1
春休み明け。2年生になった俺は、新しいクラスになる。佐伯と小桜さんと同じクラス。
「おっ、青野も同じクラスじゃん!よろしくな。」
「よろしく。同じクラスの人が結構多いね。」
気軽に声をかけてくるサッカー部やバスケ部の同級生。1年生の時に同じクラスだった同級生。地元の中学と比べて高校は偏差値が高く、部活動中心の高校は、各々が部活に集中しており嫌味がない。つまりクラスでのいじめの様なものがなく、気持ちの良い人間関係が築けている。
秋音や山田君と別れ、佐伯と小桜さんと入った2年1組。勉強は相変わらず不安だが、1年1学期と比べ学級の雰囲気も嫌いではない。
───午前授業が続く3日間の3日目。
授業のクラスメイトと他愛ない話をしていると、ふと小桜さんが目に映った。昼食中は秋音といつもの場所でご飯を食べるのだろうが、彼女はいつも読書をしている。つい先月まで一緒に国際コンクールで一緒だった彼女と、佐伯を見てみると、佐伯とは同じ男というものもあり良く喋る。山田と言う共通の友人を介しているのもあるが、体育祭で絡みのある運動部とも上手くやれている様だ。男同士の会話となると下ネタになりがちではあるのだが、軽いものだ。
「何を読んでいるの?」
「・・・あ、青野くんッ!!」
クラスメイトが他の学級のヤツに呼ばれ、手持無沙汰になった俺は、後ろの席にいた小桜さんに声をかけた。同じクラスになってから、クラス内で話したことがなかった。最近部活で話をすることもなかった。
そもそもあまり目立つ存在ではない小桜さん。変な話だが秋音や佐伯に比べて話しかけられても堂々と自己主張するタイプではない。クラスの雰囲気は良いし、気負う必要はないのだが、それは自ら喋らない俺や佐伯と比べ、小桜さんの特徴なのかもしれない。数日前に秋音に『ハルをよろしくね』と言われたことを思い出す。俺は彼女は同じタイプだと思っているし、クラス内の空気も悪いものではないと思っているが、彼女にとってはそうではないのかもしれないと思い出す。つい去年、馴染めなかった俺みたいに。
俺は半年や1年、学校行事と共にクラスメイトと馴染む機会を得たが、もしかしたら彼女はそうではないのかもしれないと思い出す。
俺は彼女の傷に触れないように言葉を選んで質問をした。
「あ、ホラーかな?小桜さんホラー好きじゃん!」
「ホ、ホラー好きなのはそうだけど・・・そうじゃないよ。今は、ミステリー小説を読んでるんだ。」
「へぇ!ミステリー小説好きなの?」
少し彼女をクラスに馴染ませるように、少しテンションを上げて会話をする。同じ学級になってから、小桜さんにこのように話しかける人はいなかったように思える。誰か本好きのクラスメイトはいないだろうか?とも思う。
中学時代の事。詳しくは分からないが、馴染んでおらず、秋音共々いろいろあった事は想像が出来る。お節介し過ぎるのはよくないかもしれないが、親父の件で苦労していた俺を助けてくれた。それに同じオケ部の仲間なのだ。クラスにい易い様に働きかけるのも良いのではないだろうか。
でも、押しつけがましくし過ぎてはいけない。と思い直す。
机に座り、上目遣いでこちらを伺う彼女を見て、チラとカバーを見る。
「ごめんね、勝手に見ちゃって。それ、最近出たヤツだよね。」
「う、うん。分かるかな?ミステリー小説、結構好きなの。」
「そうなんだ!う、う〜ん。俺は詳しくないんだけどね、小桜さんが読むならちょっと興味があるかな?」
「え、えっ???」
「いや、ほら、同じオケ部だし、ヴァイオリンのヒントが得られるかもしれないからさ。この前の国際コンサートでも、色んな曲やってたでしょ?俺達も感情に乗せて演奏するし・・・。」
「・・・た、確かにそうだけど・・・。」
「ね!」
自分でも無理矢理だなと思いながらも、共通の話題が出来る様に会話を重ねていく。小桜さんは本を広げたまま顔の半分を隠しながらこちらを見ていた。クラス内で会話をするのが少し恥ずかしいのか、どうなのか。彼女の感情は分からない。
それでも少し不安がりながらも言葉を紡ごうとする彼女を少し待つ。
「・・・えっとね、今読んでるのは───。」
「青野!待たせたな??───あれっ?小桜さん?」
小桜さんが話始める時にさっきまで喋っていた後ろの席の友達が戻って来る。彼は少し意外そうな顔を覗かせる。
「部活の話は終わったの?」
「あぁ・・・。青野、小桜さんと仲良かったのか?」
「うん、同じオケ部だから。」
「そうだったのか、この学校、人数多すぎて分かんないよな~~。」
「あはは、まぁな。」
「小桜さんは楽器は何を演奏しているの?」
「・・・ヴァイオリンだよ。青野くんと一緒。」
「えぇ!?すごい!!小桜さんヴァイオリン弾くんだ!」
すると俺達とは真逆。つまり小桜さんの後ろにいた女子が声をかけてくる。急に話に入って来るのは高校あるあるだろう。しかも彼女は俺の友達の部活のマネージャーだ。
「えぇえ??そんな上手くないよ~~!」
言葉では謙遜するがクラスメイトと話せて少し嬉しそうな小桜さん。話しかけた本の中身はどこへ行ったのか。それでも、クラス内で堂々と会話が出来る俺を介して、クラスの女子と仲良くなっていく小桜さんを見ると嬉しくなってしまう。
2
「あおのくん・・・あおのくんッ??」
「んんッ・・・あれ、小桜さん?」
「・・・すっごい寝てたね・・・。古文の先生凄い見てたよ・・・。」
教室の一番前に座る俺は寝ると目立つのだろう。あっとう間に休憩。さっき古文の授業が始まったばかりというのに・・・。目を覚ますとふわっと良い匂いが鼻腔をくすぐる。目の前にいるのはショートカットの笑顔の少女だった。
「あ、ごめん。ちょっと寝起きで・・・それで・・・どうしたの??」
「・・・。」
「・・・小桜さん?」
1年生の時は秋音に良く起こされていたな・・・。と思いながらも、小桜さんを前にするとしっかりしなければと思ってしまう。小学生の頃の俺の事を知っている彼女の前では、どうしてもしっかりした自分でなければならないと意識してしまう。
そんな中でも睡魔には勝てない。小桜さんの前でみっともない姿を見せてしまった恥ずかしさからか、すこし焦ってしまった。
「ふふふッ。青野くんの寝顔、見ちゃった。」
「えぇえ・・・??」
なぜか嬉しそうな小桜さんに恥ずかしくなってしまった。思わず机を見て、よだれが垂れていないか思い直す。彼女の顔を見ていると、クラスの外に秋音と山田、そして佐伯の顔が見えた。
「やべッ!!打ち合わせだったよね。ごめん、今行くから。」
そういえばもう昼休憩だったなと思い、急いで準備をして小桜さんの後ろを歩く。クスクスと笑う小桜さんを先頭に、オケ部の皆と合流をした。
「青野、寝不足?」
「秋音、いや、ちょっと昨日遅くまで練習していたから・・・。」
「そ!勉強の方は上手く行っているかな?」
「・・・ご想像におまかせします・・・。」
「・・・相変わらずねあんた・・・。」
前をいく3人の少し後ろを、秋音と一緒に歩く。そういえば秋音と話すのも久しぶりだ。
「秋音はどうだ?新しいクラスは?」
そういえばメッセージの返信も滞ってしまっていたかもと思う。
「私はいつも通りよ・・・。それよりあんた、背伸びた?」
「あ、あぁ、少し伸びたかな。」
「へ、へぇ、良いね・・・。って、てか、メッセージ返信しなさいよ!!」
「ご、ごめんッ!!」
慌ててスマホを開くと、秋音と、小桜さんからの通知が届いていた。秋音のは前のメッセージにも返信をしてない。そのため、続けてメッセージが来ている事になる。
やばい、怒られる!と思い、俺は慌てて秋音のメッセージを開いた。
『今日、一緒に帰ろ?』
いつもと異なる雰囲気の文章に、俺は少し呆気に取られた。少しよそよそしい秋音が隣を歩く。
「あ、あぁ、分かった。」
「よ、よろしくね!!」
「何の話だ?」
「なんでもないッ!!」
少し不思議な雰囲気を二人から感じ取った山田君が、前から声をかけてくる。
山田君の隣で、チラっとこっちを見る小桜さんが、ブラックホールの様な目をしていた。
「!?」
気のせいか!?そう思った。次の瞬間彼女は前を向いており、気のせいだと思う事にする。なんか分からないけど・・・怖え。
3
家に帰ってから気付いたが、秋音と同じタイミングで小桜さんからも似たようなメッセージが来ている。少し長めの文章だったので読み解くのに苦労したが、曰く、
『ヴァイオリンの聞き比べをして欲しい。』
という話だった。
今3年生のコンマスである羽鳥先輩の次のコンマス候補に俺が上がる可能性が高いため、そんな俺の意見を聞きたいとの事だった。小桜さんは複数のヴァイオリンを持っていて、どれが良いのか悩んでいるという話だ。
「これもコンマスの仕事・・・なのか??」
と、思わなくもないが、小桜さんが俺を頼ってくれるのは嬉しい。
『遅れてごめんね。勿論良いよ!いつが良い??』
数分待って返信が来た。
というか、今日の秋音と一緒に帰る時もそうだったが、秋音と小桜さんの間には秘密が多い様な気がする・・・。なんか各々に言ってはならない女子の暗黙の了解の様なものを感じて内緒にしているが・・・。
秋音とは途中から帰る方向が同じなので、5人で一緒に帰れば必然的に2人になるのだが、敢えて『先に松戸駅で待ってるから』とメッセージが来た。セカンドヴァイオリンの立花に聞いても、先に小桜さんと帰ったという話だった。
なんだろう。このまま流されてても良いのだろうか・・・。
ふとそんな不安に苛まれる。山田君は小桜さんが俺に好意がある的な話をして来たが、俺は正直良く分からない。女子同士の話も、正直良く分からないし、考えるだけ無駄だと思っていた。それに秋音と小桜さんは親友と言っても良い間柄だ。俺が原因で仲良くなることはあっても、崩壊するようなことがあってはならない。
「・・・自分の仕事をするだけだ。」
ごちゃごちゃ考えていてもきりがない。頭を切り替えて、俺はそう誓いなおす。
4
ちょっと嫌な予感がした。
「あ、こっちだよ青野くん!」
「う、うん!」
小桜ハルから約束の時間に最寄り駅に降りた青野。土曜日の部活が昼過ぎに終わり、青野が解散した後に着替えて集合した。既に時間は夕方に差し掛かっていた。
一度の文章で『3時間位かな?』とわざとらしく3時間取られ、小桜ハルの自宅へ向かう。
この嫌な予感の正体は・・・??
「小桜さんに家に行くのは初めてだね。」
「あ、確かにそうかも!りっちゃんはたまに来るんだけどね~。」
今日、秋音は?とは聞けない。最近お互い別の女子の話をすると機嫌が悪くなるからだ。原田先輩の様なコンマスを目指している青野は、女子の感情の機微に敏感だ。機嫌が悪くなる理由は分からないが、原因は分かるから、原因を遠ざけるよう行動する。
「相変わらず仲良いね。」
「うんッ!」
有無を言わせない笑顔でそう締めくくられる。
「きょ、今日は一応俺のヴァイオリンも二つ持ってきたから、一緒に聞き比べしよ。多い方が参考になるでしょ?」
「わ!ありがとう〜!!助かる!」
話題を切り替え原田スマイルで小桜と対応をする。ほんの少し、歩くスピードが遅くなってしまった。
*
青野くんと同じクラスになった。
彼は佐伯くんと私のお兄ちゃんの様に、クラスメイトと馴染ませてくれる。
他の女子から話を聞いても結構モテているらしい。
元々顔が良く、クラスで人気の男子たちと仲が良いのだ。根暗な性格をしていると自分でも言っているが、結構冴えるツッコミをするためノリが良く、男女問わず生徒から声をかけられていた。
ものすごく、助けられている。
小学2年生の時から憧れ、まさか高校で同じクラス、同じ部活に入れるなんて思わなかった。
「青野って結構良いよね。」
なんて後ろの方の席から聞こえて来た時は背筋が凍る様だった。高校2年生になり、徐々に父親『青野龍仁』の雰囲気をまとって来る彼を見ると、そりゃあモテるだろうと思えてしまう。
私も私で、思い切って高校からコンタクトにしたんだけどなぁ・・・。と思うのだが。
それはともあれ、国際コンクールや、何度かのデートを経て仲良くなっていった私はもっと、妹の様に甘える様にした。高校を卒業した町井先輩からのアドバイス通り。彼女も原田先輩にヴァイオリンの聞き比べという形で家に招いた事があるらしいから。
それに、今日はお母さんがいるし・・・。
心の中で笑みを浮かべて、私は彼を家に招く。
*
「ここだよ、どうぞ~。」
「お、お邪魔します。」
新築と見間違う様な大きな小桜の自宅に入っていく。青野は秋音の件で女子の家に行く事は慣れているかもしれないが、小桜は男子を連れてくるのは初めてだ。
「おかえり、ハル・・・あら??」
「あッ、お母さん、帰ってきていたの??ただいま!!こちら、青野くん!!」
「・・・始めまして・・・青野と申します。」
あら〜??と小桜に似た髪の、母親にペコと挨拶をする。
青野を見て一瞬目を丸くするハルママ。
「えッ???まさか、あの青野くん???ほッ、本物??」
「お、お母さん、良いから!!」
「えッ、ちょっとハル、先に言ってくれないと・・・。」
と、ごちゃごちゃと親子で会話をする2人。青野は1人靴を脱ぎ、玄関で佇む。やがて、ハルママに通されてリビングへ。
青野君、ちょっと待っててね。と一言言われ2階の部屋に戻っていくハル。
「青野君、ちゃんと挨拶しても良いですか?ハルの母親です。初めまして。」
「初めまして!いつもお世話になっています。」
小桜ハルに性格も似ているのだろうか、開けっ広げな性格の秋音母と比べ、少し伺うように話しかけてくるハル母。オケ部の仲間として挨拶をする青野。
「ごめんなさいね、あの子、今まであまり・・・その・・・同級生を連れて来た事がないから・・・。コーヒーか紅茶、どちらが良いですか?」
娘の同級生に敬語を使うのが小桜ハルの母親らしいなと思いながらも、母親も緊張しているのか青野も緊張しながら話をする。
「あの子、馴染めている?」
「はい、俺が・・・言うのも変かもしれませんが、先輩からも一目置かれてますし、俺自身も参考になることが多くて助かってます。」
「そうなのね・・・。母としては心配事ばかりなのだけど・・・。」
いつかどこかの他の家でやったようなやり取りが続くが、青野は心配させないように振る舞う。正直に助かっている事や、小桜ハルの部活内での細かい気遣いを褒めていく。
それにしても・・・。とハルママは思う。
小桜ハルが気にする時と同じく、天才と言われていた青野くんは目で追っていた。つまりはファンである。その推しが目の前にいるという事。そして、娘が彼を連れて来たという事・・・。過去、いろいろあったが、最近は元気が良い娘を見て来た。特に国際コンクール中、何があったのか分からないが一皮向けたような印象を持っていた。子供が巣立つというのはそういうことなのかと思う。
しかし、踏み込めない。娘が彼氏とどこまで行っているのか等・・・。
「青野君、準備できたから、私の部屋に・・・ど、どうぞ!!」
「あ、うん。」
それでは失礼します。という青野を2階に通しながら、ハルママはそっと小桜ハルに耳打ちをする事しか出来なかった。
「は、ハル・・・。えっと・・・ちょっと買い物に出かけるから・・・そうね・・・3時間後・・・6時に帰って来るわね??」
「・・・え??は?お、お母さん!?」
「・・・ところで、青野くん、夕食は食べていくのかしら?あ、サイン貰うの忘れた・・・。」
小桜ハルは顔を真っ赤にして母親を見た。
ただのヴァイオリンの聞き比べにも関わらず、小桜ハルの距離が非常に近く、青野は青ざめながらヴァイオリンの選定をする。いつもよりイキイキする彼女に「青野くん、夕食食べて言ってよ」と言われ、断れるほど度胸のある男ではなかった。
流石に父親が帰る前に帰宅することに成功したが、次の日から更に小桜ハルの距離は狭まる。天才ヴァイオリニストの横に並ぶと誓った少女は、体育会系の部活動と恋のライバルにより逞しくなっていった。
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