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「たく……泣けばいいと思って。見苦しい。とにかく、今後二度と穂乃果に嫌がらせするのは止めろ。そうじゃなきゃ、こっちの用意した弁護士が一歩も引かずに、然るべき措置を徹底的にさせて貰うから」
きっぱりと断言する健司の横顔は、大人の男の圧倒的な頼もしさに満ちあふれていた。
「あぁ、それと。院長を取り込もうとしたって無駄だよ? 俺、院長とちょっとした知り合いでさぁ。アンタたちの愚行は既に院長の耳に入れておいたから」
「えっ?」
これには穂乃果もびっくりして思わず声が出た。
「うそ……っ」
里奈は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、絶望に目を見開いた。
(ナオミさんがお父さんと知り合い? どういう事?)
この病院の院長といえば、厳格で不正を一切許さないことで有名な、絶対的な権力者だ。看護部長すら頭が上がらないそのトップに、自分たちの仕掛けた悪事がすべて筒抜けになっている――それが意味することは、一つしかなかった。
「これで分かったかしら? アンタがこの病院でこれ以上ナースを続けられると思わないことね。あ、もちろん浮気相手の婚約者クンもセットでね」
ナオミはふん、と鼻で笑うと、里奈の絶望をさらに煽るように冷酷に言い放つ。
「クビはもちろんだけど、民事でもきっちり追い詰めるから。覚悟しておきなさい」
「そんな……嘘……嘘よ……っ!」
これまでの悪事がすべて自分に返ってきたのだ。直樹との甘い生活も、看護師としてのキャリアも、この瞬間、完全に終わった。里奈はパニックで過呼吸気味になりながら、言葉にならない悲鳴を上げて床を掻きむしる。
その様子を完全に無視して、ナオミは腕の中の穂乃果に視線を落とした。
「さて、と。こんな汚い場所に穂乃果をこれ以上置いておけないわ」
ナオミはすっと表情を和らげると、驚きで固まっている穂乃果の身体を、パジャマ姿のまま軽々と横抱きに――お姫様抱きで持ち上げた。
「えっ!? ちょ、ちょっと、ナオ……お、織田さん!? 下ろしてくださいっ!」
あまりの突発的な出来事に、穂乃果は顔を真っ赤にしてバタつく。けれど、ケンジの腕はびくともせず、それどころか確かな男の力強さでしっかりと穂乃果をホールドしていた。
「ダメー。まだ足が震えてるじゃない。ほら、ちゃんとアタシの首に捕まってなさい。それに、消灯後は静かにしなきゃダメよ」
「……っ」
耳元で囁かれた低く甘い声に、心臓が爆発しそうになる。穂乃果は言われるがまま、恥ずかしさに耐えかねて健司の胸元に顔を埋めるしかなかった。
床で泣き崩れる里奈と、ベッドの隅でガタガタと震え続ける加藤。
地獄絵図と化した個室を後にし、ナオミは堂々とした足取りで、穂乃果を抱き抱えたまま静まり返った廊下へと歩き出す。
「ごめんなさいね。大人しく部屋で寝てようかとも思ったんだけど……。あの女が夜勤だって知って、心配で、我慢できなくなっちゃって……。こういう時のアタシの勘ってよく当たるのよねぇ」
廊下の常夜灯に照らされたその顔は、いつもの安心するナオミの笑顔に戻っていた。けれど、今も自分を包み込んでいる体温と、トントンと背中をあやすように叩く大きな手は、やっぱりどこまでも逞しい男のもので――。
「……後で、全部説明してください!」
「あはは。そうね。わかったわ」
ナオミは優しく笑うと、廊下の角を曲がり、静まり返ったナースステーションの前で、そっと穂乃果の身体を床へと下ろした。
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瀬名 紫陽花
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