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翌朝、空が白み始めた頃に出発をした。
ラスティはひとりで騎乗し、わたしとクリスが体重のこともあり、一緒に騎乗している。
「クリス、わたしの腰にしっかり捕まっていてくださいね。怖かったら遠慮なくわたしのお腹の方に手を回してもらってもいいですよ」
わたしが前で手綱を握り、クリスが後ろに騎乗する。
「あの、シャン。俺が馬に乗れないと思っていますか?」
「そういう訳ではないのですが、クリスのことは全然存知ませんので、騎士のわたしがここは前で手綱を握った方が良いと判断をしただけですよ?」
笑いながら振り向くと、クリスがむくれ顔だった。
夜は魔王のように凛として威圧感があったのに、いまはせっかくの端正な顔立ちを台無しにして、ムスッとしている。
意外な一面に思わず笑ってしまった。
「クリス、すみません。そんなに気を悪くしないでください」
見なかったことにして出発をする。
ラスティが先導しながらもチラチラ確認し、いつもよりゆっくり走ってくれる。
そして道中、クリスは何度か手綱を取りたそうだった。
そんなにわたしが前だと不安かしら?
休みなく馬を走らせたので、昼前にはネグローニの騎士団の詰所に無事に戻ってくることができた。
すぐに騎士団長室に3人で行き、今回の偵察の報告をするとともに、クリスのことも報告をする。
ここでクリスとはお別れだ。
「短い間だったけど、楽しい旅をありがとう。また、お会いする機会があればよろしくね」
「シャンにはすぐにお会いできると思いますけど」
「???」
ラスティはこの会話を横で聞きながら、普段なら会話に入ってくるのに、苦笑いしたままだ。
「そうなのね??ではまたよろしく?でいいのかしら?」
「うん。よろしく」
クリスは満足そうに微笑んでいた。
この後は、明日は休暇をもらえることになった。
昨夜は一睡も出来なかったので屋敷に戻ると気が抜けたのか、そのままベットに倒れ込んだ。
気づけば夕方。
わたしの世話を幼少の頃からしてくれている侍女のソノラが夕食だと起こしに来てくれて、ようやく目が覚めた。
お風呂に入って、身なりを整えてくださいと、いつもより口うるさく言う。
しかも屋敷中の侍女達全員かと思うぐらいに何人もやってきて、髪の毛をセットしたり、着替えを手伝ってくれて、ただの夕食というよりは、貴族同士のお茶会に行くような、しっかりと身だしなみを整えられた。
そしてみんな、良いことがあったのかご機嫌でよく喋る。
何事かと思っていたら、食堂に行ってようやく意味がわかった。
「クリス?」
昼前に騎士団の詰め所で別れたクリスがいるではないか。
侍女達がご機嫌だったのは、この見目麗しいクリスが屋敷にいるからね。
「シャン、しばらくお世話になるね」
お父様の方を見ると深く頷かれ、お母様を見ると、なぜか満面の笑みだ。
クリスが我が家に滞在するのは間違いないようだ。
「そうなの?クリスはここに滞在するの?」
「クリスは隣国マッキノンで仕事をしていて、我が国ニコラシカやこの辺境の地ガフ領にとって有益な情報を掴み、それを伝えるために危険を冒してまで隣国マッキノンを極秘で脱出された。いまはマッキノンから追われる身だ。クリスの身の安全を守るためにも我が家で保護することにしたんだよ」
お父様がいつになく、真剣で険しい表情になった。
クリスが持ってきて有益な情報は、ガフ領にとっては良い話でないのがわかる。
父をそんな表情にさせる話が気になる。
その話については後日、騎士団のみんなに説明するとのことだった。
「わかりました。クリスの安全をわたしが守ります」
「頼むよ」
父の説明では、クリスは隣国マッキノンで外交関連の仕事に携わっていたらしい。
そのあとは、つつがなく夕食を終えた。
「シャンディ、明日にでもクリスに屋敷と街の案内を頼む」
「お、お父様、承知しました」
明日、わたしが1日お休みをもらえたのもこのためだったんですね。
うまい話には裏があるとはこのことだ。
「クリス、今日はゆっくり休んでください。明日、いろいろ案内させていただきますね。部屋まで案内するわ」
ふたりで廊下を歩き、クリスの客室に向かう。
さっき、父がわたしのことを「シャンディ」と呼んだ。
クリスの家名は父はあえて伏せていたが、外交関連の仕事をするぐらいなのだから、おそらく貴族なのだろう。
もし、3年前にクリスが王都に住んでいたことがあったのなら、辺境伯の大病を患い婚約解消をして、長期療養しているひとり娘の噂を耳にしたことがあるかも知れない。
これから、しばらくクリスは我が家に滞在するようだし、危険を冒してまでガフ領に何かしらの情報を持ってきた彼に、ここは隠さず説明しておくべきだと思った。
「クリスはとっくに気づいているかも知れないけど、わたしの名前はシャンディ・ガフ。辺境伯のひとり娘でわたしが大病で長期療養をしているという噂を王都で耳にしたことがあるかも知れないけど、実はその本人なの。長期療養しているはずの人間が女騎士をしてピンピンしているから驚いたとは思うんだけど、これにはその…いろいろと訳があって…」
さて、婚約解消のことはどう説明しようかと言い淀んでしまった。
「シャンが女騎士。シャンディが長期療養中って理解で良いかな?」
わたしが言いたかったことを見透かしたように簡潔にクリスが述べる。
「そ、そうなの!クリスは話が早いわ!周りはわたしが元気なことが王都に漏れないように、騎士団ではシャンと呼んでくれていて…」
「わかった。俺もそうするよ。俺がシャンディと呼ぶときは大事な話がある時だけにする。それでどうかな?」
「ありがとう。すごく助かるわ。近いうちにシャンディは病いから復活する予定なの。それまでよろしくね」
「えっ?どういうこと?」
クリスにすかさず聞き返される。
「わたしはいま19歳なの。さすがに辺境伯のひとり娘がずっと長期療養って訳にもいかず、本当はこんなに健康だしね。だから、近々誰かと「また」婚約する予定」
ふふっと笑って、自虐的にサラッと「また」を強調してみた。
「相手は決まっているのか?」
クリスが「また」と聞いて何を思ったのか、表情を強ばらせるのがわかった。
訳あり!って思ってしまったかな。
実際は一度、婚約者に浮気をされて婚約解消になった訳ありなんだけどね。
「まだ決まってないけど、候補はあるみたい」
次は失敗できないから慎重になっている…とは言えなかった。