ああかわいい。この腕の中に収まる感じ。それに久しぶりの甘い匂いだ。離したくない。このまま連れて帰りたい。
無理だとわかっていながら、俺は我儘を言ってみた。
「なあ、俺は今からバイロン国に帰るんだが、一緒に来れるか?」
「…ごめん、行けない」
俺は大きく息を吐く。
やはりフィーをこの城から連れ出さなければ。フィーはここにいては自由になれない。
俺が怒ってると思ったのか、フィーの身体が揺れた。
俺は慌てて弁明をする。怒っていない、俺が我儘を言っただけだと。
次のフィーの行動に、俺の頭が愛しさで爆発するかと思った。
フィーが顔を上げて背伸びをすると、キスをしてきたのだ。
本当にかわいくてたまらない。愛してる。
俺と二人だと姉のフリなどせず、ありのままの自分で接してくるところも素直でかわいい。
前に幼い頃からずっとラズールが傍にいたと聞いたが、よくぞあんな堅物に似なかったものだ。
俺とフィーは、唇を触れ合わせたまま話を続けた。
いきなりバイロン国の王城からいなくなって辛かったと俺が拗ねると、すぐに謝ってくれた。 かわいい。何をしてもかわいいとしか思えない。何をされたとしても怒れない気がする。
フィーの口から、前王に続いて王女も死んだと聞いた。自分が助けなければいけなかったと悔やむフィーを見て、胸が苦しくなる。
おまえは優しすぎる。城を追い出され命まで狙われたというのに、恨んでもいいというのに、それでも力になりたいと戻ったんだな。
俺が「おまえが無事で心底安堵している」と言うと、フィーはまたポロポロと涙をこぼした。
こんなに泣き虫の愛しい人の傍を離れて、俺は耐えられるだろうか。
「フィー、俺は国に帰るが、いつか必ず迎えに来る。だから待っていてくれないか?」
「来て…くれるの?」
「ああ」
俺の言葉に、更に泣き出してしまった。
俺は困ってフィーの頭を抱き寄せる。
「おまえは本当に泣き虫だな。やはり一緒に連れて行きたいな」
フィーは泣き虫だが心は強い。自分のやるべきことをわかっている。
フィーは俺を待ってると言った。この約束があれば頑張れるから、責務を果たしながら待ってると鼻声で言った。
俺は必ず迎えに来ると再度誓う。
フィーが落ち着くように美しい銀髪を撫でていると、ふと目に映るものに気づいた。フィーの左半身にある痣が、右半身にも見える。
俺はフィーを問い詰めた。そしてフィーから恐ろしい話を聞いた。
フィーの心臓を貫いて血を飲ませるという話は、本当だった。しかし実行はできなかった。フィーの身体の痣が、身体を傷つけることを許さなかった。そのせいで上半身に蔦のような痣が広がってしまったと話して、フィーがシャツのボタンを外した。
白く細い首にまで、蔦が絡みついている。だが、これのおかげでフィーの命が助かったというのなら、感謝しかない。
俺は銀髪をよけると、フィーの首にキスをした。
ダメだというフィーを無視して何度も唇を寄せ、両腕にもキスを落とす。思う存分キスをして顔を上げると、キラキラと輝く銀髪が目に入り「綺麗だ」と呟いた。
俺の金髪の方が綺麗だと笑うフィーに、俺のことが好きだからそう見えるんだと話す。その流れでラズールが敵意むき出しで俺を睨んでいたと言うと、ラズールはそんなこと思ってないよと澄み切った目をしてフィーが言う。
俺はこれ以上、自分の醜い心をさらけ出すまいと口をつぐみ、顔を寄せて深く唇を合わせた。唇をこじ開け甘い舌を吸うことに夢中になっていると、トラビスに邪魔をされた。
とても苦い顔で手すりから下を覗く。
トラビスが早く降りてこいと手招きをしている。
俺はフィーを抱きしめた。そして自分の金髪を切ってフィーに渡した。
「僕の宝物にするっ」と興奮気味に言うフィーがかわいい。
「フィー、心から愛しているよ」
「僕も…心から愛してる」
笑ってフィーの頬を撫で、手すりを乗り越えて飛び降りた。下で待っていたトラビスが小声で怒る。
「長すぎです!もうすぐ見回りの兵がくるっ」
「短すぎだ!もっとフィーに触れていたかったのに」
小さな声で文句を言い合いながら走る。
トラビスが、俺が従者と合流して城を出て、宿に着くまで案内すると言う。
「俺はフィル様には幸せになってほしいと思ってるんです」と話すトラビスの横顔を、俺は複雑な気持ちで見つめた。
昨日の夕刻にバイロン国に入り、国境近くの宿に止まった。そして今朝早くに、二人の従者を先に王城に帰した。
俺とゼノは王城には戻らずに、ある場所へと向かう。朝から馬を飛ばして休憩を挟みながら、日が暮れる前に目的地に着いた。
馬を降りて草むらに腰を下ろした俺の横に、ゼノが立つ。
「リアム様、ラシェット様に挨拶に行かれますか?」
「行く。最近会ってないからな」
「旅に出ていらっしゃいましたからね。ラシェット様もお喜びになるでしょう。あの方は何かと力になってくださいます」
「ありがたいことだ。今後フィーと暮らすことになった時に、助けてもらうことがあるかもしれない」
赤く染まった空を映す湖を眺めながら、俺は目を細めた。
ここはフィーを連れてきた俺の母親の故郷にある湖だ。王城に戻っていらぬ詮索を受けるのが面倒で逃げてきた。
馬が充分に水を飲んだことを確認すると、俺とゼノは母親の兄が住む城へと向かった。
「リアム!久しぶりだな。いきなりの訪問で驚いたぞ」
「伯父上、突然訪ねてきて申しわけない。体調を崩したりしてないか?」
「心配には及ばん。俺はまだまだ元気だ」
「ならよかった」
突然訪ねたというのに、伯父上は笑顔で歓迎してくれた。まあ伯父上は喜んでくれるとわかっていて訪ねたのだが。伯父上には子供がなく、俺を実の息子のように可愛がってくれているのだ。
ゼノが伯父上の前に出て、丁寧に急な訪問の非礼を詫びている。
伯父上は「構わん」と笑って、俺とゼノの荷物を部屋に運ぶように使用人に指示した。
使用人と共に去っていったゼノを見やりながら、伯父上が頷いている。
「ゼノはよくできた人物だ。頼もしいな。おまえの傍にいてくれて安心だ」
「え?そうか?あいつ俺には遠慮がないんだけど」
「いいじゃないか。それだけ信頼し合ってるということだろう。それにしてもどうしたのだ?急に訪ねてくるなんて。俺に会いたくなったのか?」
「まあそんなところだ」
伯父上に案内されて、この城に用意されている俺の部屋に向かいながら話す。ラシェット伯父上は、王城に住む者達とは違って裏がないから話しやすい。
「それとも、何かあったのかな?俺には何でも話してくれ。おまえの為なら力になるぞ」
「伯父上…」
伯父上は俺の母親と顔立ちが似ている。だから俺と伯父上も似ている。それに優しくて頼りになる。だから俺は、父王よりも伯父上を信頼している。昔から何かあれば、いつも伯父上に相談をしていた。
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