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「いっしょに」居るのやめるわ ―静けさに慣れるまで

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「いっしょに」居るのやめるわ ―静けさに慣れるまで

1 - 「いっしょに」居るのやめるわ ―静けさに慣れるまで

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2025年10月20日

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洗濯機の音が夜にまわっていた。

時計の針はもう一時を過ぎている。


「まだ回してるの?」

「うん、明日早いし」

「……そう。」


その“そう”のあとに何を言えばよかったのか、いまだに分からない。

彼は夜型、私は朝型。

寝る時間も、食べる時間も、洗うタイミングも、全部ずれていた。


恋をしていた頃は、そのずれがむしろ面白かった。

彼の世界の時間に招かれるようで、夜のコンビニで買うおでんの味さえ少し特別に思えた。

けれど結婚して三年。

その時間差は、笑いではなく疲労になっていた。


――洗濯機の音がする夜は、もう眠れない。


そう気づいたとき、私はベランダに出て深呼吸をした。

冬の空気が冷たくて、涙が少し出た。

泣いているのか、寒いのか、自分でもよく分からなかった。





「別に暮らしてみる?」

朝、コーヒーを淹れながら言った。


「え?」

「試しに。喧嘩とかじゃなくて、“生活の実験”として。」


カップの中の泡が、ゆっくり沈んでいく。

「……本気で言ってる?」

「うん。」

「俺、そんな嫌われてた?」

「嫌いじゃない。むしろ、嫌いになりたくないから。」


沈黙。

流しの中の水が落ちる音だけが響いた。





荷造りの日、午後の光がカーテンの隙間から差しこんでいた。

洗濯機のない部屋は、不自然なほど静かだった。

小さな冷蔵庫のモーター音さえ、胸の奥に刺さる。


一人暮らしは久しぶりだった。

最初の一週間は、解放感と寂しさが交互にやってきた。

夜、スマホの画面を見ていると、彼から短いメッセージが届いた。


「おやすみ」




ただそれだけ。

それでも、その二文字が泣くほど嬉しかった。





別に暮らして二か月。

朝、コンビニのイートインでサンドイッチを食べていたとき、

店内のスピーカーから、彼が好きだったバンドの曲が流れた。


――あ、これ。


思わず口の中で呟いた。

いっしょにいた頃なら、彼が口ずさんで、私が「またそれ?」って笑ってた曲。

あの瞬間を思い出して、胸の奥がやわらかくなった。


夜、久しぶりに電話をかけた。


「最近、夜中に洗濯してる?」

「してない。コインランドリー、朝行くようにした」

「へぇ。成長したね」

「あなたがいないと眠れなかっただけかも」


沈黙。

でも、心の奥では何かがほどけていく音がした。





“いっしょに”って、ただ同じ部屋で暮らすことじゃない。

相手の呼吸を感じて、自分のリズムも乱れずにいられること。

それができなくなったとき、別々の空気を吸うのもきっと悪くない。


次に会う約束をした日の夜、

私は洗濯機をまわした。

回転する音のリズムに耳をすませながら、

彼の家で聴いたあの音を思い出していた。


“まわる”って、悪くない。

同じ場所に戻るようで、少しずつ違うところに進んでいく。


だから、きっと。


「ねぇ、“いっしょに”の形、もう一回つくりなおしてみない?」




送信ボタンを押すと、画面の明かりがふっとあたたかく揺れた。

その光の中で、私はようやく深く息を吸った。


――これが、私たちの“いっしょに”のはじまりかもしれない。​

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