この作品はいかがでしたか?
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このところ雨がずっと降り続いている。梅雨時だとしても流石に嫌になってくる。
こんな時は家に誰も来ない。まあ一人暮らしで、学校にも知り合いが少ないとなるとわざわざ雨の時に遊びに来る人がいる方がおかしいだろう。
ピンポーン
前言撤回。どうやらそんな人もいたようだ。
カチャリ
ドアを開ける。
「昨日人を殺したんだ」
この作品はボカロ曲である『あの夏が飽和する』をテーマにした物となっています。
ストーリーは私が考察したもので作っているので、もしかしたら「こんな曲じゃない!」と思うところがあるかもしれません。
それでは、どうぞ___________
「昨日人を殺したんだ」
確かに君はそう言った。雨でずぶ濡れになりながら。
でも瞳から流れ落ちるのは雨粒ではないんだろう。
泣いているこの友達を外に放り出しておく程僕も鬼じゃない。
雨が降っているとはいえ、夏のはじめ。部屋も決して寒くはないはずだ。
なのに、君は震えている。
その震えた唇から震えた言葉を、必死に繋ぎ合わせながら君は語り始めた。
「殺したのは隣の席のいつも虐めてくるアイツ」
「もういやになって、肩を突き飛ばして、」
「打ち所が悪かったんだ」
「もうここには居られないと思うし、どっか遠いとこで死んでくるよ」
気づけば言葉が出ていた。
「それじゃ僕もつれてって」
くたびれた小さなカバンに、全財産と携帯ゲーム、ナイフを入れた。
ぐるりと部屋を見渡す。
友達と撮った写真。もう必要ないだろう。毎日書き続けてきた日記も、死ぬなら要らないんだ。死ぬまでどんな暮らしをしたかなんて綴る必要などない。
そう、未練などない。こんな世界に。
だけど。
どうして、あんな簡単に返事をしたんだろう。
それだけが不思議だった。
(まあいいだろ)
これから始まるのは人殺しとダメ人間の君と僕の話なんだ。
過去なんて考えていても仕方がない。ここからもさっさと逃げ出した方がいいだろう。
君の手を握り外へ飛び出した。いつも見ていた景色なのに、こんなにも狭かったのかと驚く。
僕らはこんな狭い世界で、ずっと悩み続けていたのか。
馬鹿らしい。
走ると息が切れる。当たり前のことだ。だけど止まらなかった。家族もクラスの奴らも捨てて、君と二人で死ぬんだから。誰もいない遠い場所で二人で死ぬんだから!
ふと小さなしゃくり声が後ろから聞こえてきた。ハッとして振り向くと、家に来た時より涙を流している君がいた。
「君はなにも悪くないよ」
立ち止まって言っていた。
「この世界に価値なんて無いんだから」
僕も必死で伝えていた。
「君より酷い人殺しなんて其処らじゅうにいるよ」
だって、そうだろ?
君が殺した奴だって君を殺した人殺しだ。
そう言うと、君の瞳に光が灯った。
随分遠くまで来たのだろう。まあ今が何処かなんてわからないが。
小さな林の木陰で野宿をする。
こんなに長い夜は初めてだ。
君もそうだろ?こんな旅初めてだろう。
(結局僕ら誰にも愛されたことなどなかったんだ)
よく思えば隣の君とはその共通点しかない気がする。君の一言で死を決意するくらいなのに。そんな嫌なもので僕らは簡単に信じあってきたんだな。
『そんな嫌なもの』だけではない気もするが。
朝を迎えた。眠れないかと思っていたが、熟睡していたようだ。
隣で死に場所を求めて懸命に歩き続ける君の手も、あの震えは既になくなっている。
まだ電車など来ていない時間らしい。その上誰もいない線路を見たら歩いてみたくなるだろう。僕たちは今、誰にも縛られていない。
自由だ。
僕たちは歩き続けた。二人で心地よく死ねる場所だなんて都会にない。探さなければ死ねないのだ。
その内全財産も底をつく。ならば盗んでしまおうじゃないか。人殺しとダメ人間の僕らに今更怖いものはなにもない。一歩罪を犯してしまえば、二歩目は簡単だ。
でも、疲れるものは疲れる。肉体的にも、精神的にも。ほら君だって、額に汗が浮かんでいる。伊達メガネもしんどそうだ。
「今となっちゃどうでもいいさ」
「あぶれ者の小さな逃避行の旅だ」
そう言って君はメガネを道に投げ捨てた。ああ、とてもキラキラした瞳をしている。
ああ、僕らはこの人生が楽しいのか。
梅雨の終わりの強い雨が降る。
ずっと思っていた、答えなど分かりきっている疑問を今言っておかなければこの雨に溶けてなくなってしまう気がして、雨音に負けず大きな声で言った。
「いつか夢見た優しくて誰にも好かれる主人公なら」
「汚くなった僕たちも見捨てずに」
「ちゃんと救ってくれるのかな?」
前を走っていた君が振り向いて怒鳴った。
「そんな夢なら捨てたよ!」
「だって現実を見ろよ?」
「『シアワセ』の四文字なんてなかった」
「今までの人生で思い知ったじゃないか」
君も雨に負けまいと声を出していた。
「『自分はなにも悪くねえ』と」
「誰もがきっと思ってる」
その”誰も”には僕たちも含まれるよね。当たり前だ。
何も悪くない。君は悪くない。
僕は君にそう思い続けているのだから。
もう何日たったのかわからない。ただ夏の真っ盛りということはわかる。
お金を盗むことすら難しくなり、僕たちの前に現れるのは水不足。カバンにあるナイフすら干からびているように思えてくる。
夏に水を十分に飲めない。そんな中無理に二人分の生活費を盗ろうとすると失敗するのは目に見えていたはずなのに。
ただの行方不明者なんかじゃない僕ら。そりゃ警察も来るだろう。
『止まりなさい!』
止まれと言われて止まる馬鹿がいるか。ここまで来たんだ。捕まってたまるか!
君の手を握り、駆け出した。引っ張ってなんかない。
とても不味い状況の中で、僕らはバカみたいにはしゃいでいる。何もかもが面白く思えた。
ああ、視界が揺れている。
なんとか支え合って路地裏に逃げ込んだ。
君を見る。
とても寂しそうな顔をしていた。
「君が今までそばにいたからここまでこれたんだ」
「だからもういいよ」
「もういいよ」
「死ぬのは私一人でいいよ」
君はナイフを手に取った。
そして君は首を切った。
止める隙も与えてくれなかった。
目の前で鮮血が飛び散った。
君が倒れるのがスローモーションのようにみえて。
手を伸ばして抱きしめた。
白昼夢の気がした。
白昼夢だと思いたかった。
腕の中にある小さな温かさが現実だと物語っていた。
涙が頬を伝っていた。
どんどん君は冷たくなっていて、僕は声すら出なくって。
気づけば捕まっていた。
周りの声もよく聞こえなかった。
何処にも君だけが見つからなくって、君だけがいなくって。
時だけが過ぎていった。ただ暑い暑い日が過ぎていった。
君との日々じゃない。
いらない家族とかクラスの奴とかはいるのに、何故か僕が一番逢いたい君だけが何処にもいない。
君の名前が刻まれた小さな墓を見る。ここに来るのは僕しかいない。
いつもあの夏の日を思い出すんだ。僕はここで歌い続けているんだ。
何故、君は僕を残して逝ったの。
君と死ぬための旅で残ったのは思い出と疑問だ。
いないと分かっていても君を探してしまう。言いたいことがあるのに、言えなかったんだ。
いつの間にか9月になっていた。匂いが全く違う空気。僕の周りにずっとむせ返る程立ち込めているのはあの6月の匂いだ。
君が部屋の前に立っていた時の、あの深い雨の中に溶けた悲哀の匂いが。
逃避行の時の、君の笑顔が、君の無邪気さが。
いつも頭の中を飽和している。
誰も何も悪くないよ。
君は何も悪くはないから。
「『もういいよ、投げ出してしまおう』」
「そう言って欲しかったのだろう、なあ!」
どうも、夜魔です。
かなり長くなっちゃいましたね。だけどこの歌は、連載にするのとはちょっと違う気がして。
前と夏で被っちゃいました。すみません。
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