その日は何の変哲もない日で
ぼんやりと 「明日は何をしようか」 なんて考えながら、ふと窓の外に目をやると
自分の気持ちと同じぐらい重たい雲が広がっていた。
「雨…か」
そう呟いたのを神様は聞いていたのか、その一言を合図にしたかのように雫が落ちてくる。
次第に強くなってきたそれを眺めながら、少し憂鬱な気分になりつつも
この雨が止む頃には、自分の気持ちにも整理が着いているはず。この手のことは時間が解決してくれる。
なんて人任せ甚だしいことを考えながら、することも無くテレビをつける
それから何分たっただろう 突然の訪問に 今日は誰も来る予定なんてなかったはず と思いながら、客人を迎えるべく玄関へと向かう
扉を開いた瞬間、時間が止まったのかと思った
「ごめん、急に雨降ってきちゃって…ちょっとだけでいいから雨宿りさせてくんない…?」
そう言って困ったと言う表情をうかべる彼は、髪から靴まで全身が雨に濡れていた。
下心が全くなかったと言えば嘘になる。それでも、さすがにびしょ濡れの知り合いをそのまま返すのも心が痛いからだと思い込ませ
「何やってんだよwwほら、早く入んな?」
と、いつも通りを装い家の中へと招き入れる
その言葉を聞いて少し安心したと言う表情を見せながら ありがとう と言う彼をなるべく直視しないよう心がけ、風邪をひかせないようシャワーを浴びることを提案する。
「とりあえずシャワー浴びてきな、服は……なんか適当に探しとくから」
「まじ?助かる〜、ほんとありがとね」
そう言って俺が教えずとも知っているシャワールームへと向かう彼を見送りながら、はたして自分の服が彼に着れるのか…なんて考えては早速着替えの服を探し始める。
彼は幼なじみで、俺が今の家に住むようになってからも、何度か遊びに来ている。
彼と会うことに抵抗感を感じるようになったのはいつからだろうか。そう考えた瞬間 “あの時”の言葉が俺の中で再生される
“ あの…さ、桃也くん、僕…____________ “
ただでさえ雨で気分が落ち込んでいるというのに…いや、こちらの気持ちが先だったかもしれない。とにかくこの気持ちを振り切って、せめて良い幼なじみでいられるよう務めなくては、なんて考えていると
「シャワーありがと〜、まじで助かった」
そう言って無邪気な子供のような笑顔を見せる彼に思わず封印すると決めた気持ちが出てきそうになる。
「別にいいけど、どうすんの?送る?泊まる?」
「うーーん……泊めてもらってもいい?」
「別にいいけど…じゃあベッド使いな、俺ソファで寝るから」
「えっ!?」
「なに?」
「いやいやいや、だって、なんか悪いじゃん!僕がソファで寝るよ!」
「悪いも何も一応客人なんだからもてなされとけばいいんだよ」
「ぐぬぬ……」
こうやって話していると、少しだけ気分が和らぐ気がする。彼の一挙一動で直ぐに気持ちが変わるなんて我ながら溺れてるなぁ。なんて考えていると、彼が一言。
「じゃあ、さ…一緒に…寝よ……?」
言いながら恥ずかしかったのか少し俯いてこちらの様子を伺う姿があまりに可愛くて
彼への気持ちは、封印しないとと思っていたはずなのに…
誰か好きな人がいる彼を好きでいても報われるはずなんてないのに……
「やだよ、なんで一緒に寝ないとだめなの。1人で寝ろ」
思わず強い口調で言い返してしまい、しまったと思ったのも全て後の祭り
「あ………そ…だよね、ごめん…」
そう言って少し微笑む彼は今にも泣きそうで、少し触れただけで壊れそうなものに見えた
「じゃあさ!寝る前にちょっとだけでいいからゲームしない?」
ぱっと表情を変えそう提案する彼にやっぱり自分の一言なんかでは大して彼には響かないんだなぁ…なんて思いながら、まぁ…ゲームぐらいなら と返す。
数時間後、ゲームを散々楽しんで疲れたのか寝てしまった彼を持ち上げベッドに寝かす。
彼とゲームをしている間は本当に楽しくて、あの気持ちも少しは感じずに済んだのに…こうして無防備に寝られると返って苛立ちが込み上げてくる。
「俺じゃ……だめなの………?」
思わず口から出てしまったその一言は彼に届くはずもなく、無意識に流れ落ちた涙に飽和されてどこかへと消えてしまう。
このまま彼の寝顔を見ていてもただ虚しくなるだけだと思い、その場から離れようとすると何かに阻止され涙は一瞬のうちに引き、目を見開く。
後ろを振り向くのが怖い。もし、聞かれていたら…見られていたら…そんな事を考えれば考えるほど頭が真っ白になっていく。
たった数秒が長く感じる。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえたその静寂を破った彼の一言
「桃也くん……もしかして、泣いてる…?」
見られた。見られたみられたミラレタ
彼には、彼だけには絶対に気づかれてはいけないこの気持ちをも見透かされたようで生きた心地がしなかった。
「どしたの…?なんかあった?」
あまりにも静かな俺に心配しているのか彼が続ける。
原因である彼に言えるはずもなく
「ごめん、なんにもないから…気にせんで?」
そう言って振り向かずに無理やり部屋から出る。
そのまま家になんて居れるはずもなくて、大雨の中外に出る。”えっ、どこ行くの?!”とびっくりしたように彼が言った気がした。それでも聞こえない。と言うふうに大雨の中傘もささずに深夜の街を歩く。
気づいたらある中学校の前まで来ていた。
ここで俺は、恋に落ちた。
数年前、俺が中学2年の頃。それなりに勉強もできて運動もできて、周りからの評価もそれなりにあった。何度か告白されるなんて場面もあった。それでも俺は自分の価値が分からなくて、こんな自分のどこがいいのかが理解できなかった。
ある日、登校すると普段話していた友達でさえ俺を無視するようになった。
きっかけは学校でも有名なカップルの彼女に俺が告白して彼女を奪おうとしたかららしい。
自分のことなのになぜ”らしい”なのかと言うともちろん、身に覚えがないから。
わざとらしく聞こえる声で話す誰かの声を聞いているとどうやらその彼女は数日前自分が振った相手だった。
彼氏がいるくせに俺に告白してきておいて振られたら俺が悪者って訳か…なんて思いながら、これから学校1人か……と呑気に授業の準備をしていると、突然校内放送が聞こえてきた。
『あーー…えーーっと、皆さんおはようございまぁす…えっと……2年の…葵でーす…』
あいつは何やってるんだ。と思いながらその放送を聞き流す。
『聞いてください、実は僕……噂の有名カップル 彼女に告白の一部始終見ちゃって〜…』
ありもしない事実の何を見たんだよと心の中でツッコミを入れる。
『あ!そうだ、後でからかおうと思ってその時のを動画にとってたんで今から流しま〜す』
そう言って放送からはスマホから直接マイクに流しているのか、酷く乱れた音声が流れる。
『「実は…ずっと前から好きでした!私と…付き合ってください!!」
「いや、ごめん。俺、君のことあんま知らないし…」
「嘘……でしょ…?あの有名なカップルの片割れだよ!?ちょっとぐらい…ちょっとぐらい覚えてない…???」
「ごめん、全く。…………話、それだけ?」
「っ…………!!!」』
流れてきた男女の会話に教室中が、いや、学校中が凍りつく。
『じゃあ、そろそろ先生も来そうで怖いんで〜…さよなら〜ばいば〜い』
呑気にそう言う彼に、ほんとバカだな…なんて思いつつ、放送室に走り出していた。
見つけた彼は予想通りの状況で、
「お前さ、なんであんなの校内放送で流したわけ??」
「ほんと、信じらんないんだけど!!」
「あんたのせいであの子泣いちゃったんだからね!?」
複数人の女子に囲まれ、好き放題言われている彼を助けようとした時
「は?何言ってんの???僕は君たちと同じことしただけだけど????」
「桃也くんはあの子のこと振っただけで悪い事なんてひとつもしてないのに噂で桃也くんがなんかめちゃくちゃ悪い事したみたいなこと言いふらして、傷つけようとしたくせに自分がされたら酷いって責めるの意味わかんないんだけど」
彼がそう言って女子を睨みつけると、その中の一人がスカートからカッターを取り出し彼に振りあげようとする。
「それはさすがにやりすぎでしょ」
思わず間に入ってしまったが、庇おうとした手からは血が流れ出てくる。
「えっ、あっ、いや……違っ…怪我…させるつもりじゃ………」
人を傷つけてしまいパニックになったのか女子たちは逃げていった。
「桃也くん!!!!バカ!なにやってんの?!はやく!保健室!!!!」
そう言って傷口にすぐさま自分のハンカチを押し当てる彼が何故か可愛く見えて
「こんぐらいほっときゃ治るから。そんなことよりお前…あんな事したら女の子達の反感買うに決まってんでしょ……なんであんなことしたの」
と純粋に気になったことを聞くと、彼はキョトンとした顔をして
「え?だって、桃也くんは何も悪くないじゃん?なのに桃也くんだけ責められるとか意味わかんないんだもん」
そう言って不貞腐れている彼を見て、自分なんかのために、こんな事をしてくれる人がいたんだ。と思うと同時に、いわば他人のために自分の身を削る彼が凄く愛おしく感じてきて、いつの間にか…好きになっていた。
それももう……終わり…か。なんて考えていると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ………やっと見つけた……」
「!?!?……………葵…なんで来たの」
心配に決まってるからじゃん、と笑う彼に何も返事ができず、ただ無言の時間が流れる。
「俺さ、ずっと……好きな子がいるんよね…」
そう言うと彼は、突然話し始めたからか少し肩をビクッとさせて
「あ、そうなんだ……どんなk……」
「お前だよ。葵」
彼の返事をかき消して答え、目を見開く彼を放置して彼の目を真っ直ぐ見てさらに続ける。
「だからもう、お前とは会えない。」
そう言うと彼は”は……………?”と言って一瞬固まっては、なんで?意味わかんないと早口で言いながら俺の体を両手で揺さぶる。その手を引き剥がしてから、続ける。
「ごめんな、俺…はお前の……葵の…全部が欲しかったんだよ…」
「このままじゃ…葵の恋愛を応援できなくなる……から」
そう言って顔を上げて彼の目を見る。きっと今自分は酷い顔をしていると思う。それでも、最後ぐらいちゃんと、彼の顔を見て言いたかった。
「今まで、俺といてくれてありがとな…好きな子と…はやく幸せになりな?」
「俺らはこれで……終わりなんだよ…じゃあな」
それだけ伝えて彼に背を向ける。振り返らない。これで、良かったんだ…そう思いきかせながら、頬を伝う雫が雨に紛れて、雨が降っていて良かったな…なんて思っていると、
「………なに、勝手にさよならとか言ってんの…」
そう言いながら後ろから抱きつく彼の手を離そうとすると余計に力を込められる。
「お願いだから、僕から離れないでよ……ねぇ、なんでそうやっていつも1人で溜め込んで1人で答え出して急に行動にすんの?」
「ちょっとは僕の気持ちも分かってよ………」
そう言って抱きつく手は震えていて、弱々しく放ったその一言はきっと雨音にかき消されて他の人には届かなかっただろう。
「好きだよ…桃也くん……どっか行かないで…」
どう返せばいいのかわからず固まっていると彼が背後から前に回ってくる。
「好きだよ、桃也くん。大好き。だから…!勝手に僕から離れるとかさよならとか言わないで!!」
目を覚ますと外は今にも泣き出しそうな雲が広がっている。
今日は日曜日、いつもなら午前8時には家を出ているはずだが休日で特に用事もない日は今日みたいに12時近くまで寝ていることが多くなった。
とにかくだるい体を何とか起こしてリビングへのとびらをあけると
「あ、やっと起きてきた!ご飯どーする?」
笑顔で話しかけてくる君が凄く愛おしくて
「ねぇ、桃也くん聞いてる??おーーい、お寝坊さ〜ん?」
なんて言いながら俺の顔の前で振るその手を掴み、そのままその手を下へおろし君を抱き寄せ、あの日と同じ言葉を繰り返す。
「ごめんな、もう、間違わないから……愛してるよ、葵。」
その言葉に気づいたのか気づいていないのか、君は頬を赤くして
「はっ?!え、ちょ、な…何言ってんの?!?」
そう言って腕の中でじたばたするのを無視してさらに続ける
「ん?あー……今、言いたくなっただけ」
そう言うと小さな声で君が一言呟いたのを聞き逃さなかった。
“僕も…大好きだよ…”
コメント
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最高でございます! ありがとうございました! もうんほんとにBLACKCATさんのお話大好きです
いつも通り天才でございます~、! (このコメ書いてる自分が語彙力なさすぎてつらい←) 読ませる力がありすぎてやばい← ほんっとに好きです💓
ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"好きだあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙