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#すれ違い
ruruha
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私は靴を脱ぎ、裏側をスバルの目の前に差し出した。
夜の横浜は騒がしい。
遠くでクラクションが鳴り、居酒屋からは笑い声が漏れ、ネオンが濡れたアスファルトに滲んでいる。
それなのに、私たち三人の周りだけ、奇妙に音が遠かった。
スバルを前にすると、呼吸が少し荒くなる。
ネオンが黒い靴底を照らし、小さな黒い装置がくっきり浮かび上がっていた。
私は指先でそれをつまみ上げる。
「ごめんなさい。スバル。私にGPS付けてたでしょ」
できるだけ平静な声で言ったつもりだった。
けれど自分でも分かる。声の奥が少し震えている。
装置を靴底から引き剥がし、掌に乗せる。
プラスチックの小さな塊は信じられないほど軽い。
こんなもの一つで、私の行動全部が追われていた。
会社を出た時間、寄り道した場所、スバルから逃げようとしても逃げられない。
喉の奥が少し苦くなる。
「こういうの無理。離婚してください」
私がそう言うと、スバルは何も言わなかった。
ただ、冷たい顔で私を見ていた。
街灯の光が彼の横顔を照らしている。
表情は動かない。
まるで診察室で患者を見ている時のような、温度のない目。
その横で、町田咲也が気まずそうに立っている。
ネクタイは少し曲がり、額にはまだ汗が残っていた。
私を心配して追いかけてきただけなのに、完全に修羅場に巻き込まれた顔をしている。
私は視線をスバルから外さないまま言った。
「カバン、返してくれる?」
一歩踏み出し、手を伸ばす。
スバルの手には、私のバッグが握られていた。
彼はまだ動かず、呆然としているようにも見えた。
だから、私はその手からカバンを奪い取った。
革の取っ手がぎしりと鳴る。
その音が、やけに大きく夜に響いた。
「なんで? 悪いのは久子なのに⋯⋯元カレと浮気しようとしてたよね」
スバルの言葉に、私と咲也は同時に顔を見合わせた。
沈黙が落ち、車が一台、横を通り過ぎる。
ヘッドライトが私たちを白く照らし、また闇に戻す。
先に口を開いたのは咲也だった。
「浮気じゃありません。本気です」
迷いのない声だった。
そして続ける。
「そもそも、精神的にまともな判断ができない中で婚姻を結ぶというのはどうなのでしょうか?」
私は反射的に彼の足を蹴った。
ゴン、と鈍い音が響く。
「いっ……」
咲也が顔を歪める。
「ちょっと久子!」
「余計なこと言わないで」
私は小声で吐き捨てた。
咲也は昔からそうだ。
妙に冷静で、妙に正論で、人の感情を遠慮なく分析する。
彼の目から見れば、最近の私は確かに壊れていたのだろう。
父が死に、店が崩れ、世界が崩れたばかりだった。
でも、スバルの言う通り、婚姻が重いのも事実だ。
クーリングオフなんてない。
結婚とは戸籍に刻まれる、絶対的な契約。
「言わせろよ。本当は俺が久子を幸せにしたかったんだ。こんな風に一方的な執着じゃなくて、ちゃんと対等な関係を俺と久子は築けてた」」
夜風が咲也の髪を揺らす。
まるで映画のワンシーンのように美しい彼を周囲が足を止めて
見ていた。
でも、私にとってこれは映画のワンシーンではない。
もう関わりたくない二人の男をなんとしてでも切り捨てなければいけない場面だ。
私は思わずため息をついた。
「今は一方的だよ。私と町田さんは別れてて、私は冨永スバルと結婚してる。外野は黙ってて」
はっきり言うと、ネオンが咲也の顔を赤く染める。
「でも、久子が困ってるのに放って置けないよ」
咲也の言葉に私は嫌な気分になった。
彼は本質的に優しい人だ。
結婚しないと言ってた癖に、私がピンチになったら守ってやりたくなったのだろうか。
(無能な可哀想なお嬢様を助けてあげたいなんて、本当にヒーローね)
私を振った癖に落ちぶれた私を見て放って置けなくてついてきているようにしか見えない。
一生一緒にいたいと思える居心地の良さを感じていたのに、今は咲也と一秒もいたくない。
私にだってプライドはある。
「なんで別れたのに、いまだに私の男みたいな顔してるの?」
咲也は一瞬、言葉を失った。
ショックを受けたような顔。
けれど、私はもう一度スバルを見る。
「私はもう町田咲也さんに、気持ちはないよ」
言葉をはっきり区切ると、空気が冷えたのが分かった。
スバルの唇がわずかに動く。
「なら、僕⋯⋯」
その言葉を、私は遮った。
「私は今、篠山洋菓子店をなんとかしたいの」
父の顔が一瞬頭をよぎる。
時を繰り返しているのが、父の意思の気がしていた。
「正直、こんな一方的な執着に構ってる暇はない」
私は肩で息をしながら言った。
言い終えた瞬間、空気が、ぴたりと止まった。
通りの騒音が、遠くなる。
スバルの顔がほんの少しだけ歪み、眉間に皺が寄る。
本当に一瞬だけ、痛そうな顔をしたが、それはすぐ消えた。
代わりに浮かんだのは、別のもの。
静かで、冷たい光と感情のない目。
私はその目を見て、背筋がぞくりとした。
背中に冷たい汗が流れる。
心臓が、強く一度跳ねた。
(こ、殺される?)
その考えが、突然、頭に浮かんだ。
コメント
1件
うわ、第21話めっちゃ重い展開きたね…!GPSバレからの「離婚してください」は震えたわ。スバルのあの診察室みたいな冷たい目、背筋凍るよ。「♡♡♡れる?」って久子が直感するところ、緊張感やばかった。咲也の余計な正論に足蹴り入れるシーンは笑ったけど、それだけ必死なんだなって伝わってきた。父の意思で時を繰り返してる感じも気になる…続き早く読みたい🔥