全部壊しておくれよ。
フロリド いちご飴
「っ、金魚ちゃん!!!」
ばた、と扉を押しのけて入ってきたのはフロイドであった。普段であれば、放課後のハーツラビュル寮は静まり返っているのだが、今日ばかりは違っていた。それはひとえに、寮長が不在だからである。ざわざわと騒がしい喧騒を抜け、フロイドは奥へと歩んでいく。何度か訪れた寮長室のドアノブに手を掛けると、その手に重ねられる手が1つ。
「っ…ウミガメくん…」
「今はやめて貰えないか?まだ熱が高いんだ」
何ら変わりのない笑みを浮かべ、フロイドを制する。そんな様子は、余計にフロイドを苛立たせた。
「金魚ちゃんが具合悪いって、ホントなの」
「嗚呼、本当だ。暫くは、学校も休ませようと思ってる」
「っじゃあ!!」
「会いたいって言うのか?」
「っ、」
トレイは不快だった。大人びているとはいえ、彼もまた18の高校生なのだ。幼馴染を傷付けられ、黙っていられる訳が無い。
トレイはリドルの幼少期における苦悩を知っていた為、誰よりも彼を尊重し、支えたいと思っていた。そうするうち、リドルがフロイドに持つ感情に、ある程度勘づいていた。そして、陰ながら応援していた。その際、自身が抱く劣情を自覚せざるを得ず、それでもリドルの事を貴んでいた。
だからこそ、不用意にリドルを傷付けたフロイドを、認められなかった。たとえ故意では無かったとしても、だ。自分ではいけないのかと思うほど募っていた黒い感情も、彼をこの行動に導いたのかもしれない。
「少し、傲慢なんじゃないか?」
「は?どういう意味?」
「リドルに法律は“どうでもいい”なんてことを言って、リドルがショックを受けないと思ったのか?」
「ちがッ…それはッ、!」
「なんだ?言い訳なら聞くぞ。最も、納得はしないだろうが」
何も言い返せない。ここで、リドルだって同罪だと叫べば、きっともう二度と彼には触れられないだろう。自分がトレイだったら絶対にそうすると、フロイドもそう思うからだ。ぐ、と唇を噛み締め、トレイを睨みつける。
「…今は、帰ってくれ」
心底落ち着いた声色に、フロイドはもどかしくなった。ドアの向こうに、思いを伝えたい人がいるというのに。自分の言動で、姿を見ることさえ叶わなくなるだなんて。
「また、追って連絡するな」
「っ、え」
振り返ると、穏やかに笑みをたたえたトレイがいた。
「ケイトが心配していたぞ?あのまんまで大丈夫なのかって。だから、俺もできる限りの事はする」
「……ありがと、ウミガメくん」
「礼を言うのは、付き合ってからにしてくれよ」
「付き合っ……ウン、…頑張ってみる、俺」
あぁ、と言いながら、トレイは思う。フロイドなら、リドルの心を癒してやれるのかもしれない。自分には無いものを圧倒的に持った彼を前に、トレイは立ち尽くすことしか出来なかった。
は、と我に返り、フロイドが既に去ったことを知る。後ろ手で寮長室の扉を開き、ゆっくりと中へ入った。こんなことをしていると、いつもなら戒めの声が飛ぶ。だが、生憎声の主は寝ているので、何も心配はないのだった。数歩進むと、彼が病に喘ぐ声が聞こえてくる。静まり返った寮長室だった筈だが、酷く掠れた呼吸音が、やけに響いていた。前言撤回、声の主は起きていたようだ。体調は万全とは言いづらい状況ではあるが。
「…リドル、大丈夫か?」
苦しげに揺れる背を撫でると、まだまだ高い体温が伝わってくる。呼吸が、ひ、と引き攣る度、ぼろりと涙が頬を伝う。どうやら意識は朧なようで、呼吸が落ち着くと落ちるようにして眠ってしまった。ここまで苦しそうなのは、何時ぶりだろうか。幼い頃は母に叱られる度泣いていたが、そんなことも少なくなった。我慢を覚えたまま成長してしまったが故、自分の限界が分からないのだと、トレイは検討をつけていた。
自分が、痛みを全て変わってやれたら。
自分が、彼を十分に癒してやれたら。
そんなことを思いつつ、小さな躰を胸に閉じ込める。今は、俺だけのリドルだから。
ー時間は過ぎ、夜中ー
リドルは、くるくると回る世界に難色を示していた。母やフロイド、そして自分の声が、ぐちゃぐちゃと脳内を掻き乱す。それは罵声であったり、リドルの邪心を煽るようなものだったり様々だ。けれど、リドルが感じるのはただ一つ。
煩い。
きぃん、と耳鳴りがする。音が反響しあってハウリングしているのだ。ただでさえ頭痛がするのに、先程から痛みが強くなっている気がする。
薬が効かない。トレイが飲ませてくれたのに。なんでだ。
決まっている、これがウイルス性のものでは無いからだ。メンタルがやられて引き起こされた現象は、薬で治らないから厄介だ。
ストレスはそこここに転がっていた。フロイドの言葉はショックだったが、ただのキッカケに過ぎない。と、本人は思っているが、実際はかなり影響を及ぼしている。自分の心の支えにしていたものを、“どうでもいい”と一蹴されてしまえば―――それが大切な人だったら尚の事―――誰だってショックを受けるものだ。リドルは、そのショックと逃がし方を上手く知らなかった。言葉を言葉通りに受け止め、消化しきれなかった。
じぶんのせいだ。
焦燥、自己嫌悪、悲観。息が出来なくなる。間違った自分は要らないのだろうか。もう、用済みだろうか。自分を冷たく見下ろすフロイドは、容易に想像出来てしまう。それがどうしても苦しかった。
いやだ、そんなめでみないで。やさしくして。いつもみたいに、よんで。
くるり、くるり。思考が回転する。呼吸が不規則にズレていく。あれ、息が吸えない?どうして、?胸を抑え、必死に深呼吸を試みるも、空回りしていく。視界の四方が弾けだした時、確かな中低音が耳に届いた。
「……金魚ちゃん、」
)))長い、(ぴぇ、
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