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青々と茂る葉。ギラギラと肌を焼く太陽。風景を揺らす陽炎。蝉時雨。

吹き出る汗を拭いながら、ああまたこの季節が来たかと思う。

───チリン、チリン

どこからか聞こえてきた風鈴の音に、僕は懐かしくなる。消えかかっていた子供時代の不思議な体験を思い出す。



僕は祖父母の家の縁側に寝そべっていた。気分が悪くなるような暑さにバテていた。

チリン、チリン

風鈴の音がする。少し涼しくなったような気がした。すると突然、ショートカットの少女が顔を覗き込んできた。僕は驚いて起き上がる。

「誰ぇ?」

僕がまぬけに尋ねると、少女はニコニコしながら言った。

「そんなことより一緒に遊ぼうよ。暇でしょーがないの。」

少女が僕の手をとる。冷たい。でも、死人のような冷たさではない。心地よい冷たさだ。

少女と一緒に走り出す。具合が悪かったはずなのに、どうしてかすっかり治っている。不思議な気分だ。体が何かに包まれたような、口では形容しがたい気分。

僕たちは走り回って遊んだ。少し疲れたので木陰で休んでいると、少女がいきなり顔をあげて、どこかへ行ってしまった。

「おーい!」

しばらくすると少女の声がした。彼女の元へ行くと、傷を負った小鳥がいた。だいぶ弱っている。

「かわいそう。死んじゃうのかなあ」

僕がそう言うと、少女は首を横にふって小鳥を手のひらで包み込んだ。

ぱあっと少女の手から光が漏れる。すこしすると光が収まった。少女が手を開いた瞬間、弱っていたはずの小鳥が元気に空へ飛び出し、遠くへ飛んで行った。

「すごい!どうやったの?」

僕は興奮気味に尋ねたが、彼女は少し照れたように笑うだけで、何も答えなかった。

それからどれくらい経っただろう。僕たちはまた遊んでいたが、気がつくと、空はオレンジに染まっていた。

「きれいだよね。私、この空が一番好き。」

少女が呟く。どの空が一番好きとか考えたこともなかった僕は、キョトンとして少女を見つめた。夕焼けに照らされる彼女の顔は大人びて見えた。

僕たちは次の日も遊ぶ約束をして別れた。

それから毎日遊んだ。少女が来る時は決まって風鈴の音がなった。

おにごっこをした。虫とりをした。かくれんぼをした。ちょっぴりいたずらも。

僕は少女と遊ぶときが一番楽しかった。白いワンピースをひらひらと揺らしながら、無邪気に笑う彼女を見るのも好きだった。いつしか僕は、彼女に心惹かれていた。

東京の家に帰る日になった。僕は彼女と別れるのが嫌だった。

「僕と一緒に東京へ行こうよ。」

彼女は少し悲しそうな顔をしていた。

「…ごめんね。気持ちは嬉しいけど、できない。もうすぐ夏も終わっちゃうから、私は…いや、なんでもない。」

僕が泣きそうになると、彼女は慌てた様子で言った。

「でも、来年のこの季節に来れば、また遊べるよっ。」

「…絶対?」

「絶対。だから絶対来てね。約束。」

少女が小指を差し出す。

ゆーびきーりげーんまーん…

2人の子供の声が空に響く。

少女は微笑んだ。ばいばい。

ばいばい、またね。

親のところに戻る途中に振り返ったが、少女はもういなかった。


その年の冬、おじいちゃんが死んだ。おばあちゃんは僕たちと暮らすことになったので、もうその町に行くことはなかった。中学生、高校生。成長するにつれて、少女の記憶は消えていった。小学校低学年の十数日など、長い人生のほんの一部でしかなくて、すぐに忘れてしまう。悲しいことである。



───チリン、チリン

再び風鈴の音が聞こえる。出張でたまたま通りがかったが、そういえばここは祖父母が住んでいたとこの近くだっけ。

───遅いよ。

どこからか声が聞こえたような気がした。そのまま立ち止まって耳をすましてみるが、それ以上声は聞こえなかった。もう行かなくては。僕は歩き出す。

───チリン、チリン

優しく鳴る風鈴の音が、僕を送り出しているように感じたのは、やはりあの夏の出来事を、あの少女を思い出したからなのだろうか。

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