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三文小説
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活動休止になって十日ほどが過ぎた。
この日は、どうしても外へ出なければならなかった。
午前中は病院。
午後は警察署で事情聴取。
事件以来、初めての長時間の外出だった。
「行こうか。」
目黒が小さく声を掛ける。
「うん。」
阿部も笑顔を作って頷いた。
その笑顔は、お互いを安心させるためのものだった。
___________
最初に向かったのは病院。
診察室で医師が傷口を確認する。
「傷の治りは順調ですね。」
「無理をしなければ、あと少しで抜糸できそうです。」
その言葉に二人ともほっと息をついた。
「ありがとうございます。」
診察はすぐに終わった。
しかし、本当の試練はこのあとだった。
___________
警察署。
事情聴取室へ案内される。
担当刑事が静かに頭を下げた。
「本日はご協力ありがとうございます。」
「渡辺さんから詳しいお話は伺っています。」
「同じことを何度もお聞きするつもりはありません。」
「確認だけ、お願いします。」
刑事の配慮もあり、事情聴取は短時間で終わった。
それでも。
事件を思い出しながら話す時間は、想像以上につらかった。
「その時、犯人は何と言いましたか。」
「車の中では、どのような状況でしたか。」
一つ質問されるたびに、あの日の景色が頭の中によみがえる。
血。
恐怖。
動かない渡辺。
目黒も隣で話を聞きながら、拳を握り締めていた。
事情聴取が終わる頃には、阿部も目黒も顔から血の気が引いていた。
刑事は深く頭を下げる。
「本当にありがとうございました。」
「今日はゆっくり休んでください。」
二人は小さく会釈をして警察署をあとにした。
___________
帰りの車内。
二人とも一言も話さなかった。
信号待ちのたびに、目黒は阿部の手を握る。
阿部も黙って握り返す。
それだけだった。
___________
家へ帰る。
玄関のドアが閉まった瞬間。
目黒は大きく息を吐いた。
阿部はその横顔を見る。
(早すぎた。)
(まだ、めめにはつらかったんだ。)
目黒は無言のまま寝室へ向かう。
引き出しを開け、小さな鍵を取り出した。
そして。
阿部の右足首へ、静かに鎖をつなぐ。
カチリ、と小さな音が部屋に響いた。
「……ごめん。」
目黒は俯いたまま言う。
「また怖くなった。」
「外へ出たら……。」
「もう二度と帰ってこないんじゃないかって。」
声は震えていた。
阿部は怒らなかった。
責めることもしなかった。
ただ目黒の手をそっと握る。
「めめ。」
「今日は一緒にいて。」
目黒は何度も頷いた。
「離れない。」
「絶対に。」
阿部は優しく微笑む。
(事情聴取は、もう少し後の方がよかったな。)
病院だけなら、ここまでにはならなかったかもしれない。
でも、もう終わったことだ。
今は目黒の心を落ち着かせることが先だった。
「めめ。」
「ん?」
「いっぱい甘えていい?」
「うん。」
「何でも言って。」
阿部は少しだけ笑った。
「じゃあ。」
「隣に座って。」
目黒はすぐにベッドへ腰掛ける。
阿部はその肩へ静かにもたれかかった。
「ありがとう。」
目黒は何も言わず、阿部の頭を優しく撫で続けた。
その夜は、二人とも事件のことには触れなかった。
ただ、お互いが隣にいることだけを確かめるように、静かな時間を過ごしていた。
___________
その日の深夜。
静まり返った寝室。
阿部は突然、小さく息をのんだ。
「……っ。」
暗い車内。
血の匂い。
傷の痛み。
動かない渡辺。
必死に助けを求めた自分の声。
『助けて……!』
阿部は勢いよく目を覚ました。
肩で大きく息をし、全身から嫌な汗が流れている。
「はぁ……はぁ……。」
その隣で眠っていた目黒も、すぐに目を覚ました。
「あべちゃん!」
目黒は飛び起きると、阿部の肩へそっと手を添える。
「夢?」
阿部は頷こうとしたが、うまく息が吸えない。
呼吸が浅く、速くなる。
「……っ。」
「はぁ……。」
「大丈夫。」
目黒は慌てず、阿部の背中をゆっくりとさすり始めた。
「ゆっくりでいい。」
「俺の声だけ聞いて。」
「吸って……。」
「吐いて……。」
何度も優しく声を掛け続ける。
阿部は目黒の声に意識を向けながら、少しずつ呼吸を整えようとした。
数分後。
ようやく呼吸が落ち着き始める。
「……ごめん。」
かすれた声で阿部が呟く。
目黒は首を横に振った。
「謝らない。」
「怖かったね。」
阿部は目を閉じた。
(事情聴取は。)
(もう少し待ってほしかった。)
昼間、そう思っていた。
でも、本当は。
(待ってほしかったのは。)
(めめじゃなくて。)
(俺もだった。)
刑事の質問を聞くたびに、心の奥へ押し込めていた恐怖が一気によみがえった。
自分は大丈夫だと思い込んでいた。
でも違った。
阿部の目から静かに涙がこぼれる。
「俺も……。」
「全然、大丈夫じゃなかった。」
目黒も小さく笑った。
その笑顔はとても弱々しかった。
「俺も。」
「今日、警察署で。」
「あべちゃんの話を聞いてたら。」
「また失うんじゃないかって。」
「ずっと怖かった。」
目黒の声も震えていた。
「帰ってから鎖を付けたのも。」
「安心したかっただけなんだ。」
「ごめん。」
阿部はゆっくり首を横に振る。
「知ってる。」
「怒ってないよ。」
「でも。」
「二人とも限界だったね。」
その言葉に、目黒は静かに頷いた。
「うん。」
「ボロボロだ。」
しばらく沈黙が流れる。
阿部はそっと両腕を広げた。
「めめ。」
「こっち。」
目黒は何も言わずに阿部を抱きしめる。
怪我に触れないよう、優しく、壊れ物を扱うように。
阿部も目黒の背中へ腕を回した。
「もう。」
「強がるのやめよう。」
「うん。」
「怖かったら怖いって言おう。」
「うん。」
「泣きたかったら。」
「一緒に泣こう。」
その一言で、目黒の中で張り詰めていたものが崩れた。
「……あべちゃん。」
声にならない嗚咽が漏れる。
阿部も涙を止めることができなかった。
事件の日から、お互いを安心させようと必死に笑ってきた。
大丈夫だと言い聞かせてきた。
でも、本当は二人とも傷ついていた。
二人は何も飾らず、ただ抱きしめ合った。
流れる涙を止めることもせず、お互いのぬくもりだけを確かめるように。
長い夜だった。
コメント
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改めて読み返してます、トラウマは直後よりも事件後時間が経った後の方が酷くなるし記憶が薄れても忘れる事は無い、記憶の中の時限爆弾で、心の中に残り続けるから💚ちゃんの繊細な心遣いが愛情だなって伝わってきました
🖤💚もだけど♥💙の2人も傷付いてトラウマと闘ってるはず、二組のカップル、みらさんの作品は最後には必ず救いがある、それを信じて最後まで読み続ける
悲しい😭😭😭 今日も夜読みたいです😭😭😭