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第四章:トールの報せ
塔が崩れてから、空気が変わった。
それまで抑えつけられていたような“何か”が、静かにほどけていく。
風の匂いが違う。木々がさざめく音が柔らかい。
「……なんか、体が軽い……」
ルナがつぶやいた。
魔力の流れが澄んでいる。まるで、内側で眠っていた力が目を覚ましたような、そんな感覚だった。
夜、焚き火の光の中で、ふたりはトールからの“報せ”を待っていた。
──パチ……パチ……
火が弾ける音とともに、黒い煙がゆらめき、そこにトールの顔が浮かび上がる。
「……よくやったよ、ルナ。そしてヒイロ」
その声は、相変わらず静かで冷ややかだったが、どこか満足げだった。
「一つ目の塔は、無事破壊された。順調だ。これなら、試験は合格に近づいている」
「ほんとに……!? えへへっ、やったー! ヒイロ、聞いた!? トールおばあちゃんが褒めてくれた!」
「……あ、うん…よかったね」
ヒイロの声は、どこかかすれていた。
ルナが嬉しそうに跳ねている横で、彼の表情は晴れなかった。
「ねえ、トールおばあちゃん。あの塔……なんか、すごく、重苦しくて……怖かった。あれって、いったい何だったの?」
「……ただの試験用の塔だよ。ちょいと手が加えられてるだけさ」
トールはそう答えた。
その言葉にヒイロは少し不信感を覚えたが、あまり気にしないようにした。
「まあ、それを壊すことがお前が“本当の魔女”になるために必要な通過儀礼なのさ」
「ふぅん……そうなんだ。ボクがんばるね!」
ルナが元気よく宣言する。
ヒイロはその横顔をちらりと見て、何かを言いかけて──黙った。
彼の胸にあったのは、答えのない違和感だった。
塔の仕掛け、人間の鍵、ゴーレムの異常な強さ。
それが“試験”と呼ばれるには、あまりにも奇妙で、現実味がありすぎた。
「次の塔は、北の草原にある。お前たちならできると期待しているよ」
「うん! ボク、もっともっとがんばる! 立派な魔女になるんだもん!」
焚き火の煙が、静かに形を失い、夜空へと溶けていく。
ふたりは再び、旅の準備を始めた。
だが、その夜──ヒイロはずっと眠れなかった。
焚き火の炎が風に揺れ、塔が崩れるあの音が、何度も耳の奥で鳴っていた。