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数分後。涼ちゃんは、深呼吸を一度だけして、表情を整えた。
鏡を見ると、目の奥だけが少し揺れている。
でもそれを誰にも悟られないように、口元をゆっくり上げた。
(大丈夫。普通でいればいい。)
楽譜を胸に抱え直し、
まるでいつも通りの涼ちゃんを演じるように、楽屋のドアを静かに開けた。
「ごめん、戻るの遅くなった。」
若井が振り返る。
「涼ちゃん、どこ行ってたの?探したよ。」
「え?あぁ…コピー機詰まってさ。直してた。」
笑顔のまま、嘘をひとつだけ軽く置いた。
元貴も「そっか、お疲れ」と言ってくれる。
涼ちゃんはいつも通り頷き、机の上に楽譜を広げる。
けれど、楽譜の紙がかすかに震える。
手が、思ってるよりも落ち着かない。
若井が何気なく涼ちゃんの横を見る。
「大丈夫?なんか元気ないように見えるけど。」
「え?全然。普通だよ。」
即答すぎて、逆に不自然だった。
けれど若井も元貴も、
涼ちゃんが“無理に笑っている”ことにはまだ気づけない。
涼ちゃんは、何もなかったように笑う。
笑顔でいるほど、心の奥だけが静かにぴりっと痛む。
そのまま練習が始まった。