テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それは、昼と夕方の間くらいだった。
空がゆっくりオレンジ色へ変わり始めていた時間。
二人は、最初によく行っていた川沿いを歩いていた。
風が気持ちいい日だった。
世界が戻り始めてから、こういう“普通の日”が増えていた。
でも。
その日は、普通じゃなかった。
「……蒼」
悠真の声が止まる。
蒼も足を止めた。
川の向こう。
橋の途中。
空間が歪んでいた。
陽炎みたいに揺れている。
でも熱じゃない。
そこだけ、景色が違う。
向こう側に。
“人”が見えた。
二人とも、しばらく動けなかった。
橋の真ん中。
空気がゆっくり波打っている。
その向こう。
人が歩いている。
車が走っている。
信号が変わっている。
音がある。
“普通の世界”。
「……え」
悠真の声が掠れる。
蒼も言葉が出ない。
三年間。
ずっと画面越しだった。
コメント欄の向こう側。
ニュースの向こう側。
存在は知っていた。
でも今。
目の前に、本当に“人のいる世界”があった。
向こう側の人たちも、こちらを見ていた。
ざわめき。
スマホを向ける人。
驚いた顔。
誰かが何か叫んでいる。
でも、歪んだ空間のせいで声はうまく聞こえない。
ただ。
確かに繋がっていた。
二つの世界が。
悠真が一歩前へ出る。
橋の中央。
歪みの前。
「……本物?」
蒼も隣へ立つ。
向こうの世界から、風が吹いてくる。
車の音。
人の話し声。
遠くの電車。
全部。
忘れかけていた、“日常の音”。
悠真の目が少し潤む。
「うわ……」
その一言しか出なかった。
三年間。
静かな世界しか知らなかった。
だから。
人の気配だけで、胸が苦しくなるくらいだった。
その時。
スマホが震える。
コメント欄。
『扉!?』
『え!?』
『繋がった!?』
『帰れるの!?』
世界中が、その瞬間を見ていた。
ニュース配信もリアルタイムで騒いでいる。
『現在、二人の世界に謎の空間が出現――』
『向こう側に人影が確認されています』
『歴史的瞬間です』
でも。
そんなことより。
二人にとって大きかったのは。
“人の声”だった。
向こう側から、小さな女の子がこちらを見ていた。
母親らしき人が慌てて止める。
でも女の子は、そっと手を振る。
悠真は少し驚いたあと、ゆっくり手を振り返した。
その瞬間。
涙が少しだけ滲む。
「……人だ」
蒼も小さく笑った。
「いるな」
当たり前の言葉なのに。
どうしようもなく現実味がなかった。
橋の上。
夕風が吹く。
歪んだ空間は、少しずつ広がっている。
まるで世界同士が近づいているみたいに。
悠真が静かに言う。
「帰れるんだな」
蒼は空を見る。
夕焼け。
雲。
人の声。
三年間夢みたいだった世界が、終わろうとしている。
「……帰るか」
その言葉に、悠真は笑った。
でも。
少しだけ寂しそうでもあった。
二人は橋の前に立つ。
向こう側には、人のいる世界。
こちら側には、二人だけだった世界。
静かな夜。
雪の公園。
夕焼けの学校。
雨の屋上。
全部、この世界に置いていくことになる。
悠真が小さく息を吐く。
「なあ」
「ん?」
「最後に動画回していい?」
蒼は少し笑った。
「もちろん」
カメラが回る。
夕焼けの橋。
二つの世界。
そして、三年間を生き延びた二人。
悠真はレンズを見て、小さく笑う。
「……ただいま、って言えるかな」
風が吹く。
その向こうで、人々の声が聞こえていた。
午前0時17分学校の屋上で