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#高校生
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第72話、読み終えました。 塁くんがパスボールの記憶に縛られて野球を楽しめなくなっている様子が胸に刺さりました。でも、兄・啓介さんの「お前が好きやったのは野球やろ。失敗せんことじゃない」という言葉、本当に素敵だなって。あのシーンで涙が出そうになりました。そして翌朝の史陽くんの「あ、戻ったな」にはじんときました。福間監督が何も言わずに見守っていたのも、信頼を感じて余計に沁みます。 塁くんがまた笑顔で投げる姿が見られて、本当に良かったです🌷
第72話 「兄からの電話」
2022年8月。
甲子園から帰った柳城高校。
学校には「お疲れさま」という声が溢れていた。
だが。
塁の中では何も終わっていなかった。
あの雨。
あの十二回裏。
あのパスボール。
何度忘れようとしても頭から離れない。
夏休みが終わる。
新チームが始まる。
佐伯たち三年生は引退した。
塁と史陽が中心のチームになった。
誰もがそう思っていた。
しかし。
塁は変わってしまっていた。
練習試合。
ストライクは入る。
試合も作る。
だが違う。
以前の塁ではなかった。
マウンドで楽しそうに投げない。
思い切り腕を振らない。
どこか怯えている。
打たれることではない。
失敗することを。
史陽はすぐ気付いた。
ある日の帰り道。
「まだ考えとるんか」
塁は黙る。
「甲子園のこと」
しばらく沈黙。
そして小さく頷いた。
史陽はため息をつく。
「お前のせいじゃなかろうもん」
塁は苦笑した。
「分かっとる」
だが。
本当に分かっている人間の顔ではなかった。
数日後。
舞も塁に会いに来た。
大学の授業帰りだった。
「元気ないね」
舞はそう言った。
塁は笑顔を作る。
「そんなことないよ」
だが舞には分かった。
長い間見てきた。
その笑顔が無理をしていることくらい。
舞は優しく言う。
「次がある」
塁は頷く。
だが変わらない。
言葉は届いている。
それでも心が動かない。
そして福間監督。
監督も当然気付いていた。
だが何も言わない。
練習中も。
試合中も。
終始いつも通りだった。
史陽がある日聞いた。
「監督、何も言わんのですか」
福間監督は資料から目を離さない。
そして一言。
「自分で変わらないと 変わった時に塁は、さらに成長する」
それだけだった。
9月。
秋の福岡大会前日。
新チーム最初の公式戦。
夜。
塁は自宅の部屋にいた。
明日が大会だというのに。
不思議なくらい気持ちが上がらない。
机にはグローブ。
窓の外には夜空。
その時だった。
スマートフォンが鳴る。
画面を見る。
見慣れた名前。
『啓介兄ちゃん』
塁は少し驚いた。
電話に出る。
「もしもし」
『おう』
懐かしい声だった。
東京の大学にいる兄。
久しぶりだった。
しばらく他愛のない話をする。
大学の話。
柳城の話。
そして。
啓介が突然聞いた。
『お前、最近野球楽しいか?』
塁は言葉に詰まった。
沈黙。
その沈黙だけで十分だった。
啓介は笑う。
『分かりやすいな』
塁は何も言えない。
すると啓介が続ける。
『俺もあったぞ』
『負けた後、野球嫌になったこと』
塁が顔を上げる。
『甲子園で負けた時も』
『大学で負けた時も』
『何回もあった』
窓の外から虫の声が聞こえる。
『でもな』
啓介の声が少し柔らかくなる。
『野球は失敗する競技や』
『失敗せん選手なんかおらん』
塁は黙って聞く。
『お前はあの日から失敗を怖がっとる』
図星だった。
何も言い返せない。
『でも』
少し間が空く。
『お前が好きやったのは野球やろ』
『失敗せんことじゃない』
塁の目が少し潤む。
『楽しめ』
『甲子園とか優勝とか忘れろ』
『お前が小学生の頃みたいに投げろ』
沈黙。
そして啓介が笑う。
『まあ、お前なら大丈夫や』
電話が切れる。
部屋は静かになった。
塁はしばらく動かなかった。
そして。
机の上のグローブを手に取る。
革の匂い。
ずっと好きだった匂い。
自然と笑みがこぼれた。
翌朝。
秋の福岡大会開幕。
グラウンドへ現れた塁を見て。
史陽が気付く。
「あ、戻ったな」
塁は笑った。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
いつもの塁の笑顔だった。
そして福間監督も。
その姿を見て小さく頷いた。
何も言わずに。
第73話 終