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「全部見せてねって……言ったのに。見せてくれた、坪井くんを、大嫌いなんて言ったこと、本当にごめんなさい」
真衣香の顔を覗き込んだまま、坪井は大袈裟に首を横に振る。真衣香の言葉を強く否定しているようだ。
「待って、お前が謝るなんておかしい。それは……言われるようなことしたからだよ、俺が」
坪井は泣きじゃくりながらも突然語り出した真衣香の肩を押し、そっとソファに座らせてくれた。その隣に、少しだけ距離を空けて坪井が座る。
前回ここに来た時にはなかった距離だ。
それを、とても寂しく感じた。だからこそ、きちんと伝えなければ。
早くなる呼吸を整えながら、真衣香は今言葉にできる精一杯を伝えようと再び口を開いた。
「つ、坪井くんのこと信じるって思ったの、あの夜も、そう決めて坪井くんの家に来たの」
「うん」
「でも私、違和感があった。何を信じようとしてるのか、きっと……ちゃんとわかってなかった」
真衣香の声に「うん」と静かにうなずくだけになった坪井は、ただ黙って真衣香の隣に座り続けている。そして、小さく震えながらも固く握りしめている拳を包み込むようにして、触れてくれていた。
その手の暖かさが、うまくまとめられている気がしない真衣香の心の中を、声にしていく……その、勇気となってくれた。
「信じるって、何だろうって思ったの。自分以外の誰かを信じるってなんだろうって、ずっと、あの夜からずっとほんとは考えてて」
「あの夜、か……」
いつのことなのかをあえて真衣香は細かくは伝えなかった。けれど互いの胸の内で”あの夜”の認識が共通しているのは確かだった。
それは坪井の中で確かに”あの夜”がどういった意味合いを持つにせよ、特別だということで。
また、伝えたい言葉を見失わない、勇気になる。
「坪井くんの、知らなかったとこを知るたびに、例えば隠してた何かを見せてくれた時に」
一緒にいるたびに揺れ動く、彼のいくつもの表情を、見つけるたびに知るたびに。
「それも坪井くんだよって受け止めて、それでも……一緒にいようねって言いたいの。言える自分でいることが、坪井くんのこと信じてる私なんだって……」
声が震える。まとまらない心を伝えることがこんなに怖いことだとは知らなかった。
けれど、それでも伝えなければ……伝わらないんだ。
胸の奥に抱えているだけでは、何も変わらないんだ。
そう考えたなら、いつかの声が真衣香の頭の中で大きく響き出した。
『ただ、お前は人と正面切って話す前に、あれこれ考える癖があるだろ?』
『でも考えても予想しても今お前が知りたい答えは、俺の中以外にないのわかる?』
――高柳に呼び出された真衣香のもとに駆けつけてくれた、その後の言葉だ。
(……ああ、ほら。坪井くんはずっと私の欲しい言葉をくれてた)
なのに、たった一度の拒絶だけでどうして。
あの瞬間の彼を”すべて”だなんて、決めつけてしまったんだろう。
「……ごめんなさい、うまく言えなくて……でも」
でもどうか伝わってほしい。抱えきれないほどの、想いを、知っていて欲しい。
その決意が、涙混じりで震える声を部屋に響かせ続けた。
「私の“信じる“って、そうゆうことだと思ったの。あの夜はなんの決意もないままに答えてごめんなさい」
言い切ったなら、心の中でバラバラに散らばっていた坪井への想いがひとつにまとまった気がした。
だから、目を逸らさずに隣にいる彼を、迷いのない瞳で強く見つめることが、できた。
その視線を受けてだろうか。
真衣香の手の甲に触れていた坪井の指がピクッと大きく跳ねた。口をパクパクと動かした。
……けれど、なんの声も聞こえてこない。
かわりに、ブラウンの瞳が大きく見開かれていき、そうかと思えば、今は頼りなく揺れている。
ついさっき外で、真衣香を見下ろしていた、その表情にそっくりだ。
……信じられないものを見ているような、そんな視線。