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誰もいない昇降口。靴の並ばない棚。
外の光は、白すぎて、怖いくらいだった。
遥はそこで立ち尽くしていた。
裸足だった。どこかを探しているように、足元ばかり見ていた。
──日下部。
その名前が、風の音と一緒に頭をかすめる。
呼んだわけじゃない。ただ、よぎっただけ。
なのに。
「……なんで、いるの?」
振り向くと、そこに日下部が立っていた。
中学のときの姿。夏服。
だが、顔はぼやけていた。
遥は口を開きかけて、何も言えなくなる。
喉が、金属でふさがれたようだった。
「また泣いてんの? ……懲りないね」
日下部の声。
どこか遠くから響いてくる。
「おまえが壊れるのって、誰のせいでもないよね。
勝手に期待して、勝手に裏切られて、
勝手に傷ついて──で、勝手に傷つける」
遥は首を振ろうとした。でも、身体が動かなかった。
ただ、靴箱の下で水がにじんでいるのが見えた。
濡れている。
──自分が泣いているのだと気づくまで、少しかかった。
「そういうの、うざいんだよ。……知ってた?」
日下部がゆっくり近づいてくる。
顔はまだ見えない。
でも、目だけが、遥をまっすぐ見ていた。
「もう、近づくな」
「俺の名前、もう呼ぶな」
「……“好き”とか、“信じたい”とか、
そういうの──
おまえが言うと、全部、汚れるんだよ」
遥はようやく声を出そうとする。
でも、口の中から出てきたのは、声ではなく黒い水だった。
日下部は、それを見下ろして、少し笑った。
「やっぱ、そうだと思った」
「そうやって、誰のせいでもないこと、
全部自分で背負って、
結局、他人のせいにするんだよな」
「“守りたかった”とか、“壊したくなかった”とか──
勝手に言うなよ。……おまえが壊したんだよ」
その瞬間、視界が崩れた。
床が抜ける。
光が反転する。
身体が真っ逆さまに落ちていく。
──最後に、日下部の声が、耳の奥に刺さった。
「もう──“見ないふり”しなくていいよ」
「全部、おまえが選んだんだから」
遥は、目を覚ました。
喉が痛いほどに乾いていた。
でも、水を飲もうとは思えなかった。
その日、遥は、日下部の机を掃除しなかった。
──触れてはいけないものに、触れた気がしたから。
※質問・相談室開きました。見ていただけると幸いです。……自己満ですが……。