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リアムの想い
俺はベッドに寝転び花の絵が描かれた天井を眺めていた。
花から伸びた茎が、フィーの身体の痣の模様と似ている。そう思ってゼノに言ったところ「似てますかね」とそっけなく返された。ゼノが鈍感なのか俺がフィーを想う余りに何を見てもフィーと関連づけてしまうのか…。たぶん後者だな。それほどに俺はフィーを愛している。
「しかしこの宿は、調度品などは良い物を使っていますが、少々品がないですね」
「そうだな。我が国よりは劣る」
「おや?珍しい。あなたが他国の悪口を言うとは。かなりご立腹のようだ」
「当たり前だ。国ぐるみでフィーをいいように使いやがって…!」
「リアム様、口調が下品ですよ」
「知るか」
吐き捨てるように言って勢いよく起き上がりベッドを降りる。
ゼノが俺に酒が入ったグラスを渡してくる。
俺はそれを受け取ると、一気に飲み干して息を吐いた。
「まだ飲みますか?」と空のグラスを受け取りながらゼノが言う。
俺は「いや、いい」と首を振ると、窓に近寄り遠くに見える王城の灯りを眺めた。
「あの男は帰ったのか?」
「トラビスとかいうイヴァル帝国の軍隊長ですか?いえ、帰ってません。この宿の周りを、連れてきた部下と共に警護しますと言ってましたから。我々が王都を出るまではついてくるそうです」
「ふーん、あいつは味方なのか」
「そうですねぇ。バイロンの王城からフィル様を連れ出しておきながら、今さら協力すると言われても信用できませんからねぇ」
「その通りだ」
「しかしリアム様がフィル様と対面されている時も、トラビス殿は邪魔をしませんでしたね。なので少しは信用できるんじゃないですか?あのラズールとかいう側近は、敵意むき出しで怖かったですけど」
整った顔立ちではあるが、とても冷たい男の顔を思い出して、俺は思いっきり顔をしかめた。
隣に来たゼノが俺を見て、苦笑いをしている。
「リアム様…お顔が。フィル様には見せられないひどい顔ですよ」
「おまえは一言が多い。フィーに腹が立つことなど永劫ありえないから、こんな顔は見せぬ」
「なるほど」
「ラズールは、フィーを大切な主と思ってるにしては度が過ぎてる。俺に渡すものかと顔にあらわれていたしな。フィーのことを愛してるのだろう」
「そのようですね。リアム様も大変ですねぇ。妻になられる方がモテすぎて」
「仕方がない…フィーが可愛すぎるからな」
「…そうですか」
ゼノが真顔になって答える。俺がフィーの話をするといつもこんな顔をする。フィーがいかに優しくて可愛くて素晴らしいかを話しすぎたせいで、もう胸がいっぱいなんだそうだ。
俺は王城に向かって声に出さずに「フィー、おやすみ」と呟くと、ベッドに戻って腰掛けた。
ゼノが俺と自分の剣の手入れをしながら口を開く。
「それで、これからどうするおつもりで?」
「早く帰れと言わんばかりに城を追い出されたからな。一旦バイロン国に戻る」
「その後、イヴァル帝国の新女王に結婚を申し込みますか?そうすれば堂々とフィル様のお傍にいれますよ」
「それは俺も考えた。対面の時に求婚しようかとも思った。…だがダメだ。イヴァル帝国の…あの城にいてはフィーは幸せになれない。俺が傍にいて守ってやったとしても、心から笑ってくれないだろう」
「では、さらいますか?」
「そうする。とにかくイヴァル帝国から連れ出す。そしてバイロンじゃなくてもいい。イヴァル以外のどこの国でもいいから、誰にも知られずに二人で暮らしたい」
「それは…リアム様は王位がいらないということになりますが」
「ああ、いらぬ。フィーさえいれば、それでいい」
「それならば、第一王子を推す貴族たちも、喜んで協力してくれそうですね」
「邪魔な俺がいなくなるなら、大金も出してくれるんじゃないか?その金で小さな家でも買うかな」
俺は鼻で笑うと、再びゴロリと横になった。
ここはイヴァル帝国の王都の中にある高級宿だ。トラビスの案内でここに来て、一番高い部屋に通された。ゼノ以外の従者は隣の部屋で休んでいる。
フィーとの対面のすぐ後に、前王の葬儀の準備で忙しいからすぐに帰れと、あのムカつくラズールに言われた。
俺は無視していたがゼノが頷いたので、ラズールはサッサと部屋を出ていった。
ゼノ曰く「ここにいても今は何もできません。一旦国に戻り、フィル様を連れ出す算段を考えましょう」とのことだ。
それは俺もわかっている。だけどここを出る前にもう一度、フィーに会いたい。必ず迎えに来るから待っていて欲しいと伝えたい。
フィーの部屋さえわかれば…と考えていると、今度はトラビスが来た。
「何用だ。よくも俺の前に顔を出せたな。俺はおまえがフィーを傷つけたこと、バイロン国の王城から連れ出したことを許してないぞ」
「わかってます。フィル様を傷つけたことは反省してます。しかし連れ出したことに関しては、フィル様が望んだことでしたので謝りません」
俺の前で片膝をついて、まっすぐにこちらを見てくる。体格がよくて腕が立ちそうだし意志が強そうだ。性格もラズールよりはマシに思える。
「まあいい。それで?俺達は早々にここを出るように言われてるんだが?」
「…その前に、フィル様に会わせてさしあげます。王子、俺についてきてください」
「なに?なぜだ?まさか俺を連れ出して殺…」
「そのような卑怯なマネはしません!王子、時間がありません。どうしますか?」
「…行くよ」
俺は手に持っていた灰色のマントをはおった。
ゼノがついてこようとするのを、トラビスが止める。
「王子お一人でお願いします。人が多くなれば目立つ。大丈夫です。必ず戻ってきますので、あなた方はここでお待ちください」
「ゼノ、帰り支度をして待ってろ」
「…かしこまりました。トラビス殿、頼みますよ」
「承知」
トラビスが俺に頷いて部屋を出る。
俺は後に続き、トラビスの後ろをついていく。
フィーの部屋は、俺がいた部屋から意外と近かった。花が咲く美しい中庭を抜けると、すぐにフィーの部屋の下についた。
「フィル様の部屋は二階です。上れますか?」
「余裕だ」
「あまり時間がありません。少し話したら、すぐに降りてきてください」
「わかった」
俺は一階の部屋に誰もいないことを確認すると、窓枠に手をかけてスルスルと登った。二階のバルコニーに降り立つ。どうやってフィーに声をかけようかと思ったが、いきなり目の前にフィーがいた。ドレスを脱いでいつものシャツとズボンに着替え、窓から空を眺めていた。
フィーの大きな目から涙が溢れ、シャツの袖で拭っている。
なぜ泣いてる?やはり辛いのだろ?そんな姿を見せられては我慢できない。
俺は窓をカツンと叩いた。
フィーがこちらを見て、俺に気づいて驚いている。
ふふ、可愛いな。
俺を見て涙が止まらなくなったフィーが、震える手で鍵を外した。
直後に、俺は静かに窓を開けて中に入り、フィーを抱きしめた。