だから、それから半年がたった春。
私たちが高校三年生になってすぐの事、仁美がテレビアニメのキャストとして声優デビューしたその話をみて、私は驚いた。
「ウソ……」
それを知ったのは、京子から送られてきたネットニュースだった。
たまたまアニメのニュースを見たら、蓼原仁美の名前があったと。
京子を通じてその話はクラスに広まり、それまで冴えない生徒でしかなかった仁美は、クラスのみんなから注目の的になった。
仁美は嬉しそうにはにかんだ、照れくさそうな笑顔を浮かべていた。
私はそんな仁美を見ていられなくて、教室から出ていってしまった。
すると――、
「一花ちゃん、待って」
仁美は私の手を取って呼び止めた。
「あのね、私、頑張ったよ! あれから半年くらいね、私、ものすごく頑張ったの! それで私、声優のお仕事貰えたの! こんな私にだってできるんだから、だから一花ちゃんも――」
「なんで?」
「え?」
「なんで? なんでなんでなんで! なんでアンタなんかが! なんで!? 私は夢を諦めなきゃいけなかったのに! どうしてアンタだけが! つたないお芝居しかできないアンタが、なんでプロになれちゃうのよ!」
「ち、ちがうよ! 私は一花ちゃんと……。私は――、私は一花ちゃんと一緒に――」
「うるさい! もう私に話しかけないで!」
これまで意識したことなかったけど、私は仁美の事を、心のどこかで見下していたのかもしれない。
1年の頃からどこかどんくさくて、私が一緒にいて上げないととか、そんな風に思っていた。
でも仁美は自分の努力で、私が欲しかったものを手に入れてしまった。
それが羨ましくて妬ましくて悔しくて、私は仁美の事を視界に入れることすらイヤになってしまった。
不幸中の幸いで、私と仁美が深い関係なのは周りの誰にも内緒にしてたから、私が仁美にそっけない態度を取っても、周りからなにかを疑われることはなかった。
ある時――、
「一花ちゃん、お願いなの。私と仲直りして。ごめんね、私、うっとうしいことばかりしちゃったよね? 一花ちゃんには一花ちゃんの事情があることくらい知ってたのに。もう夢とかそんなこと言わないから。私、一花ちゃんに無視されて、声をかけてもらえなくて、おかしくなりそうだよ! 一花ちゃんの言う事、なんでもきくから! だからせめて、また私と一緒にいて欲しいの」
そんな風に縋ってくる仁美の事が、正直煩わしいとしか思えなかった。
私は仁美と目を合わせず、彼女に無理難題をふっかけた。
「……じゃあ、写真」
「え? 写真?」
フォトキーホルダーに入っているそれは、仁美がたった一枚持っていた家族の写真だ。
仁美の父は自殺したとき、家族の写真を全て焼いてしまったのだという。
残ったその一枚は、仁美の祖母が持っていた写真。
最後の家族の一枚だったのだ。
私と仁美が最初に知り合った時、誤って落としてしまい、私が探して見つけて上げたものでもある。
「それ、いま私の目の前で破いて捨てて」
「……どうして?」
「私を取るの? それとも家族の写真の方が大事?」
自分でも支離滅裂なことを言っていることは自覚していた。
彼女に対しての妬みもあったが、もううんざりもしていたのだ。
仁美にこうやって、毎日のように縋りつかれるのが。
だから私はむちゃくちゃなことを言って、諦めさせたかった。
「破いて捨てれば友達に戻ってくれるんだよね?」
「え?」
仁美は全くためらわなかった。
写真を取り出すと、私の前であっさり破って捨てた。
「一花ちゃん、これで私たち――」
「バカじゃないの! 私の言葉なんか真に受けて本当に家族の写真を破くとか! アンタ、自分の家族が大事じゃないの!?」
「――――ッ!?」
仁美は目を見開いて驚いていた。
私はそんな彼女を置いて立ち去る。
仁美はずっと放心していた。
彼女は翌日、体調不良を理由に学校を休んだ。
そしてその放課後、彼女から電話が入った。
どうせまた仲直りしてほしいと言われるんじゃないかと言われるだけだろうと。
私からあれだけ酷いことされたのに、まだ性懲りもなく……。
どんだけおめでたいの、あの子は。
私は呆れつつ、電話に応じた。
「一花ちゃん、私、もうダメになっちゃった――。一花ちゃん、私が夢を押し付けちゃったせいで、たくさん傷つけちゃって、ごめんね。最後に一度だけ、一花ちゃんの声、聴きたかったな」
そう言われて電話は切れた。
嫌な予感がした。
強い胸騒ぎに背中を押される形で、私は仁美の家へと向かった。
仁美にたどり着き、チャイムを鳴らしても仁美は出てこない。
家のドアが施錠されていなかったので、私は部屋の中に入った。
そして仁美の寝室。女の子向けのキッズスペースのようなファンシーな装飾でDIYされた部屋へと入る。
仁美は首を吊って死んでいた。
「ああ……! ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は力が抜けてその場に倒れ、そして呆然と死んだ仁美の死体を見上げていた。
「ひとみいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 仁美! 仁美! 仁美! 仁美! 仁美いぃぃぃぃぃぃぃぃ! いやだ! いやだいやだいやだ! こんなのいや! いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は錯乱して悲鳴を上げる。
なんでだろう。
見えるはずがないのに、仁美の姿が見える。
聞こえるはずがないのに、仁美の声が聞こえてくる。
「一花ちゃん。やっぱり一花ちゃんの声、素敵だね。一花ちゃん、大好きだった。もし一花ちゃんとやり直せるなら――。今度は普通の恋がしたい」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
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