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「じゃあ、これも……」
「同じことだろう」
静遠は即座に断じた。
「鳳来堂にそんなものは売っていない。なら、鳳来堂の名を勝手に使った嫌がらせと考えるのが自然だ。そんなことも分からず、籠ひとつで騒ぎ立てるとは。実にお前らしい短絡ぶりだな」
「短絡って……」
「違うのか?」
見下ろす目が、露骨だった。
「薬舗の名が入った籠を拾った。だから黒だ。……その貧相な頭で考えそうなことだ」
「てめぇ……!」
「吠えるな。耳障りだ」
腹の底がむかつく。
けれど、言っている内容だけ拾えば、一応筋は通っているのがさらに腹立たしい。
ちらりと燕花を見る。
さっきまで何か言いかけていたのに、今は竹籠を見つめたまま口を閉ざしていた。
「燕花。お前、今なんか――」
「童殿」
答えたのは燕花ではなく、静遠だった。
「燕花殿を巻き込むな。お前の思いつきに付き合わされるこちらの身にもなれ」
「思いつきじゃねぇ。白――」
言いかけて、煌は口をつぐんだ。
白虎から聞いたことまで軽々しく出すべきじゃない。
その一瞬の詰まりを、静遠は見逃さなかった。
「ほら見ろ。根拠も薄いくせに騒いでいた証拠だ」
「根拠なら今ここにあんだろ!」
煌は竹籠を指差した。
だが静遠は鼻で嗤うだけだ。
「焼き印ひとつで何が分かる。むしろ本当に後ろ暗いことをしているなら、そんな分かりやすい物を外へ出す方が間抜けだろうが」
「…………」
それを言われると、返しづらい。
静遠はその沈黙に気を良くしたのか、わずかに口元を歪めた。
「少しは頭を冷やせ、野蛮人。お前は拳を振るうことばかり覚えて、物を考える方はからきしらしい」
「っ、お前なぁ……!」
「やめておけ。ここで掴みかかれば、私の言葉を自分で証明するだけだ」
ぐ、と肩に力が入る。
まさにその通りなのが悔しい。
静遠は腹を押さえたまま、いかにも疲れたという顔で続けた。
「どうしても気になるなら、私が鳳来堂に顔を出しておいてやる。あそこには借りも貸しもある。お前が無駄に首を突っ込んで話を荒立てるより、よほど早い」
「……別に、頼んでねぇ」
「頼まれずとも分かる。お前はどうせ、放っておけば勝手に走る」
「決めつけんな」
「決めつけではない。実績に基づく判断だ」
うるせぇ、とは思う。
思うが、否定しにくいのが最悪だった。
そのとき、燕花が静かに口を挟んだ。
「……静遠さん」
「何だ」
「嫌がらせの件、私は存じませんでした」
「お前が知らぬからといって、存在しないことにはならん」
ぴしゃりと返す。
いつもの慇懃さすら薄い、刺のある言い方だった。
「店主が愚痴を零す相手を選ぶことくらいあるだろう。いちいち全てをお前に報告する義理もない」
燕花はそれ以上言わなかった。
ただ、伏せられた睫毛の奥で何かを量るように沈黙する。
静遠はそんな燕花の沈黙ごと切り捨てるように、煌へ向き直った。
「話は終わりだ。鳳来堂の名が入っている。それだけ。そこから先を妄想で膨らませるな」
「妄想じゃ――」
「なら証拠を持って来い」
被せるように言われ、喉が詰まる。
「証拠もないうちから大店に難癖をつければ、恥をかくのはお前だけでは済まん。朱雀様にまで泥を塗る気か?」
「……っ」
そこを突かれると弱い。
煌自身のことだけならまだしも、朱雀の名を出されると、無視して暴れにくくなる。
静遠はそれを分かっている顔だった。
「ようやく黙ったか。ならその籠はしまっておけ。少なくとも今ここで騒ぐ価値はない」
燕花がそっと竹籠を差し出す。
「……童殿。お持ちください」
「あ、ああ」
受け取った竹籠は軽い。
なのに、妙に手に残る。
「少なくとも、鳳来堂の品である可能性は高いです」
燕花はそれだけ言った。
それ以上は言わない。
だが、言えないのか、言わないのか。
そこが逆に引っかかった。
「ほら、結局その程度だ」
静遠は吐き捨てるように言った。
「無駄に疑って騒ぎを大きくするな。巫女でもないくせに、厄介事への首の突っ込み方だけは一人前だな、お前は」
「……んだと?」
ぴしり、と空気が鳴る。
今度こそ殴る、と足に力が入ったその瞬間、燕花の手がそっと煌の袖を引いた。
「童殿」
「止めるな、燕花。コイツ――」
「ここで手を上げれば、静遠さんの言葉が正しいことになってしまいます」
「ぐ……」
正論だった。
最悪なことに。
静遠は鼻で笑い、腹を押さえ直す。
「少しは学べ、野蛮人。毎度毎度、胃に悪い」
「だったら勝手に痛がってろ、クソ胃痛野郎……!」
吐き捨てると、静遠のこめかみがぴくりと動いた。
だが言い返す代わりに、酷く冷えた目で一度だけ竹籠を見た。
本当に一瞬だった。
けれど、その一瞬だけは、さっきまでの嫌味とも苛立ちとも違った。
――知っている目だ。
煌は竹籠を握る手に力を込めた。
静遠の言い分は、筋が通っている。
だが、通りすぎている気もする。
燕花が飲み込んだ言葉も、静遠が最後に見せたあの目も、どうしても胸に引っかかった。
鳳来堂。
やっぱり、あそこに何かある。
今はまだ、それをぶち抜くだけの確かな証拠がないだけだ。
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