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初めての共同作業は王子を操る黒幕でした?

第53話「ひとときの自由」

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2022年09月05日

#ファンタジー#異世界転生#異能力

第53話 ひとときの自由

魔物による汚染地域の復元作業が終わってから、数日。

一度はすれ違ったものの、魔物襲撃事件の元凶だったエスペクラシア伯爵の狙いがわかったときに、再び協力することができた。

伯爵の本当の狙いを暴くことで、伯爵の隠していた悪事を白日の下に晒すことにも成功している。

何もかも、丸く収まったはずだった。

「……」

「……」

再び、ジェイドは自分の仕事をこなし、理世は同じ部屋で過ごす日々が戻った。

元の日々に戻ったはずなのに、理世は妙な居心地の悪さを感じていた。

今日はアルディリアンも用事があるようで、席を外している。

理世のいた世界の話もかなり出尽くしたので、そろそろ記録に残す必要がなくなってきたのかもしれない。

アルがいないのもあって、静かな部屋の空気がさらに重苦しく感じてしまう。

「あの……ジェイド」

「何?」

思わず声をかけた理世に、書類に目を通しながらジェイドは答える。

「今日、アルもいないし……王宮内を、ちょっと散歩してきてもいいかな」

色々な観点から、ジェイドは理世に過保護だ。

以前だったら、こんな要望は即、却下されていただろう。

「……」

しかし、考えるようにジェイドの手が止まった。

その手がまた、別の書類を手に取るのと同時に口を開いた。

「いいよ。気分転換になるだろうし、行っておいでよ」

「えっ……いいの?」

「ちゃんと周りに気を付けながらなら……〈時空魔法〉の訓練をしてみてもいいし」

そこまで言われ、さらに理世は驚いた。

「自分から聞いておいてアレだけど……いいの? ほんとに」

「……今までの僕が、過保護すぎたんだよ」

確認するような理世の言葉に、ジェイドはそう答えていた。

その声が妙に物悲しく聞こえた理世は、戸惑いを隠して部屋を出た。


(もしかして私、一人で王宮を歩くの……初めて?)

執務室から出て歩き始めた理世は、ふとそんなことに気づいた。

いつもジェイドか、彼が一緒にいられない場合はアルがいたことがほとんどだ。

(なんか……不思議な感じ……)

そう思ったのは理世だけではなく、王宮で働く使用人たちも同様だったらしい。

食事や風呂の準備で時折会っていた使用人たちとすれ違い、軽く挨拶すると驚きと戸惑い混じりに挨拶を返された。

(最初はいきなり知らない場所に来たから心細かったし……でもジェイドやアルが良くしてくれてたからあまり気にしてなかったけど)

自分の足で、何となく好きな場所を歩き回る。

ただそれだけのことが、ずいぶん久しぶりで――解放感で理世の胸はいっぱいになっていた。

「……今までの僕が、過保護すぎたんだよ」

解放感を感じた直後に、別れたばかりのジェイドのことを思い出してしまう。

(ジェイドが言ってたことは、正しいと思うんだけど……)

そう思う一方で、解放感に喜びを感じた理世は、少しだけ後ろめたくなる。

(ジェイドと一緒にいるのが、嫌とかじゃない。それは確かなんだけど、でも……)

最近の様子を思い返すと、変に胸騒ぎがする。

うまくまとまらないまま、それを誤魔化すように歩き続けると、廊下の向こう側から再び人影が見えた。

煌びやかな金色でありながら、落ち着いた色合いのドレスを身に纏う貴族の女性。

服装に覚えはないが――

「あ」

女性の顔に理世は覚えがあった理世は、つい声を上げた。

「……?」

ドレス姿の女性は――ソロリア・オノール・コンキスタ公爵だった。

(なんでここに……それに、今日はドレス……!?)

予想外の遭遇と情報量に、理世は一瞬パニックに陥る。

理世の反応を不思議に思ったのか、ソロリアは足を止めた。

理世の姿を頭からつま先まで眺めると、合点がいったように「ああ」と声を漏らした。

「あなた……ジェイド殿下が管理されているという、異世界人?」

「!」

一瞬、口から心臓が飛び出るほど驚く理世。

理世自身はほぼ表に出ていなかったため、異世界人として実際の顔を認識しているのは使用人たちくらいだったからだ。

「は、はい……そうです」

「お初にお目にかかります。私はソロリア・オノール・コンキスタと申します」

「あ、えと、も、もちだり……じゃなかった、ええっと、リセ・モチダです」

にこやかに自己紹介されたことで、理世は混乱したまま名乗る。

(私は何度かコンキスタ公爵のこと見てきたけど、向こうからしたら初めましてなんだよね……!)

「王宮には、慣れましたか。異世界から来られたということですが……さぞ心細かったことでしょう」

「い、いえ……王宮の方々が、良くしてくださるので……」

心配そうに表情を曇らせるソロリアだが、理世の反応で「そうでしたか」と表情が明るくなった。

「ここでお会いしたのも何かの縁ですし、もしよかったら、今度お茶をいただきながら、異世界のお話でもお聞かせいただけませんか」

「え、あ……はい、タイミングが合えば……」

柔らかい笑みを向けられ、理世は今までとは違う意味で圧倒されていた。

(なんか……悪い人じゃなさそう……だけど……今までのことを思うと……どうなんだろう)

「よかった。ではまた」

ソロリアは理世が歩いてきたほうへ進み、廊下の曲がり角で消えた。

理世の脳裏に、今見たにこやかな笑顔のソロリアと――エスペクラシア伯爵に冷たい視線を送っていたときのソロリアの顔が浮かぶ。

(……人は、一側面だけじゃわからないもんね)

自分の思考にとりあえずの決着をつけると、そのまま散歩を再開した。


建物内を大方見て回った理世は、外に出てみることにした。

初めて〈時空魔法〉を使った広場や、大きな庭園や中庭をうろつき――最後に、王宮騎士団の訓練場まで来た。

周りには囲うように植え込みがされており、途切れたところから訓練場の中を見ることができた。

訓練中の騎士団員たちを眺めていると――ラズワルドの姿が理世の目に留まった。

剣を持った、まだ10代くらい少年を相手に、ラズワルドは槍を振るっていた。

今は武器をつかった練習をしているらしいが、練習にしてもその動きは妙にゆっくりだ。

(あー、もしかして、長さの違う武器に慣れさせてるのかな)

鬼気迫る感じがないことから、理世はそう思い至った。

(あの人はまだ新人なのかな……剣を持ってる感じが様になってないし)

そこまで思って、理世はふとある少年のことを思い出した。

(そういえば影魔法の子……王都警備団に入ったって言ったけど……今頃、こうやって訓練してるのかな)

多発事件に利用されていた、ジェイドと同じ影魔法を持つ少年。

(詰め所に行く機会なかったからなぁ……どうしてるかなぁ……今度、王宮内だけじゃなくて、王都にも自由に行き来できる許可、取ってこようかな)

密かに決意しつつ、騎士団員の訓練を眺め続ける理世。

ラズワルドたちだけでなく、他の騎士団員たちも剣と槍という組み合わせで、ペア同士で武器を振るっている。

(訓練場は広いけど……この人数で武器振り回すって危なくないのかなぁ)

突き出した槍をペアの人物が避けると、その槍先には別の団員の背中が見える。

ペアはお互いの武器の動きを見るのが精いっぱいに見えるので、手元が狂うと他のペアに武器が当たってしまうのではないか。

理世がそんな不安を持ったとき――

武器を振るうことに慣れていないのか、動きの悪い年若い騎士団員の一人の手から――剣がすっぽ抜けた。

「ぅわっ」

槍を持っていたペアが、慌てて飛び退く。

その先には、ちょうど剣を振り上げた他の騎士団員の横顔があり――

(――ダメ! あれは当たる!)

理世は無意識の域で――その手を、騎士団員の横顔に向けていた。

次回へつづく。

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