テラーノベル
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派遣社員として3ヶ月が経った。
仕事にも慣れて、1人で仕事も任されるようになって、職員さんとも打ち解けて……。
……と、言いたいところだけど。
現実は……。
「派遣さん?まだ出来ないの?」
「あ、あと少しで……」
「早くしてよね!」
「はい!」
「派遣さん!お茶淹れて来て!」
「はい!」
3ヶ月前と何も変わってません。
こんなのまだいい方だ。
「あの、なにかお手伝いすることありますか?」
「特にないわねぇ……」
「あの……」
「今は大丈夫なんで?」
「あ……」
「お茶淹れて来て」
何も仕事を回してくれない時もあります。
おっさんは相変わらずお茶しか言いません。
昼休憩終了5分前。
私は給食を片付けてトイレに行った。
唯一の休まる場所がトイレ。
別に用を足すわけではないけど、個室に入って座ってるだけで落ち着く。
何の産物のない便器を流してトイレを出た。
「派遣さんって気楽でいいわよね〜!」
「責任もないし」
「失敗しても謝れば許されるしね」
事務室の前まで戻って来てドアを開けようとした時、中からこんな会話が聞こえてきた。
「こっちが忙しくしててもボーと座ってるだけでさぁ」
「で、時給もいいんでしょ?」
「給料泥棒だよね〜」
「言えてる」
4人の笑い声。
ボーと座ってるだけって、こっちはちゃんと聞いてるのに、仕事を回してくれないじゃん。
私だってボーとしたくてしてるわけじゃないのに。
何でここまで言われなきゃいけないの?
「知ってる?」
「何?」
「あの派遣さん、理科の黒崎先生と仲良いみたいよ?」
「マジで?」
「体育館裏で2人で仲良さそうに話してるのを見た生徒がいて、付き合ってるって噂」
ないない!
それは絶対ない!
「えー!私、黒崎先生狙ってたのに!」
どうぞ、どうぞ!
あんな腹黒な男で良かったら喜んで差し上げます。
「大人しそうな顔してヤることヤッてんのね」
処女です。
ヤったことなんてありません。
「ここに派遣に来たのも黒崎先生目当てだったりして」
偶然です。
てか、あと少しでチャイム鳴るのに。
事務室に入りにくいよ。
「もうすぐチャイム鳴るぞ〜!」
と言う声と同時に頭に軽い衝撃があった。
「いたっ!」
私の隣にニヤニヤした黒崎先輩が立っていて、持っていた本で頭を叩かれたことがわかった。
「入らねぇの?」
「入りたいのに入れないんです!」
「ふーん」
中からは、まだ私の悪口大会で盛り上がってる。
「派遣さん、まだ戻らないの?」
「仕事ないから戻って来なくていいけどね。ボーと座ってるだけで目障りだし」
また笑い声が聞こえてきた。
「お前、嫌われてんの?」
「そうみたいですね」
私は笑うしかなかった。
その時、黒崎先輩が事務室のドアを開ける。
「ちょ!ちょっと!」
私は黒崎先輩の白衣の袖を引っ張ったけど遅かった。
ヤツは事務室の中にズカズカと入って行ってしまった。
私も中に入る。
黒崎先輩の白衣を掴んでるのに気付き、慌てて離した。
宮崎さんと他3人の職員さんが驚いた顔をしてこちらを見た。
「黒崎先生、何かご用ですか?」
「さっき廊下を歩いてたら聞こえたんですけど、この派遣さん仕事もしないでボーと座ってるだけとか?」
「えっ?えぇ……」
宮崎さん、困った顔してる。
他の職員さんは目も合わせない。
「こんな派遣さんいたら、みなさんのご迷惑になるでしょ?」
「あ、いや……」
「そんなわけで、この派遣さん、ちょっとお借りしますね」
黒崎先輩はそう言って笑顔を見せた。
「ちょっと!黒崎先輩!」
「真面目に仕事をしてる職員さんに迷惑かけてんじゃねぇよ!この給料泥棒が!」
黒崎先輩は私の方を見てそう言った。
「ほら、行くぞ?給料泥棒」
そう言って、私の腕を掴んで事務室を出た。
「ちょっと!」
私が何言っても無視する黒崎先輩。
ちょっと!どこ行くのよ!
黒崎先輩に拉致られました。
連れて来られた場所は理科室。
「あの、黒崎先輩、授業は?」
「この時間は俺の授業はない」
「そうなんですね」
黒崎先輩は私を置いて、隣の部屋に入った。
理科室とか懐かしいなぁ。
棚に入ってる実験道具。
それを見て学生時代を思い出していた。
「おいっ!給料泥棒!」
いきなり声をかけられてビクッとなる。
「給料泥棒って言わないで下さい!」
「これ、手伝え」
黒崎先輩は大量のプリントの束を机にドンっと置いた。
しかもそれが3束。
どうせ1枚ずつ重ねてホッチキスで留めろっていう定番のやつでしょ?
「こっちから1枚ずつ重ねてホッチキスで留めてけ」
やっぱり。
「わかりました」
「これ終わるまで帰らせねぇからな?」
「はい?」
私は派遣で就業時間が決まってるんですけど……。
こんな大量なプリントの束、就業時間内に終わるわけないじゃん!
「お前、どうせ事務室帰ったって仕事ねぇんだろ?」
「そりゃ、まぁ……」
「コーヒーおごってやるから、なっ?」
「私はコーヒーで動くようは安上がりな女じゃありません!」
私はプイッと顔を横に向けた。
「何言ってんだよ、処女のくせに」
黒崎先輩はぷっと吹き出したあとにそう言った。
「処女は余計です!」
「お前が処女だってことを宮崎のババアにバラしてやるからな!それとも一夜をベッドで共に過ごしたってバラした方がいい?」
「ちょっ!」
私が黒崎先輩の方を向くと、黒崎先輩はニヤリと笑った。
「ここでホッチキス留めするのと、事務室でバラされるのと、どっちがいい?」
黒崎先輩はそう言って再びニヤリと笑った。
悪魔めー!
「…………わ、わかりました。やればいいんでしょ?やれば」
「わかってんじゃん」
私は椅子に座り直した。
結局、黒崎先輩のペースに乗せられてしまった私。
情けない……。
黒崎先輩は、やっぱりスマホを弄ってるだけで手伝おうとせず、文句を言うだけ無駄でムカつくから視界に入らないように無になってホッチキス留め作業を続けていた。
“パチン、パチン”とホッチキスの音だけが理科室に響いてる。
「…………たっ!」
間違って指にホッチキスが当たり、針が指に刺さってしまった。
「いったぁ……」
親指に刺さった針を抜く。
刺さった場所から血が出てきた。
「どした?」
声をかけてきた黒崎先輩。
黒崎先輩に言うと絶対に大爆笑されて“バッカじゃねぇの?”って言われる。
「な、なんでもありません」
「嘘つけよ」
黒崎先輩は椅子から立ち上がり側に来た。
側に来ないで!
黒崎先輩が私の指を見る。
「血が出てるじゃん」
そう言って、私の手を掴んだ。
“ドクン”と跳ね上がる心臓。
それが“ドキドキ”に変わっていく。
「ホッチキスの針で刺したの?」
「そ、そうですけど?」
どうせ笑うんでしょ?
笑いなさいよ。
…………でも。
「バーカ」
そう言った黒崎先輩は私の親指を口に入れた。
えっ?ちょ、ちょっと!
く、黒崎、先輩?
針が刺さったところを舌で舐めてるのがわかる。
身体中が熱くなって、ドキドキして、息が出来ないくらい苦しくて、私は固まったまま動けなかった。
口から指を離した黒崎先輩。
「保健室から絆創膏を貰ってくる」
「えっ?う、うん……」
黒崎先輩はそう言って理科室を出て行った。
理科室の扉が閉まった瞬間、息苦しさから解放されて過呼吸のようになる。
胸はドキドキしっ放し。
何で?
何で、こんなことになってんの?
黒崎先輩の行動がわけわかんない。
いきなりあんなことして……。
“ガラガラ”と、理科室の扉が開く音がした。
“ドキッ”と胸が跳ねる。
「絆創膏、貰ってきた」
黒崎先輩が近付いてくる。
「指、出して?」
私は黒崎先輩に指を出した。
黒崎先輩の手が私の指に触れる。
優しく丁寧に絆創膏をしてくれる黒崎先輩。
「これでよしっ!気を付けろよ」
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
頭がボーとしてる。
その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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