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刑務所という閉鎖された空間で、俺は「本当の意味での孤独」と向き合っていた。
「……またこれか」
目の前に置かれたプラスチックのトレイ
そこに乗っているのは、一切れの冷めた焼き魚と、薄味の煮物。
かつて美咲が丹精込めて作った食事を「質素すぎる」
「豚の餌か」と罵り、ゴミ箱に叩き落とした俺にとって、この食事はあまりにも空虚だった。
しかし、今の俺にはこの質素な食事こそが命を繋ぐ唯一の糧だ。
屈辱に耐えながら、俺はそれを喉に流し込む。
だが、俺を本当に追い詰めていたのは食事の質などではなかった。
「おい、佐藤。またお前に通知だ……お前、外でどれだけ恨みを買えば気が済むんだ?」
担当刑務官が、蔑むような視線と共に差し出してきたのは、美咲からの手紙……などではない。
紙の束はすべて、法的な「債権差し押さえ通知」の山だった。
そこには、美咲が新たに提起した
「精神的苦痛に対する追加の損害賠償」の受理通知が、冷徹な文字で並んでいた。
「……あ、ああ…」
震える手でそれを受け取る。
俺が刑務作業で一日中ミシンをかけ
指先をボロボロにして一ヶ月かけて手に入れるわずか数千円の報奨金。
それさえも、出所後の俺を待ち受ける数億円という負債の前では砂漠に霧吹きで水を撒くようなものだ。
返せるわけがない。
一生かかっても、俺は美咲への「借金」を払い続けるだけの機械になるのだ。
コンクリートの壁に額を打ち付け、俺は獣のような声を漏らした。
しかし、その絶望にさらなる追い打ちをかけるような「ニュース」が、入浴時間中に他の受刑者の口から飛び込んできた。
「おい、聞いたか? あの『⬛︎⬛︎不動産』。都内の一等地に、女性専用の自立支援マンションを建てたらしいぜ。オーナーは、あの美人の令嬢なんだとよ。メディアでも時の人扱いだ」
「……え?」
耳を疑った。
かつて俺が「俺の稼ぎで住ませてやってる」と豪語し、自分の城だと思い込んでいたあの高級マンション。
その運営ノウハウを活かし
美咲は父の全面協力のもと
DVやモラハラで苦しむ女性たちのためのシェルター兼マンション経営を始めたというのだ。
美咲が、実家の資産を「正しく」使い、社会的に称賛され、眩いばかりの光の中にいる。
一方で、俺はその資産に寄生しようとして無様に失敗し、カビ臭い壁の中に閉じ込められている。
「……俺が……本来なら俺が、あの場所でオーナーの夫として君臨するはずだったんだ……!!あの金も、地位も、名誉も、全部俺のものだったはずなのに!」
周囲の目も構わず、俺は叫び声を上げた。
だが、返ってきたのは共感ではなく、凍りつくような冷笑だった。
「何言ってんだ、このクズ。お前はただの、嫁の実家に寄生しようとした失敗作だろ。身の程を知れよ」
その言葉が、俺の心に最後の一刺しとなった。
俺が「一流」だと思い込んでいたあの数年間は
すべて美咲と
その背後にいる父親の慈悲の上で踊らされていただけの、惨めなピエロの芝居だったのだ。
夜、消灯後の真っ暗な独房で、俺は枕を濡らした。
だが、その涙は美咲への謝罪ではない。
失った贅沢な暮らしへの執着と、手放してしまった
「金の卵」への後悔、そして自分をここまで叩き落とした女への、どす黒い呪いだった。
「……美咲、絶対に、許さない……」
闇の中で、俺は届くはずのない名前を、何度も呪詛のように吐き出し続けた。
#不倫
#離婚