テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
52
183
#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
30,752
私の視線を受けて、柚乃は照れ臭そうに笑う。
「恭一ね、私と結婚したいって思ってくれているみたいなの。正式なプロポーズはまだ先だけど、って言って、ファッションリングをプレゼントしてくれたんだ」
喉が締まり、言葉が詰まりかけた。唾を飲み込み、どうにかして声を絞り出す。
「戸崎さんと、もうそんな話をしてるの?まだお互いに大学生なのに……」
私の反応は当然だと、柚乃は納得顔をする。
「驚いて当たり前だよ。だって私も、言われた時はものすごくびっくりしたんだもの。まだ学生なのに、いくらなんでも気が早すぎるんじゃないかって、彼にも言ったわよ」
柚乃はその時の戸崎の顔でも思い出したのか、愉快そうにふふっと笑った。
「だけどね。いつか、そういう日を迎えることができたら幸せだろうな、とは思ってる。この先もずっと恭一と一緒にいたいなって」
「そう、なんだ……」
幸せそうに微笑む柚乃が妬ましく、私は相槌を打つことしかできなかった。
柚乃は秘密めかして口元に人差し指を立てる。
「このことを話したのは、詩乃にだけなの。だって、私と恭一が絶対に別れないとは言い切れないでしょ?だから、お父さんとお母さんにはもちろん、碧斗にも内緒だよ」
「う、うん……」
間接的に恭一の柚乃への想いを突きつけられて、私は呆然としたまま頷いた。とにかく早く一人になって心を落ち着かせたいと、自分の部屋に引っ込もうとしたが、自分の手足なのか分からなくなるほどその動きは緩慢で機械的だった。
そこに突然柚乃が問いかけてくる。
「ところで詩乃の方はどうなの?」
「どうって何の話?」
眉をひそめる私に、柚乃は屈託なく笑いかける。
「この間のバレンタインデー、お父さんと碧斗にチョコを上げたっていう話を聞いてからずっと、詩乃には好きな人はいないのかな、ってちょっと気になっててさ。誰かいないの?彼氏じゃなくても、いいなって思ってる人とか」
「いないよ」
私は固い声で即答した。本当はいるが、その人にはもう柚乃という彼女がいるのだ。
「どうして急にそんなことを聞くの?」
「今年に入ってからの詩乃は留守がちだったり、急に出かけたりすることも増えてたでしょ?今までそんなことってなかったじゃない?だからこれはもしかして、ついに詩乃にも彼氏ができたのかも、って喜ばしく思いつつも心配していたというか」
「だからそれはさっき言ったでしょ。柚乃の勘違いよ」
「そっか、私の勘違いだったか」
柚乃は苦笑し、小首を傾げてその話題をまだ続けようとする。
「詩乃は、初恋ってまだだったよね?だけど、恋愛に興味がないわけじゃないんだよね?恋人がほしいな、って思ったりはしないの?」
「別に、今は、特には……。ねぇ、柚乃、そろそろ……」
早く部屋に入りたい意志を伝えようとしたが、それに気づかなかったのか、あるいはあえて聞こえないふりをしたのか、柚乃は私の前から離れる様子がなかった。
「今までの私って、ちょっとどうなの、っていう男子から告白されたり、ストーカーまがいのことをされたりで、恋愛するのが恐かったし、そんなだから、恋愛なんてきっとできないって思ってた。だけど恭一に出会って、ちゃんと恋愛できてる。それだけでもすごいって思ってるのに、彼はずっと先のことまで真剣に考えてくれてる。そんな人に出会えたことをすごく嬉しく思うし、幸せなの。だからってわけじゃないけど、詩乃にもぜひ恋をしてほしいって思うの」
柚乃が幸せそうな顔をすればするほど、私の笑顔は固く張り付き、心は嫉妬で苦しくなっていく。
「そうだね。いつかはそういう人に出会えればいいなと思うよ」
その言葉を話の締めくくりにして、私はドアを閉めようとした。それなのに柚乃は話をやめようとせず、今度は勝手な想像を繰り広げ始める。
「ねぇ、例えば碧斗なんてどうかな?お互いによく知っている間柄だし、碧斗は性格もルックスもいい。詩乃とお似合いだと思うんだよね。もしも詩乃と碧斗が付き合うことになったら、ダブルデートなんかしたりして、きっと楽しいだろうなぁ」
柚乃が私の本当の気持ちを知らないのは、私が話していないからであって、姉には悪気がない。それは分かっている。純粋に恋とはいいものだと思っていて、だから私にもいい恋をしてほしくて、たまたま私の身近にいる碧斗のことを引き合いに出して言っただけのことなのだ。それでも、勝手な想像をする柚乃に対して腹がたつのを止められなかった。
「勝手なこと言わないで。余計なお世話だよ。もう部屋に入るから、柚乃も自分の部屋に早く行ってよ」
珍しく感情的になっている私を見て、柚乃は狼狽えた。
「別に、二人を無理にくっつけようとか、考えていないよ。碧斗だったら詩乃のことをすごく大事にしてくれそうだから、それでどうかな、って思って言ってみただけで……。気に障ったんなら、ごめん」
分かっている。分かってはいるのに、冷静さを取り戻すことができない。
「まるで幸せマウントね。柚乃はいいわよね。自分が好きだと思った人に好きだと思われて」
私はひどく低い声で言い置いて、バタンと音を立ててドアを閉めた。
「詩乃、ごめん。そんなに怒らないでよ……」
ドアの向こうから柚乃の詫びる声が聞こえたが、私はそれを無視してベッドに座り、ヘッドホンを取り出して耳に当てた。
柚乃の幸せを喜べない自分が嫌だった。こんな自分では、仮に戸崎に告白するチャンスを得たとしても、やっぱり受け入れてはもらえなかっただろう、などと考えては、ますます自己嫌悪に陥った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!