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過ちを犯したとまでは思っていない。それでも。
心配して待っていた詠史に心配をかけてしまった。戻ると、不安そうな顔が一気に安堵に変わり、母親としてなんてことをしてしまったのか。夜の十時まで寝る準備や歯磨きもして。待ってくれていた息子を見て胸の奥が締め付けられる感覚があった。
どうしよう。
でももう、引き返せない。自分の気持ちには嘘がつけない。今更、才我さんの愛を知らなかった頃の自分には戻れない。
これから彼とどうするのかどうなっていくのか。決めたわけではないのに。一時の火遊び程度のことだったのかもしれないのに。なにを期待しているのかわたしは。馬鹿だなぁ。
週末に空いている整形外科に行き、診察をして頂き、骨に異常がないことを確認した。すこし違和感はあるが、湿布を貼って安静にしていれば治るとのこと。日曜だったが、自宅まで送ってくれた彼にお礼と報告の電話をして。つい。
「あの。助けてくださったお礼に今度……夕飯をご馳走させてください。うちの家族も一緒でよかったら……」
* * *
「はん? なんでおれがそんな茶番につきあわされなきゃならないんだ。馬鹿だろ」
早速週末に、鉄板焼のお店に広岡さんを誘ったことを聞くと露骨に夫は嫌な顔をした。……やっぱりな、とは思った。
「おまえが自分の不注意で勝手に迷子になっただけの話じゃねえか。礼なんかいらねえよ向こうだって」
「でも。もう予約しちゃったし……詠史の好きな鉄板焼のお店の予約週末に取れるなんて奇跡だし……」
「おれは行かねーよ」コントローラーを手放さない夫。そういうところに人間性って出るのね。「だいたいその広岡って男、図々しいんじゃねえのか? 勝手にひとの妻を探しておいて。一晩放っておいたって死ぬわけじゃねえし……おまえ」は、と嘲るように笑うと夫は、
「そいつ、おまえに気があんじゃねえのか?」
どきん、と心臓が嫌な鼓動を立てる。
「おまえ仕事始めてから変に色気づいてっし、おまえ……おまえのほうこそそいつに気があんだろう? いまのうちに、詠史手なづけて別れようって寸法だろ? おまえがそう来るのならおれにだって考えがあんだからなっ」
言うだけ言ってスマホをひっつかみ、今度は風呂場へと消える夫。果たして風呂でひとりでなにをしているやら? 浮気相手と、テレフォンセックス??
――馬鹿みたい。
「知らないとでも思っているの?」つい先ほど。電話をしたばかりであたたかみを維持するスマホを掴んだまま声をふるわせる。「自分が裏切っていたことを。ひとが、一番辛いときにあんたは、他の女の肌を貪っていた。許されるとでも……思っているの?」
お店の予約は取れた。広岡さんも予定は空いているとのことだった。《《あんな》》裏切りをしでかした夫にすこしはやり返すことくらい……運命の神様は許してくれないのだろうか?
そして思い返す。初めて夫の浮気に気づいたのは、お腹に詠史という宝物を宿した、幸せの絶頂にいたはずの時期にだった。
*