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メイド服を着ると、さっそく『ちょうれい』というものが始まった。今日から私も働くことが他のメイドさんや使用人さんたちに伝えられた。私に対して冷たい視線を送る人もいたけど、私はそんなことぐらいでは負けない。
「今日はほとんど命に付きっきりになる。緊急時以外は俺以外に言うように。」
「はい!」
「……おい、命。まずは朝食の準備だ。料理がしたいんだろ?」
咲月さん、私のことを名前で呼んだ…?
「言っておくが、周りに人がいるからだ。お前を認めたわけじゃない。まずは野菜の皮むきだな。」
咲月さんはそう言うと包丁と小盛の野菜を用意した。
「これだけ…ですか?」
「且功様と俺たち使用人の分だけだからな。」
如月さんと私たちの分だけ……。使用人さんは5人くらい。咲月さんと私の分を入れても10人もいない。
「如月さんのお父さんとお母さんはいないの…?」
「……つまらない質問をする暇があるならとっとと手を洗え。」
水道で両手を洗い準備をする。準備ができると咲月さんは私の隣で野菜の皮むきや切り方を教えてくれた。
上手く使うことができず、何回か指を切ったりもしたけど、少しずつ包丁の扱いにも慣れていく。
絆創膏を5枚ほど貼る頃には自分で皮むきができるようになった。
「……お前は根性があるんだな。」
「また馬鹿にしてるですか?」
「……いや、ただ純粋に凄いと思っただけだ。失敗をしても泣かないし投げ出さない。諦めてしまえば楽なのに、諦めずに続けている。」
「そんなの当たり前だよ。できなければできるようになるまで頑張るの。今日できなくても明日はできるかもしれない、今はできなくてもいつかはきっとできるようになる。諦めたらそこで終わっちゃうもん。ただただ続けて頑張れば、きっといつか幸せになれるの。」
「……俺はそうは思えなかった。昨日までの幸せが突然崩れて、世の中はこんなにも不条理な世界なんだということしか思えなかった。そうやってすべてを投げ出すしかなかった。そうすれば楽になれたから…。」
もしかして咲月さんの過去となにか関係があるのかな……?
如月さんに教えてもらえなかった如月さんと咲月さんの過去。でもそこに私が踏み込んでいいのか分からない。
「……その顔だと、且功様はお前には何も言ってないみたいだな。あいつは変なところで義理堅いから、俺のことを勝手に口外しないだろう。」
「如月さんは口は悪いし意地も悪いし好きじゃないところの方が多い。でも、本当に酷い人じゃない。本当は不器用で優しい……そんな気がする。」
「お前は人をよく見ているな。なら、俺はどう見える?」
「咲月さんは私のことを嫌っていることしか分からない。とにかく私のことが嫌いで、如月さんから離したがってる。それだけ。」
「なんで離したいか分かるか?」
「別に分からないし知りたいとも思わない。だって、知っても知らなくても私はいつかここを出ていくから。それなら咲月さんも満足でしょ?」
私が勝手に何でも首を突っ込む必要はない。それに、咲月さんが私を如月さんから離したいのは、如月さんのことを思ってのこと。咲月さんが如月さんのことを大切に思ってること、私にだってわかる。
でも、わざわざ口にしたら『私は全てわかっているのよ』と言っているみたいで感じが悪い。そんな気がした。
「なあ、もう1つ聞いていいか?」
「別にどうぞ。」
「……諦めなければ誰でも幸せになれると思うか?」
「難しい質問だね。幸せの大きさは人によって違うし、私が簡単に決められることでも答えられることでもないと思う。だけど、生きていてなにか1つでも好きなことがあれば、やりたいことがあればそれって幸せだと思う。」
「そうか……。」
それ以降、咲月さんとの会話は終わってしまった。でも咲月さんの顔を見ると真剣な顔で仕事をしていて、私が見ていることに気づくと『そんな顔しても何もやらないぞ』と言われた。
でももう、咲月さんの口から『貧乏人』という言葉は聞かなくなった。