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それでも今日空いている部屋でいちばんいい部屋を準備してもらった二人だ。
槙野が言うようにその部屋は夜景も綺麗で、部屋の雰囲気もとてもよかった。
かなりの高層階だったので窓の外にキラキラと光る夜景が広がっているのが見える。
「わー! 綺麗ねぇ」
「うちから見えるのとそんなに変わらなくないか?」
──まあ……そうですけども。
槙野のマンションの部屋自体が高層階なので、確かに景色は大幅に変わらないかもしれないが。
「美冬」
「はいっ」
ただ緊張してるのだ。少しでも時間を稼ぎたいこの気持ちを察してほしい。
しかも、なんなのっ! その甘い声の名前の呼び方っ!
「一緒に浴びるか?」
くっとバスルームの方を指さされて、美冬はひょえっとなる。
「ご、ごご、ごめんっ! それは無理っ! 祐輔、先に行ってきて」
ふむ……と少しだけ考えた仕草をした槙野は美冬を抱き上げた。
「ひゃんっ……」
「今日は勘弁してやるけど、一緒に浴びるのもいいものだぞ」
「ど……ういう意味?」
「エッチで楽しいこといっぱいしような、って意味」
「祐輔っ!」
抱き上げられたまま、美冬はぽかぽかと槙野の頭を軽くたたく。
「おい! 暴れるな落とすぞ」
美冬を抱き上げてベッドルームに向かった槙野は、思わず……といった感じで入口で足を止めた。
ベッドの方をじっと見ているようだ。
つられて美冬もベッドに目をやって言葉を失くした。
ベッドにはハート型にバラの花びらが散らされていたからだ。
「マジか……」
「あら、綺麗。すごいわね」
バラで飾られたベッドの上に槙野は美冬をそっと下ろす。
「なあ? 俺は契約婚なんて、もうどうでもいいぞ。それくらいには美冬のこときちんと好きだからな」
「うん……」
契約なんだと思っていた。その優しさも、美冬への気持ちも、契約なんかじゃないと分かった。
愛されることなんてないと思ったのに、ずっと気持ちはちゃんとあったのだ。
「私も、好き」
美冬がぎゅっと抱きつくと、槙野は抱き返してくれる。
きゅっと抱き合うとお互いの体温がとても伝わって、美冬は高くなる自分の鼓動の音が聞こえる。
とても緊張するけれど、槙野のことを信じている。
美冬が顔を上げると槙野は真剣な顔で美冬のことを見ていた。
そっと顔が近づく。
柔らかく唇が触れ合った。
緩く舌を絡ませていると、美冬は背中にベッドがあたったのを感じる。
いつの間にか押し倒されていたようだ。
槙野が何度も何度も角度を変えて美冬の口の中をくまなくその舌で探る。
背中を強く抱かれて、貪るように、まるで全てを自分のものにしてしまいたいと主張するようなキスだ。
「ふっ……んっ、待っ……て」
ほとんど経験のない美冬には激しすぎるキスだ。むしろキスがこんなに官能的で激しいものだなんて思わなかった。
舌の先端も付け根も、喉の手前も顎の下も舌で撫でられるだけで、背筋からお腹にかけてきゅん、とする。
お互い気付いたら夢中になっていた。
そっと唇を離すと槙野の唇が濡れている。唇だけではない。目も呼吸も吐息すら濡れている。
きっと、自分も。
「……んっ、あ」
少し惜しげな顔になってしまったかもしれない。
だって美冬はもっとキスしたかったから。
「気に入った?」
「ん……」
せがむようにすると、槙野が美冬の唇に軽く自分の唇を重ねた。
「シャワー、浴びてくる。このまま抱いてしまいそうだから。そういうのもいいけど、今日は違うだろ?」
「わ……かった」
「そんな顔すんな。俺だってすぐしたいけど、今日はバタバタしてて汗だくなんだよ。美冬初めてだろ? 汗だくでは抱きたくない」
「ん……」
こくん、と美冬は頷いた。
槙野は身体を起こしてベッドから離れる。ジャケットを脱いでクローゼットに掛け丁寧にネクタイを外し、カフスを外す。
すべての仕草をぼうっとしながら見てしまう美冬だ。
「あのなぁ……なんでそんな見るんだ? それなら、一緒に入るか?」
美冬はハッとする。
つい、つい見とれてしまったのだ。
「ご、ごめん」
苦笑した槙野が襟元の緩んだ状態で歩いてきてベッドの横に腰掛ける。
「ん? そんな目で見られるのは全くもって嬉しいけどな? なんで、見てるんだ?」
そう言って美冬の頬を撫でる。そんな仕草にも美冬は触れられた頬が熱くなってしまうのを感じた。
「それは……素敵だもん。つい見ちゃうよ。そのジャケット、オーダーでしょ? シルクだよね」
「スーツかよ……」
「それだけじゃなくて、脱いでる仕草がすごく……すごくドキドキしたのよ」
「ふぅん?」
すりすりと指で美冬の頬を撫でていた槙野だけれど、その美冬の回答を聞いて、にっこり笑った。
「もっと、煽られろよ。ドキドキして、俺にされちゃうって考えて、それだけで頭いっぱいになれよ」
あ……あたま爆発しそうっ! なにその色気っ!
ゆるっと美冬の唇に指で触れて、にやっと笑うと槙野は立ってバスルームに向かった。
美冬は枕にうつ伏せる。
──し……死ぬ。ドキドキして。されちゃう……なんて考えたら、心臓爆発して死ぬ。
少し前の杉村との会話を美冬は思い出していた。
それはあの槙野のご立派に触れて、泣いてしまった後のことだ。
「男の人のって……あんなになるものなのね」