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ゲンとソウは、空を飛行していた。
上空には、雲がゆっくりと流れている。
だが、ソウにはその雄大な景色を味わう余裕など、まったく無かった。
「ソウ、お前なぁ……なんだ? その飛び方はよ。気色悪いわ!」
ゲンは顔をしかめながら言う。
ソウは羽をパタパタと不格好に動かしたかと思えば、突然止まり、ストンと落ちる。
かと思えば、慌ててバサバサと羽ばたき、急上昇する――そんな動きを延々と繰り返していた。
空中で、ぐらぐらと揺れながら進むソウ。
まるで風に翻弄される枯れ葉のような飛び方だ。
見ているほうが不安になる。
「仕方ないだろ! こっちは、はじめてなんだよ!」
ソウは必死に羽ばたきながら叫ぶ。
羽の動きはぎこちなく、空気の流れをまるで掴めていない。
それでも必死に前へ進もうとしていた。
「これでぇ……もア、がんばってぇェェェェェアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!」
言い返そうとした瞬間だった。
思考がほんの一瞬、空を飛ぶことから離れる。
その刹那――
ソウの体は、真っ逆さまに落ちた。
「ったく、本当に世話が焼ける息子だよッッ!」
ばさっ!
ヒュンッ!
ゲンは一瞬で羽を折り畳む。
フライバエの羽が空気を裂き、急降下する。
三つの目が、落下するソウの位置を正確に捉えた。
距離、速度、風向き、落下軌道。
すべてが、瞬時に計算される。
そして――
ドンッ!
最高効率の出力で、ゲンは飛び出した。
空気が弾けるような音が、上空に響く。
次の瞬間、ゲンの腕の中には、すでにソウがいた。
「うわぁぁぁ……!」
「捕まえたぞ。まったく」
ゲンは片腕でソウを抱えながら、再び羽を広げる。
急降下の勢いを利用し、滑空へと移行した。
二人の体は、滑るように空を進んでいく。
「まだ、練習が必要そうだな……」
少しため息混じりに、ゲンは言う。
その声には、呆れと、わずかな安心が混ざっていた。
ソウはぐったりした様子で、ゲンにしがみついている。
「う、うん……」
ソウは肩で息をしていた。
どうやら、かなり堪えたらしい。
だが、やがて少しだけ顔を上げた。
「でも親父、俺、共鳴したんだぜ」
そう言って、どこか誇らしげに笑う。
まだ息は荒いが、その目は輝いていた。
子供特有の、純粋な喜びの光だ。
「約束、守ってくれよ。その首飾り」
ソウが指差したのは、ゲンの胸元だった。
Tシャツの下に隠れているもの。
ずっと、ゲンが身につけている首飾り。
「ああ、そうだな。約束は守らないといけない」
ゲンは静かに言う。
その声は、どこか遠くを見ているようだった。
だが、すぐにソウへ視線を戻す。
「だがな、俺が言ったのは、あくまでその力を使いこなして、一人前になったらだ」
「えぇー……」
ソウは露骨に不満そうな声を出す。
ゲンは少し笑った。
そして続ける。
「お前は、まだ使いこなせていない」
風が、サァーっと吹き抜けた。
二人の体を包み込みながら、空へ流れていく。
どこか遠くへ、思い出を連れていくように。
「母さんにも、申し訳ないだろ? それじゃあな……」
ソウは少し黙った。
それから、ゆっくりと口を開く。
その表情は、少しだけ大人びていた。
「それは、分かってるよ」
「だけどさ……嬉しかったんだ」
ソウは遠くを見ながら言う。
空の向こう。
まだ見たことのない世界。
「やっと俺に、共鳴してくれたって思って」
その声には、確かな実感があった。
自分が変わり始めたという、手応え。
ゲンは少しだけ目を細めた。
「ああ、分かってる」
「なんだかんだ、お前は頑張ってるからな」
そう言うと、ゲンはニヤリと笑う。
いつもの調子だ。
わざとらしく肩をすくめる。
「まあ、今は父ちゃんの背中でも見とけww」
「親父、背中は見えねえよ」
「そういうことを言ってんじゃねえよ」
ゲンは笑う。
その笑い声は、風の中へ溶けていく。
そして――
「まあ、とりあえず、捕まっとけよッッ!」
ビュンッ!!
いきなり加速した。
空気が弾け、景色が一瞬で流れ始める。
ソウは慌ててゲンにしがみついた。
一瞬ためらった。
だが、それよりも――
ソウの視界に広がった光景に、目を奪われた。
深々と生い茂る緑の大地。
風に揺れる森。
遠くまで続く木々の海。
木々が軋む音が、上空まで響いてくる。
その隙間を縫うように、巨大な河が流れていた。
川というより、まるで大地を裂く水の筋だ。
山々は勇猛にそびえ立つ。
雲に届きそうなほど高く。
その稜線は、鋭い牙のようだった。
さらに遠く。
水平線の彼方には、見たこともない地形が広がっている。
未知の世界が、そこにあった。
(……ス、スゲェ……)
言葉にならない。
胸の奥が、震えていた。
ソウはただ、その景色を見つめていた。
(フッ、まだまだガキだな)
ゲンは横目でそれを見る。
ソウの反応を見て、少し笑った。
だが、その笑みはすぐに消える。
(だが……よく共鳴できたもんだ)
(何がそうさせたのかは、いまいち分からんが)
ゲンの視線は、遠くを見ていた。
もっと遠く。
過去の記憶の向こう側。
(なあ、リン。見てるか?)
ソウを抱えたまま、ゲンは思う。
空のどこかにいるかもしれない存在へ。
もう二度と会えない、妻へ。
(ソウが、こんなにも元気に育ってるんだぜ)
(信じられないだろ?)
ゲンの胸元で、首飾りが揺れる。
Tシャツの下に隠された、小さな金属。
それは、この世界に存在するはずのないものだった。
銃弾。
先端は、わずかに変形している。
何かに撃ち込まれた痕跡。
そして、陽の光を受けて、鈍く反射した。
ソウは、広がる世界を見つめている。
ゲンは、過去を思い出している。
それぞれ違うものを見ながら――
二人は空を進んでいた。
そして。
一行は、着々と――
「巨」へと近づきつつあった。