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「……本日、被告人・佐藤透を懲役3年の実刑に処する」
法廷に響く裁判官の無機質な声
傍聴席に座る私の隣で、透さんの母親が崩れ落ちるように泣き崩れた。
でも、私は一滴の涙も出なかった。
被告人席に立つ透さんは
拘置所生活ですっかり痩せ細り、あのみっともないほど誇らしげだった表情は消え失せていた。
ただ、判決を聞いた瞬間、彼は縋るような目で私を見た。
「……美咲、助けてくれ……」
声にならない唇の動き。
私はただ、冷たい視線を彼に返した。
「助けて」?
私に月5万円を突きつけ
栄養失調寸前まで追い込みながら
自分は女とフォアグラを食べていた人が、よくそんな言葉を吐けるものだと。
刑が確定し、透さんは刑務所へと移送された。
そこでの生活は、彼が最も恐れていた「徹底的な管理」と「極限の質素」そのものだった。
朝6時の起床から、分刻みで管理されるスケジュール。
食事は、麦飯に汁物、小さなおかずが一つ。
かつて彼が私の作った食事を「豚の餌」と罵り
5000円のステーキを注文していた日々が、遠い夢のように思えるだろう。
「……おい、お前。新入りのくせにトロトロ動いてんじゃねえぞ」
刑務作業中、年配の受刑者に怒鳴られ、透さんは床を這いつくばって雑巾がけをする。
一流企業の課長代理だったプライドは、ここでは何の役にも立たない。
一方、外の世界でも彼の「清算」は続いていた。
父の会社が競売で落札した彼の団地跡地は、すでに解体工事が始まっていた。
透さんの母親は、私の父が用意した最低限の生活保護施設へと移ったが
彼女は息子を恨みながら余生を過ごすことになるだろう。
そして、刑務所の透さんの元へ、定期的に届くものがあった。
それは、私からの差し入れではない。
弁護士を通じて送られる「損害賠償金の督促状」と
「差し押さえ予告通知」だ。
『現在の作業報奨金からも、順次、賠償金として天引きさせていただきます』
「……月数百円……? これじゃあ、一生かかっても…」
透さんは独房の隅で、震える手でその通知を握りしめた。
月5万円どころか、月数百円の報奨金すら自分の自由にならない。
刑務所の食事と、支給されるわずかな生活用品。
それだけが、今の彼の全財産。
「……美咲、俺が悪かった…出所したら、心を入れ替えて働くから……!」
独房の壁に向かって呟く彼の言葉を、聞く者は誰もいない。
彼が一番馬鹿にしていた「地道な暮らし」すら、今の彼には手の届かない贅沢なのだ。
私は、新しく借りた自分一人の部屋で、窓を開けた。
そこは高級マンションではないけれど
自分で稼いだお金で、自分の好きな花を飾れる、静かで温かい場所。
「……さあ、これからが本当の清算よ。透さん」
#不倫
#離婚