を確認しようとしたが、何故か時刻は表示されなかった。


「おや…こっちのもダメだよ。狂ってしまったのかな?」


「時間を知るのは無理そうだな。そうだ。えむや寧々に電話は出来ないだろうか?」


「あ、そうだね。司くんには繋がったし、2人にも繋がるかも。」


俺はえむに電話を掛けた。


『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。』


「な…ッ?!」


「僕の方も駄目だったよ。外部への連絡は無理なようだね。」


類は諦めたようにため息をついた。


「とりあえず、帰る方法を考えようか。」


帰る方法…ここに来たのには、何らかのきっかけがあるはずだ。

ここに来る前、俺たちは何をしていた?

たしか、絵画を見ていて……


そうだ、扉の絵だ!!


「類!!あの扉の絵だ!たしか、境目ってタイトルの!」


どうやら類も気が付いたようだ。


「たしかに…あの扉の絵を見ている時に、気がついたらここにいたんだよね。なら、」


「「その扉の絵を見つければ帰られる!」」


声が揃ったのが面白くて、俺たちは2人で笑みをこぼした。


「可能性は大いにあるね。」


「ああ!!きっと、あれが原因だ!」


俺たちは立ち上がり、あの扉を探す事にした。


まずはあの化け物がいないことを確認して部屋から出た。

単独行動は危険だから、2人で共に行動する。


「とはいえ、手は繋がなくてもいいんじゃ…」


「いつはぐれるか分からんだろう。それに、誰もいないからいいじゃないか。」


「まぁ…それもそうだね。」


俺たちはあの扉の絵を探した。


だが、そう簡単に見つかるものではなくて、随分と歩き回った。



「広い……広すぎる。ループしてるとかないか?」


「いや…残念ながら、恐らくないね。景色が全く違うから。」


「いくらなんでも広すぎるだろう…帰る前に野垂れ死にそうだ…」


「ねぇ、司くん。お腹空いてるかい?」


「え?いや……言われてみれば、全く空腹は感じんな。」


「僕もなんだよ。喉が渇いたとかもないし。あれだけ走ってるのにだよ?おかしくないかい?」


言われてみれば、疲れはするが喉が渇いたりすることは無かった。


「たしかにおかしいな。普通だとありえん。」


「僕が思うに、あの噂は本当だったんじゃないかって思うんだ。」


「あぁ…あの、絵の世界に取り込まれるっていうやつか?」


「うん。今、僕たちがいるのは絵の世界なんじゃないかなって思うんだ。」


「まぁ…有り得んが、状況が状況だからな。」


「絵の世界だと、お腹も空かないし喉も乾かない。だからきっと死ぬことはないんだろうなって。」


「…何が言いたい?」


「変な話。もしも出られなかったとしても、僕は君と居れるなら何でもいいよ。」


「類…まだ、諦めるには早いだろう。」


「フフ、そうだね。もしもの話だから、安心して。」


「…だが、そうだな。」


「俺ももし出られなかったら、お前と2人きりでここにいるのも中々悪くないかもしれんな。」


「…え、」


類は少し驚いた様子でこちらを見て、何か言おうとした。


ドンッ


「わっ?!」


「大丈夫か?!」


突然、類に何かがぶつかってきた。

類は一瞬下を向くと、状況を把握したようにしゃがんだ。


「おやおや…君も迷子かい?」


類の視線の先には、少女がいた。

クレヨンを握りしめている。


類の問い掛けに対して、少女は首を振った。


「おや、迷子じゃないのかい?」


少女はこくりと頷く。


「なら…君は、ここから出られる方法を知ってたりするかな?」


少女はこくりと頷いた。


「何?!知ってるのか?!」


「教えてくれたりしないかな?」


少女は少し困っているようだった。

すると、何かに気が付いたように類のポケットを指さした。


「ん?……あぁ、もしかしてこれかい?」


そう言って類は星型のブローチを取り出して少女に見せた。


少女は力強く頷いた。


「はい。欲しいのならあげるよ。」


少女の表情は見えなかったが、喜んでいるようだ。

少女はしばらくその場をピョンピョンと跳ね、喜びを表していた。

すると俺たちに向かって、まるで着いてこいと言うように歩き出した。


しかし、この少女、どこかで見たような……

いや、気のせいか?


俺たちはとりあえずその少女に着いて行った。


少女が突然止まり、前を指さした。


すると、目の前にはあの扉の絵があった。


「ここか!!!」


少女はこくりと頷いた。


「ありがとう!!本当にありがとう!」

「助かったよ。ありがとうね。」


少女の顔は相変わらず見えないが、微笑んでいるようだった。


「しかし…来たはいいが、どうやって帰るんだ?」


「うーん、ちょっと触ってみる?」


「危険ではないか…?」


俺たちが絵の前で話していると、突然少女が俺たちの背中を押した。


「どわっ?!?!」

「?!」


すると、扉の絵が眩く光った。


強い光の中で、さっきの少女が〈ありがとう。〉と言った気がした。





「ハッ」


目を開けると、扉の絵がそこにあった。

隣を見ると、類もいる。


周りを見ると、俺たちの他の客もたくさんいた。


「帰ってきたのか…!!」


「あぁ…どうやら、夢じゃなかったみたいだね。君も覚えてるかい?」


「あぁ、覚えている!!」


あの少女が、助けてくれた。

誰かは分からないが、俺たちを助けてくれたのはあの少女だ。


類が驚いたように何かを熱心に見つめている。

その視線の先には「失せ物」とタイトル付けられた少女の絵があった。


その少女は胸に星型のブローチを付け、微笑んでいる。


「この絵は……」


俺もそれ以上言葉が出ず、しばらく2人で黙って見つめていた。


すると、他の客の声が聞こえてくる。


「あの絵、失せ物ってタイトルなのに嬉しそうだね。」

「ねー。ちょっと変だね。」



俺たちはその後も作品を鑑賞し、家に帰った。



今でもあの不思議な出来事の事は忘れられない。

loading

この作品はいかがでしたか?

103

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚