「偽物聖女」
群衆の中で誰かがそう言った。その言葉だけが嫌なぐらいはっきり聞えて私は、久しぶりに聞いたその単語にズキンと胸が痛んだ。慣れているはずなのに、トワイライトを隣にして言われると、現実味が増してしまって、それを突きつけられている感覚になる。
私は、でもそこで狼狽えるわけにはいかないと声あげる。
「トワイライトが困ってるのが分からないの! 聖女が大事ならもっと彼女のことを考えてあげるべきよ」
私がそう言うと、人々の顔は暗く、冷たくなっていった。まるで、私に対して此奴は何を言っているんだとでも言うような。その目は、過去に何度も向けられた目で私は握っていた拳が震えていることに気がついた。
(ダメよ。思い出さないで、思い出しちゃダメ)
中学時代の虐め。
あの時は、アイドルグループが流行で、皆その話題で盛り上がっていた。でも、私は二次元に夢中で、その話をぽろりとしてしまった。その後、向けられた目が、今でも鮮明に思い出される。此奴は、違うと。私達とは別の生き物だとでも言うような目。自分たちが如何にも正義だと言わんばかりの、私を悪者だと、のけ者だと見る目が。その目が、私に刺さって、刺さって傷つけた。
酷い言葉も、推しを貶す言葉も、グッズを隠されることも、無視されることも、全部全部全部。そして、絶えず向けられる、お前は私達と違うという目が怖かった。
それを思い出して、私は喉から言葉が出てこなくなった。言いたいことも、トワイライトを守りたいって云う意思はあった。これ以上彼女に迷惑かけたくないし、何より私をしたって、私に温かい言葉をかけてくれた彼女に少しでもいいところを見せたくて、彼女に恩返しがしたかった。彼女が私を姉と慕ってくれたから。姉として妹が困っているときに力になってあげたいと。
でも、私は何も言えなかった。
そう、私が震えていると、其れに気がついたのか、アルバが声を張って叫んだ。
「聖女様達の前ですよ。失礼にもほどがあります!」
と、それまでざわめいていた人々の口は一気に塞がった。
だが、アルバに向けられる目も、グランツに向けられる目もさほど私と変わらなかった。私よりも優しいが、それでも、トワイライトを見る目とは全然別物だった。何というか、多分、騎士は貴族がなるべき物で、平民や女がなる物ではないという差別の目。彼らも平民だが、きっとグランツは言い風に思われていないのかも知れない。
グランツは、才能があったから、努力を下から平民でも騎士になれた。でも、誰しもが才能を持っているわけじゃないし、その才能に気づくことがなく人生をおえるものもいるだろう。だから、もしかしたら、平民から騎士になって尊敬されるのではなく嫉まれているのかも知れない。自分たちが慣れないから。それとも、自分だけ騎士になっていい思いをしているんじゃないかと勘違いしているのではないか。
アルバに向けられた目もそういう物だろう。
きっと、聖女の護衛が、普通の貴族の騎士でないことに彼らは不満を持っているのだ。自分たちにとって光になる聖女の護衛が、イレギュラーだったことが許せないのだろう。だが、他の騎士達を見てきている私にとっては、あんな人達に聖女の護衛を、トワイライトを守ってもらいといとは思わない。人によって態度を変えるような人達に。
そんな風に、彼らを見ているとどこからかまた批判の声が上がる。
「何で、聖女様はその偽物の聖女様と一緒にいるんでしょうか」
「まさか、彼女に脅されているんじゃ。買い物に付合わされているとか?」
「その困ったような表情、そうなのですね」
と、口々に自分たちの妄想を口にしていく。
買い物に行こうと言ったのは私じゃないし、トワイライトだし、でも、付合わされているとは全然思っていないし、寧ろ一緒に買い物をしたいとさえ思った。それに、私が誰といようが関係無いし、それでトワイライトの評価が下がるなんてもっと意味が分からないことだ。それと、彼女が困っているのは自分たちのせいだと気づいていないようで。
私は頭が痛かった。トワイライトは今すぐにでも言い返したいといった感じに私の腕を強く掴んだが、私はここで何か言っても私の評価は下がるし、トワイライトもいいように思われないと、抑えるよう言った。
だが、彼女はとても悲しそうなかおをして私を見つめてくる。
「お姉様、いつもこうだったのですか?」
「いつもか……まあ、そうかな。最近は酷いけど」
その原因が、本物の聖女であるトワイライトが召喚されたことによって、私が偽物の烙印を押されたというのは黙っておくことにした。彼女を傷つけかねない。
でも、本当に原因というか私がここまでさんざん言われるのはトワイライトのせいではあった。彼女は悪くないけれど、悪いのは、エトワールが聖女の容姿をしなかったこと。ただそれだけ。どうしようもないことで。
「あんただって、プハロス団長の娘で上を目指せるはずなのに、いやいや偽物聖女の護衛を任されたんだろ!」
「そうよ、隣の平民で唯一の騎士の貴方だって、無理矢理偽物聖女の護衛にならされたって聞いたわ!」
「可哀相に。二人とも優秀なのに」
と、今度は先ほどの奇異の目など向けていなかったように私の護衛になったことがまるで不幸とでも言うように話し始めた。目の前で私を守ってくれているアルバの顔は見え無かったが、私とは違う意味で爪が食い込むほど拳を握っており、今にでも剣を抜きそうだった。
グランツは、私達の後ろにいてよく見えないけれど、どう思っているんだろうか。彼も、人によって態度を変えたり、後から弁解のように誤魔化したり嘘をついたりする人間が嫌いだから、先ほど自分たちに向けられた奇異の目に対して怒っているに違いない。
状況は悪くなる一方だったし、これ以上言われ続けていたら、アルバは剣を抜いて切りかかってしまうだろうと、そうなったら本当に不味いと私はギュッと下唇を噛む。
こういう時、勇気が出なくて何も言えない。そんな自分が嫌で仕方ない。
「私の主を侮辱しないで下さい! 彼女は、とても優しいです。女の騎士で、馬鹿にされていた私に優しい声をかけてくれました。彼女は、私の自慢の主なんです!」
そう叫ぶアルバの声は、人々には届いていないようで。可哀相にと憐れみの目を向けられるだけだった。
アルバは、どうして、伝わらないんだ。とぽつりとこぼして、悔しさのあまり、さらに拳を握っていた。その拳の隙間から血が流れて、私は爪が食い込むほど握っていることが見て分かった。今すぐにでも治癒魔法をかけてあげたい。きっと、私の為に我慢してくれているんだろうと。
それぐらい、私に対しての忠誠心や信頼、私を主としてしっかり認めてくれていること。自慢の主だって言ってくれることが嬉しくて仕方がなかった。こんな状況でさえなければ、彼女に感謝の気持ちを伝えただろうに。
「あんたら、洗脳でもされているんじゃないか?」
「何を!」
「そうよ、伝説上の聖女は、彼女のように黄金の髪に純白の瞳なのよ。なのに何よ。その銀色の髪とオレンジの瞳は!」
「全然違うじゃないか。偽物と言わず何て呼べばいいんだ」
人々の不満の声は、私に対する批判の声はさらに大きくなるばかりで、私は耳を塞いだ。アルバは必死になって私を擁護してくれるがその声すら、もう彼らに届かない。これが、本当に災厄の影響によって、人々の感情が悪い方向へ向かっていると言うことなのだろうか。本当であれば、私のことも受け入れて貰えるのだろうか。
災厄の影響で、負の感情が増幅されやすい今、不安になっている今、その不安をぶつける相手が私だったと言うだけ。皆のサンドバッグにならなければならないのかと。
エトワールはきっとこれに耐えきれなくなって闇落ちしてしまったんだろうなと容易に予想がついた。よく、それまで耐えてこれたと。
「いい加減にして下さい。貴方たち! エトワール様はそんなんじゃ……!」
「だったら、何だ。この間なんて皇太子殿下を巻き添えに自殺しようとしたじゃないか」
「は?」
その言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。
(誰がいつ、リースを巻き込んで自殺しようとしたって?)
あの調査のことが帝国民にどのように伝わっているか私には分からなかった。それに、あの怪物のことを言えば、さらに帝国民の不安を煽るだけだと秘密にしているものだと思っていたが。どんな風に伝われば、私がリースを巻き込んで自殺しようとしたなんて噂が立つのだろうか。それに、リースは私を助けてくれたけど、リースを助けたのもまた私だと。
目の前にいる人達は本当に人間なのかと疑いたくなるぐらいに。
私は、呆れて言葉が出なかった。乾いた笑みがこぼれ、トワイライトに大丈夫かと心配される。アルバそんな私を見てさらに説得をと試みるが言葉は届かない。仮にも前の主人がこれほど言われているのにグランツは何も言わないし。前なら、言ってくれたけれど。
(まあ、彼はもう私を主人と思っていないし、赤の他人なのかもね)
そんな自分でも冷たいと思いつつ、ふと浮かんだ考えがそれだった。
私は、もう、こんな人達に付合ってられないと聞き流そうとしたとき、またもや私の耳を貫くような言葉が聞えてきた。
「偽物聖女が来てから皇太子殿下は可笑しくなった!」
「そうだ、皇太子殿下はお前のせいで死にかけたんだぞ!」
「お前がたぶらかしたんだろ偽物聖女!」
ぷちんと私の中で何かがきれる音がした。
「もう、いい加減にしてよ!」
私の悲痛な叫びは城下町に響き渡った。
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