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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
「5、4、3、2、1……配信、スタートしました!」
港区の超高層ビル、スタプロ東京本社のオペレータールームから、ディレクターの鋭い声が響き渡った。
防音ガラスの向こう側、無数の赤外線カメラに囲まれた巨大なモーションキャプチャースタジオの中央。
俺は、ピチピチの黒い全身タイツ(モカピ)に身を包み、ぽっこり出た四十歳の腹を必死に引っ込めながら、その瞬間に立ち会っていた。
『はーい! 皆さん、こんばんわー! 星乃宮アリスですっ!』
巨大な壁面モニターに、キラキラと輝くバーチャルステージが映し出される。
色とりどりのレーザー照明が飛び交い、スタジアムのような広大な空間の中央で、トップアイドル・星乃宮アリスの3Dアバターが元気いっぱいに手を振っていた。
『うおおおおおお!!』
『アリスちゃん可愛い!!』
『待機20万人突破エグすぎww』
『伝説の始まりだあああああ!』
モニターの端を滝のような速度で流れるチャット欄。
同接(同時接続者数)のカウンターは、配信開始からわずか数十秒で『二十万人』という、俺の理解を絶する数字を叩き出していた。
帯広市の総人口を軽く凌駕する人間が、今、この画面をリアルタイムで見つめている。
俺の胃袋が、プレッシャーで雑巾のように絞り上げられる。
だが、逃げるわけにはいかない。
二百五十万円の3D化費用、そして、来年から確定でむしり取られる『消費税』の元を取るためには、この大舞台で大立ち回りを演じるしかないのだ。
『今日はですね! なんと、スタプロのスタジオに、あの大物ゲストをお呼びしております!』
アリスが、カメラに向かってウインクを飛ばす。
『私の命の恩人であり、迷える子羊たちの駆け込み寺! 泣く子も黙る地獄の税金和尚、ルシフェルさーーん!!』
「……よっしゃ、行くぞ」
俺は、黒タイツの拳をギュッと握りしめ、バミリ(立ち位置の印)から一歩、前へと踏み出した。
その瞬間。
モニターに映し出されたバーチャルステージの空から、まばゆい黄金の光の柱が降り注いだ。
スタプロの技術班が、総力を挙げて作り上げた『神の降臨』の専用エフェクトだ。
光の粒子が舞い散る中、ステージの中央に、一人の男の姿が浮かび上がる。
流れるような黄金の長髪。
吸い込まれるような、深い碧の瞳。
白を基調とした、軍服のような気高くも美しい衣装。
そして、身長百八十センチを優に超える、八頭身の完璧なプロポーション。
『…………ッ!!』
『えっ』
『ファッ!?』
『誰この超絶イケメン!!!!』
『顔が良すぎるだろwwwwww』
『スタプロの3Dモデリング技術どうなってんだ!!』
『神が降臨した……』
二十万人のリスナーが、一瞬だけ息を呑み、その直後に爆発的な歓声(コメント)を弾けさせた。
無理もない。
今までペラペラの二次元(Live2D)イラストでしか存在しなかった『ルシフェル』が、圧倒的な解像度と立体感を持って、そこに立っているのだから。
服のシワ、髪の毛の一本一本、そして瞳のハイライトに至るまで。
数千万円の予算と、トップモデラーたちの執念が注ぎ込まれたその肉体は、まさに『神の領域』と呼ぶにふさわしい、完璧な芸術作品だった。
「…………」
モニターの中のイケメンが、ゆっくりと目を開く。
そして、アリスの隣に並び立ち、数十万人の視聴者に向かって、口を開いた。
「……おう、お前ら。こんばんは。ルシフェルだ」
四十年間、タバコと缶コーヒーと底辺の泥水をすすり続けてきた、ドス黒く濁ったおっさんの声。
それが、この世の全てを魅了するような超絶美青年の口から、絶望的なミスマッチを伴って放たれた。
『声wwwwwww』
『顔と声のギャップで脳がバグるwww』
『喋るな! 喋るとおっさんだってバレるぞ!』
『顔面偏差値90、声の偏差値30』
「うるせえ! お前ら、人がせっかく二百五十万払って受肉したってのに、第一声がそれかよ!」
俺はカメラに向かって抗議しようと、右腕を勢いよく振り上げた。
その瞬間。
俺の右肩から、マイクがギリギリ拾うか拾わないかというレベルの、小さな『ゴリッ』という音が鳴った。
「っ……痛ぇ! いててててっ!!」
俺は四十肩の痛みに顔をしかめ、思わず右肩を押さえてうずくまった。
当然、モーションキャプチャーはその動きを完璧にトレースする。
モニターの中の超絶イケメンが、顔をしかめて右肩を押さえ、「いててて」と情けないポーズで丸まる姿が、全国二十万人の画面に映し出された。
『あはははははっ!!』
隣にいたアリスの3Dアバターが、腹を抱えてしゃがみ込んだ。
『やばい! 顔は神様みたいにカッコいいのに、動きが完全に四十歳のおじさん!! あはははっ!』
『wwwwwwwwww』
『関節鳴ったぞ今wwww』
『最新技術で四十肩を再現するなww』
『おっさんの挙動を完璧にトレースするスタプロの無駄遣い』
『モカピの性能高すぎて老いまでキャプチャーされてるww』
チャット欄は、もはや草(w)のゲシュタルト崩壊を起こしていた。
「笑うな!!」
俺は、痛む肩をさすりながら、カメラに向かって吠えた。
「こっちはな、港区のキラキラした社員たちの前で、ピチピチの黒タイツ着せられて立ってんだぞ!! 俺の腹の肉が今、どんだけタイツに締め付けられて悲鳴上げてるかお前らに分かるか!!」
『知るかwwww』
『黒タイツのおっさん想像して腹痛いww』
『見えないところの羞恥プレイww』
『スパチャ:10,000円(整体代と湿布代です!)』
『スパチャ:50,000円(ルシフェル様の美しい四十肩に乾杯!)』
極彩色のスーパーチャットが、画面の右端を猛烈な勢いで埋め尽くしていく。
「だからスパチャを投げるな!!」
俺は、完璧なイケメンの顔(ガワ)を台無しにするような、必死の形相で絶叫した。
「お前らが一万円投げるごとに、来年俺が払う『消費税』が千円増えるんだよ!! 今日の配信で一千万稼いじゃったら、俺は来年百万円の税金を現金で納めなきゃなんねえんだぞ!! お前ら、俺をインボイスの地獄に落とす気かァァァ!!」
『wwwwwwwwww』
『顔はイケメン、心は底辺納税者』
『神の領域に降り立っても税金からは逃げられない男』
『スパチャ:10,000円(消費税の足しにしてね!)』
『スパチャ:5,000円(インボイス登録おめでとう!)』
「おめでとうじゃねええええ!! 鈴木さん(市役所)に殺されるぅぅぅ!!」
港区の超高層ビル、総額数億円の最新鋭スタジオのど真ん中で。
美しきバーチャルの神となった男は、四十歳の関節の痛みと、インボイスへの恐怖を撒き散らしながら、同接二十万人の大爆笑をかっさらっていた。
どんなにガワが美しくなろうと、どんなに技術が進歩しようと。
四十歳の底辺おっさんの『リアルな泥臭さ』だけは、決して誤魔化すことができないのだ。
伝説の3Dコラボ配信は、開始わずか五分で、前代未聞の『税金と老いのエンターテインメント』へと変貌を遂げたのであった。
コメント
1件
はる。だわ。この回、めっちゃ笑ったわww 「神の領域」ってタイトルからしてカッコつけてるのに、中身が四十肩とインボイス恐怖で草。モーションキャプチャーでおっさんの挙動が完コピされてるの、最新技術の無駄遣いすぎて好きw 顔と声のギャップもそうだけど、スパチャで消費税増えるの気にするところがもう底辺の鑑。スタプロのスタジオで税金の話してるおっさん最高すぎる。 続きが気になるわー!🔥