テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
柘榴とAI

79
34
401
警報音が、ワタシのことを嘲笑っているみたいだった。
ようやくアマレーとの戦いが終わり、ワタシはI.C.O.の内部に侵入できた。
能力で姿を消して、ワタシはこの建物内にいるであろう「育ての親」を捜していた。
あのヒトは、レンタローとハーちゃんを助ける手助けをしてくれる。
絶対、してくれる。
「そんなに信頼して大丈夫な人?」と、レンタローがいれば聞いてくるんだろうか?
もし、いたとするなら。
「ハーちゃんのこと助けたヒトなんだし、大丈夫」と即答する。
さて。そんなこんなで、現在、ワタシは。
廊下に仕掛けられた罠により、能力が解除されて、敵に姿がバレてしまったところです。
「こんな罠に引っかかるとかっ、ワタシのアホー!」
床に細い糸が張ってあり、そこに足をひっかけると、なぜかワタシの姿消しの能力が強制解除された。
そして、廊下をのほほんと歩いていた敵に見つかり、警報音が鳴り、逃げ惑っている最中である。
絶対、リアスだわ。
あいつがこの罠仕掛けたんだ。うざっ、会ったら顔面に一発、拳入れてやる。
なんて、のんきなことを言っていられる状態じゃない。
さっきから銃弾がこれでもかと飛んでくるが、見てから避けられるし、問題ない。鞭で弾き返して逆に怪我を負わせてやればいいだけの話。
問題は、ワタシの出血だ。
後ろから三人が追いかけてきていて、角の方からも足音がする。挟み撃ちにするつもりだろう。
そうなる前に、ワタシは能力で姿を消した。
そのまま全速力で真っ直ぐ廊下を駆け抜ける。
敵は幸い、ワタシのことを見つけられていない。このまま撒けば、一旦、鬼ごっこは終わりだ。
──でも。
「……やばっ」
ワタシは、監視カメラの死角で座り込んだ。床に全身預けたかったけど、起き上がれなくなりそうだからやめておいた。
ヒトリ、床の色が自分の血の色で染まっていく所を眺めていた。
出血量が尋常じゃない。
アマレーとの戦いで、少し頭がおかしくなってしまったんだろう。自分から攻撃を受けては 大量の血を流したから、貧血になってさっきから意識が朦朧としている。
クローンという生物だから、痛覚はコレっぽっちもない。でも痛覚がない=無敵というわけでもない。傷は受けている。
腹部を思いきり刺されたし、肩もレイピアが貫通した。
自分の嫌いな緑色の、血がたくさん服に付着している。
普通のニンゲンなら死んでいる。
クローンだからまだ、動けるだけだ。
そう、「まだ」──。
「どこにいんの……?ちょっと、死にそうなんだけど」
死とかいうものに恐怖は抱いていないけど、ここで死んだらフタリを助けられないのだ。
せめて役に立ってからだ、虹の橋を渡るのは。
その時だ。ワタシは、捜している「育ての親」が近くにいるような気がした。
足音が聞こえたんだ。カツン、カツン……という軽くて、それでいて重苦しい足音。
姿を消しているから、彼にワタシがバレることは決してなかった。
だが――むしろ、バレに行かないといけなかった。
ワタシだけじゃ、ハーちゃんもレンタローも、どっちも助けられないと、この瞬間に悟ったから。
ワタシは、姿を消すのをやめて、角を曲がってくる彼に一芝居うつことにした。
ヒト違いじゃないか、確認してみても、彼は確かにワタシの「育ての親」だ。
深呼吸をひとつ。
ふたつ。
みっつ。
そして、すべてを吐き出して、ワタシは頭を床に打ち付けた。
むごい音が鳴り響く。
耳鳴りが増す。
彼が、短い悲鳴をあげた。
驚きすぎたのか、三歩ほど後退している。
思ってないことを、呟いた。
「やだぁ……っ、もうワタシなんてぇ」
痛みに悶え、自分の愚かさに涙をして絶望する可哀想な少女を、演じてみせた。
彼は、ワタシの声を聞くなり、足を止めた。
「……おい、大丈夫か?」
誰かも分からない女に向かっての第一声がそれかよ、と笑いそうになるが引っ込める。
その声に、ワタシはさらに弱々しく呻く。
「うぅ……もう、ダメ……」
彼が近づいてくる。恐る恐る、捨て猫でも見るような顔で。
ワタシの顔を覗き込んだ。
「……えっ、まさか」
一瞬の沈黙。
瞳と瞳が重なり合う。彼の青く澄み切った目を見たのは、いつぶりだろう。いつ見ても「綺麗」という感想しか出ない。
彼は心底驚いたように目を見開いて、ワタシの頭からつま先まで眺めた。
やや震えた、息まじりの声で彼は一言。
「マシロ?」
その声を待っていたのだ。ワタシは。
「久しぶりぃ」
腕の力で身体を無理やり起こす。こんな一芝居を打つ必要性がなかったことに、今更ながら気がついた。
でもいい。彼に話しかけることができたんだから、結果オーライだね。
神様はワタシに味方してくれるらしい。
「なんで、お前がここに。いいや、それも気になるが、その怪我はどうしたんだ。あの芝居はなんだ?」
「ヘイヘイ、ここに来た理由なんて一発でわかるっしょ。あ、怪我はあの変態血液女のせいだよ」
「……アマレーのことかい?」
彼はほんの少しの間だけ、口を半開きにした状態だった。ワタシの表現が伝わりにくかったのか。
「いえーす」
親指を立てて舌を出す。
彼は、それに不快感を覚えたのか、それともこの場にワタシがいるのが原因か、眉間にこれでもかと皺を寄せていた。
「よく立っていられるな、その怪我と出血量──普通なら死んでるよ。……もう一度聞く、なんでここに?」
フフっ、といたずらに口元を押さえた。できるだけ、自分が今にも死にそうなことを悟られたくない。
「篠塚レンと、桜月イロハ」
その名を口にしたら、彼は分かりやすく目を逸らした。後ろめたいことが山ほどあるんだから、仕方ない。
「あのコたち、助けたいの。だからここまで遠路はるばる」
「知り合いなのか?お前……」
「クローンが、オリジナルと仲良くてなにか悪い?」
反論はなしだった。沈黙なんてしている暇無い。本題に入る。
ここからは、おふざけゼロでことを進める。
「ねぇ、お願い───」
彼に事情を話そうと一歩踏み出した時、足がもつれて、また床に倒れ込んでしまった。
「まっ、マシロ?」
「あぁ……やばい死ぬ」
「えっ!?」
「気持ち悪いぃ……」
「こんな所でよしてくれよ!」
なんとか自分で仰向けになった。目を押さえてため息をつく。
「ねぇ、ちょっとでいいから傷の手当してほしい」
演技でもない本音を弱々しく言うと、彼はやや呆れたように笑った。
「もちろん。応急道具が近くの部屋にある。そこまで歩いて、尚且つ姿を消せば安全に行けるね」
「……サンキュ」
彼に礼を言って、肩を貸してもらった。
意外と部屋までは近かった。
その部屋にはベッドと、医薬品やら包帯やらがしまってある棚があるだけで、質素だ。
滅多にヒトが中に入らないのか、薄暗くて埃っぽい。
ベッドに横なって傷口を確認してもらうと、露骨に苦い顔をした。
「……思ったより酷いな」
「そう?」
「そうだよ」
包帯を取り出し、手際よく傷を覆っていく。
彼は、昔からワタシのことを気にかけてくれていた。
最初の頃なんかは特に「このヒト変だな」と思っていた。実際、めっちゃくちゃ変なんだ。
目の前に困っているヒト──子供がいると、例えそれが、自分の人生を壊すことだろうと行動に移す。
その凄いのか凄くないのかイマイチな性格が、彼にニンゲンをやめさせた。
────事情は深くは知らんが、昔、ハーちゃんの記憶を自身の能力で”奪った”らしい。
それはハーちゃんを守るための決死の行動で、組織からは裏切り者として処罰が下された。
処罰内容は、寿命という概念を消される。つまり、不老不死ってやつだ。
そのせいで、最愛の妻や息子が先立つのを眺めるしか無かった。
要するに、彼はこの組織の裏切り者で、現在は組織の狛犬として、自由のない生活をしているんだと。
そんな少し、可哀想な男。
なーんて、ワタシは微塵も思っちゃいない。
「ねぇ、レンとイロハはどこにいるの?」
尋ねると、「今それじゃない」とため息を吐きながらも、答えてくれた。
「さぁ、今どこにいるかまでは知らない。でも、呼び出されてるんだよね」
「どこに?」
「あと三十分後に、実験室まで来るように。そこで篠塚レンを……まぁ、いろいろ」
「うそ」
「僕に二言は無い」
いろいろ、になにが含まれているのか、気になるけど聞かないでおく。彼の古傷を抉ってしまいそうだ。
手際よく巻きながら、彼は続ける。
「篠塚レンと姫は、リアスが捕まえて、監禁する予定らしいよ。悪趣味だろ?」
「すごく。 てか、姫って誰よ」
「桜月イロハに決まってるだろう」
当然のことのように、彼は目を見開いた。
「変なの」
同時に噴き出した。血の匂いが充満しているというのに、空気はそこまで張り詰めていない。
すぐに、彼が緊迫にしたが。
彼は包帯を巻く手を止めて、申し訳なさそうに呟いた。
「マシロ、姫のことは知ってるんだね?」
「えっ、まぁ。仲良いんだよ。レンともね」
「なら質問だ」
包帯を巻くことに専念して顔を俯かせていた彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「僕はかつて、彼女の記憶を奪ったわけだが。その記憶、姫はもう、思い出しているのか?」
瞬時に答えられるほど、ワタシの頭に血が巡っていなかった。一瞬、何を言ってるのかわからなかった。
理解したのは、彼が哀れみに満ちた目で、ワタシの顔を見ていたとき。正確に言うと、”彼がワタシに感じている、桜月イロハの面影”をじっと見つめていたときだ。
別のニンゲンを見る視線は、正直嫌だった。唇を舌で濡らした。
ちょっとした不満を、ハーちゃんを頭の中で描くことで誤魔化した。
初めて会った時は驚いた。自分がバイトをしているコンビニに、イロハが来るなんて予想だにしていなかったから。
これは何かの縁か?
と思いながら、知らぬふりをした。できていたかは微妙。まぁ、結局我慢できずに、イロハの後を追って、友達になっちゃったんだけど。
ハーちゃんの、常識外れな発言。
レンタローにビンタして泣く姿。
美味しそうにパフェを頬張る姿。
「また、マーちゃんに会いたい」──そう言って手を振る姿。
このヒトが、本当にワタシのオリジナルなのか?
今もなお、疑っている。
「全部思い出してると思うよ?ワタシの知ってるイロハ像より、だいぶ幼くてアホっぽい雰囲気だったね」
「そうかい」
そう返事すると、また包帯を巻く作業に戻った。
巻きながら、ぽつり。
「また、記憶を奪うかもしれない」
思わず、手当してもらっている最中だというのに、ワタシは立ち上がった。
この組織──リアスは一体、何をしようってんだ。
「記憶って、まさかまた、イロハの?」
「いいや、今度は篠塚レン」
「……」
なるほどね、そういうことね。
そんなこと、あってはならない。
彼はずっとハーちゃんの記憶を奪ったことに心を痛めてきたのだ。ただでさえ繊細な男なのに、これ以上傷心を重ねるわけにはいかない。
「こんなことしたくはないんだ。僕には、悪者の敵の方が性に合う。だから──今マシロがここにいてくれて良かったよ」
もの寂しい顔をしてそう言った彼の、次の言葉は予想できた。たった今彼の瞳には、覚悟が宿っている。
カッコつけたいんだろうけど、ここはあえて彼の気持ちを言い当てた。
「一緒にお姫様と王子様を助けたいって?んもう、仕方ないわね」
「そんなつもりは」
「魂胆が見え見えすぎて、呆れちゃうね……うえ、頭痛い……」
立ちくらみと吐き気が襲ってきた。ついふざけてしまった。これはワタシの悪い癖か、「育ての親」の彼の悪い癖が移っているのか……。
「座りなさい……あと、言いたくないんだけど」
彼は眉を八の字にして、言い淀むような間を作り、口を開いた。
「手当したところで、この傷──お前、死ぬぞ」
真剣な顔して言うことがそれか、と落胆した。別に今更ワタシが死のうが生きようが、世間様にこれといった迷惑はかからない。
当たり前のことだ、むしろ奇跡なんだ。大量の血を流してもなお、ヒトを茶化す元気があるのが。
ベッドに座り込んで、頭を押さえた。意識が朦朧とする。
「大丈夫よ……この戦場にはお姫様がいる。見つけ出せば元通りよ」
「そんなの」
「知らないの?ハーちゃん……いや、イロハの能力」
そこまで聞いてやると、ようやく彼はハーちゃんの能力を思い出してくれたようだった。
「あぁ、そうか。でも」
「文句?」
「いいや、いい着想だと思うね」
その後、彼に包帯ぐるぐる巻きにしてもらい、今度は確かに力を込めて立ち上がった。
「ミイラにでもするつもり?」
「ほう、苦言があるなら解いてやろうか」
「これっぽっちもありませんっ 」
舌を出して笑う。
改めて、ワタシは彼に懇願した。人生でこんなお願いを、今までこのヒトにしたか分からない。
彼の腕を掴んで、真剣さが伝わるように口角も眉も下げた。
「お願い、もう一度、この組織を裏切って。──裏切り者になって」
面食らった顔をしていた。真剣なワタシを、彼に見せたことは片手の指の数より少ない。これはジョークでも悪戯でもなんでもない。
純粋に助けたいだけなんだ。レンタローとハーちゃんを。
彼は、しばし黙り込んでいた。眉も口も平常で、ワタシと比べて冷静な顔に変わり──それは一瞬にして崩れた。
「もちろん」
ワタシの手を解き、彼は代わりにドアノブを握った。
「今更何さ、ずっとそのつもりだ。僕はもう二度ほど組織を裏切っている。三度目なんて簡単だ」
彼がドアノブをひねって出ていこうとするので、焦って今度は、腕を精一杯引っ張った。
「アホなんですかぁ?計画もなんも立てずに行くなんて、自殺行為だぜ」
茶化しているような言葉とは反対で、ワタシは苛立ちを感じていた。このヒトは、コイツは。無計画に突っ走る行動のせいで彼自身を不幸にしてきたんだ。
ワタシは、それを止めるブレーキ役。シャーロックとワトソンとか、ボケ役とツッコミ役みたいな感じだ。
「あぁ、確かにね」
忘れてたね、と頭をかいている。
「情報交換は基本でしょ」
「必要あるのか?マシロは情報を読み取るなんて朝飯前だろ?」
「会ったことないヤツの情報をどう読み取れって言うのよ」
「ほう、偉い口を叩くようになったね。感動するよ」
下手くそな泣き真似はスルーして、作戦会議に移った。
各幹部の能力と弱点、リアスの思惑、そしてレンとイロハをこんな異界まで連れてきた理由。
一番大事なのは、どうやってレンタローとハーちゃんを救出するか。
これは単純明快だった。彼のもうひとつの能力を頼ればいい。
話がまとまり、今すぐにでもドアを破りたい気持ちを抑えながら、彼に歯を見せた。
「いい?ワタシがイロハを助けて」
「僕が篠塚レンを助ける」
「そんで、合流したら能力でこの建物から抜け出す。ワタシたちの命は、キミにかかってるよん」
「教育者の名前くらい呼びなさい、なんだいキミって」
肩をすくめる彼の顔が、久しぶりに見る表情でホッとした。
安堵で綻びそうになる頬を、無理やり引きしめた。
「オーケー」
目を瞑って、憎きリアスの”あの時”の顔を思い浮かべる。冷たく残酷な笑みで、ワタシがどん底に落ちていくのを嘲笑っていたあの時の顔を。
燃えたぎる心を、原動力に。
「行くよ、マシロ」
「ははっ、アイツの焦った顔が早く見たいな」
第三十七の月夜 「歪んだ冷たい海のような人」へ続く。
コメント
2件
マシロさん、本当に最後まで生きていて欲しいキャラなので、登場すると嬉しいけど無事に終わるのか心配になります😅さて、マシロさん達の活躍期待してます