「くりむー……ごはん?」
「はーい、じゃあ一緒に買いに行くし」
顔以外を埋められた本来の保護者達には見向きもせず、クリムに昼食をせがむアリエッタ。2人が立ち去った跡には、デフォルメされた人間が魔法を放つ絵が描かれている。それは見るものが見ればミューゼと分かる絵だった。
(どんなに機嫌悪くても、ミューゼの事が好きなんだし。ほっこりするしー♪)
(はー、おなかすいた。いつになったら自分で買い物できるようになるかなー……って、お金ってなんて言うのか教わってなかった)
クリムと一緒に残っている全員分の食べ物を選び、興味が湧いたお金を見るために支払うところを見学。しかし……
(ん? 現金なし? なにあれ温泉とかで見た事あるカードみたいなモノ?)
クリムが店への支払いに使用したのは、腕につけたリストバンド。アリエッタの前世でもたまに見た、公共や宿泊施設などて使われる決済システムである。もっとも、その原理は科学などではないが。
「ん? アリエッタどうしたし? もしかしてコレ気になるし?」
ヨークスフィルンでは基本薄着で、なにも持たずに遊んだり海に入ったりする事が多い。なので、リストバンドに店や支払い額の情報を持たせ、後でまとめて精算するという方法を採用している。
「ここじゃこれがお金の代わりだしー。これ見せるとお買い物できるし」
「おか…わり? おかい…もの?」(おかわりはたしか『もう一杯』で……『おかいもの』って着せ替えの事じゃないの?)
「そうだし、よしよし」
「ふにゃ」(結局お金ってなんて言うのか分からなかった。まぁ今度教えてもらおう)
普段とシチュエーションが異なる事が災いし、アリエッタは「おかね」を覚えることが出来なかった。
家にいる間は色々な『物』の名前を教えてもらっているが、外では大人しくミューゼ達について回るようにしているアリエッタ。話をしているところの見学はよくしているが、単語がどれかがイマイチ分からないので、習得が難航していたりする。
地味にパフィやクリムの特徴的な喋り方が最も習得への障害となっているが、悲しい事に誰も気づいていない。
「可愛い子だねぇ、これオマケだよ」
「?」(え、なに?)
屋台のおばちゃんが、ニコニコしながらアリエッタの目の前に、肉が刺さった串を差し出した。
「アリエッタ、ありがとうって言ってもらうし」
「……! ありがとなのっ!」
「っ!?」
言葉が分からなくとも、目の前に差し出されれば、それをくれるつもりだという事は理解出来る。クリムに促されて受け取りながらお礼を言うと、おばちゃんが顔を赤くしながら逸らした。
ついでに近くで見ていた数人のお姉さんが息を詰まらせ、軽くよろけていたりする。
「何あの子可愛すぎない?」
「……死ぬかと思った」
「ちょっとアンタ鼻血出てる鼻血!」
会話が少し聞こえたクリムはちょっと恥ずかしくなり、買った食べ物を持っていない手でアリエッタの手を取り、ミューゼ達の元へと戻るのだった。
それを見送ったおばちゃんはボソリと呟いた。
「子供が欲しくなっちまうねぇ……」
その時、離れた場所から丁度戻ってきた夫と思しき男性が、ビクッと身を震わせてコソコソと逃げていくのだった。
「おーい戻ったし~」
「もどったしー」(とりあえず真似すればなんか分かる……といいな!)
「……一瞬ドキッとしたし……パフィが真似されてデレデレになった気持ちがよく分かったし」
少し新しい心の扉を開きかけているが、一旦深呼吸してアリエッタを座らせる。その傍に買ってきた食べ物を置き、まずはアリエッタに肉串を食べさせ始めた。
「あむあむ……おいってぃ~」
「ふふふ、よかったし。さて……これはツーファンさんので、これがパルミラさんの食べ物だし」
「ありがとうございます」
「あとはミューゼとパフィの分を……」
クリムとツーファンは、頭以外が埋まっているミューゼ達の横に、食べ物を置いていく。
(……なんかお供えものしてるみたい)
3つの晒し首にお供えを済ませた2人は、アリエッタの両側に座り、のんびりと食べ始めた。
「ところでツーファンさん達はどういう仕事してるし? えーっと、テリアのお母さんの護衛だし?」
「いえ、元々ネフテリア様の兄君の側仕えですが、今は別行動をしています」
砂浜で食事をしながらお互いの事を話していく。一応王族であるという名言はしないようにしているが、近くにいるシーカー達にはバレバレの会話内容ではある。気づいた者は気づかなかった事にして、無理にテンションを上げて遊んでいた。
「アリエッタちゃんには悪い事をしてしまいましたからね。いざとなったらディラン様を盾にしてでも守りますよ」
「それはどうなんだし……」
「?」(よんだ?)
そんな話をしていると、まずはアリエッタが食べ終わった。
少し休み、何かを考え……立ち上がると、ミューゼ達の元へと向かう。
「どうしたし?」
「………………」
アリエッタは仰向けで埋められたパフィの横に屈み、その頭をぺちぺちと叩いた。
「ぱひー、ぱひー」
「うぅ……ありえったぁ……」
すっかり凹んで動かなくなったパフィだったが、アリエッタから何かされることで、しっかり反応する。
起きたのを確認したら、今度はミューゼの方へと移動し、同じようにぺちぺちと叩いて起こした。
そして2人が見える位置にお供え物の食べ物を動かした。
「あ、もうお昼なのよ?」
「ありがとね、アリエッタ……」
お礼を言う2人だったが、アリエッタはというと……
「べー」
舌を出して拒絶の意を露わにし、クリムの元へと戻っていった。
アリエッタのその行動の意味自体は分からなかった2人だが、なんとなく拒絶されているという意思は伝わり、再び凹んでしまう。
さらにアリエッタはクリムにべったりとくっついてしまい、それを見せられてしまった2人は、もはや息をしているのかどうかすら怪しくなっていた。
「あーあ、これじゃテリアか幼女総長が来るまで絶対に動けないし。アリエッタ、めっ…だし」
「あうー……」(やり過ぎちゃったかな……でもなーどうしょっかなー)
美味しいものを食べて満足したアリエッタの機嫌はかなり良くなっていた。子供の感情は動きやすいのである。
今は、どうやって良い感じの復讐をしてやろうかと模索しているところなのだ。
「仲良しですね」
「そう見えるし? ならよかったし。アリエッタも、もう怒ってる感じはしないし」
ある程度行動や単語から感情を読み取れるようになり、慌てることも少なくなったアリエッタとの付き合い。状況的に復讐されているミューゼ達にはたまったものではないが、横から見ている分には和やかなやり取りである。
「それにしても賢い子ですよね」
ツーファンが会うのは2回目だが、その行動には子供特有の加減を知らない危うさは全く見られず、言葉無しで善悪の判断がしっかり出来ているように見えるのだ。中身が元大人なので当然ではあるが、それは知らない大人達から見れば、賢過ぎる子供にしか見えないのである。
「何かの名前ならすぐに覚えちゃうし。会話もきっとすぐ覚えるし」
「ですね」
ここで何かを思いついたのか、再びアリエッタが動き出した。
今度はミューゼの傍にやってきて……体が埋まっている砂山の上に寝転がった。そしてペチペチとミューゼの頬を叩く。
「えっと……どうしたの?」
「……んー」
「………………?」
じーっと見られているミューゼは、緊張しながらも目を見つめ返す。理由はまだ分かっていないが、怒らせてしまった手前、アリエッタに従っておいた方が良いと思っている。
そのまましばらく見つめ合い、ついにアリエッタが口を開いた。
「まほう……」
「えっ……あ~……」
たった1つの単語で、ミューゼは全てを理解した。
「ごめんねアリエッタ。アリエッタは魔法が大好きだもんね。少し休んだから見せてあげるからね」
「ああ、なるほどなのよ……」
続いて理解したパフィが身を起こした。
「食べたら今度は海で魔法使って遊んであげるのよ」
「はいはーい」
(あ、分かってくれたっぽい? じゃあ……)
ミューゼが身を起こそうとすると、アリエッタがミューゼの頭の近くにズルリと移動し、太腿でミューゼの頭を挟み込む形になった。
その行動の意図が分からず、動けないまま困惑するミューゼ。
「えっと……なんでそんな大胆な事してるのかなぁ?」
「にへへ♪」
いつの間にかミューゼの横に供えられた食べ物が、アリエッタの手に握られている。
ミューゼの頭の真上で、アリエッタの目がキラリと光った。
「あ~ん」
「えっ、あ、あ~ん……? むぐむぐ」
状況はともかく、アリエッタに『あ~ん』されるのは嬉しいので、素直に従う。しかし、
「あ~ん」
「むぐっ!? あ~…はむっ」
食べ終える前に差し出され、思わず口を開けて受け入れて……さらに、
「あ~ん♪」
「!?」
だんだんと笑顔が爽やかになるアリエッタからの『あ~ん』が止まらない。
「むぉっ! アウィエむぐぅ!?」
ニコニコ笑顔のアリエッタに対し、ミューゼは涙目になり、パフィは顔を青くしながら手元にある食べ物を食べてしまった方がいいのではと考えていた。すぐに食べていないのは、アリエッタへの罪悪感によるものである。
やがてミューゼに食べさせ終えたアリエッタは立ち上がり、パフィを見た。
「ひっ……お、お手柔らかに頼むのよ……」
その日ヨークスフィルンでは、浅瀬での魔法による水のかけ合いと、天使の様な美少女に押し倒されて口にひたすら物を突っ込まれる巨乳美女の話題で持ちきりになるのだった。