指が引き抜かれると、彼は名残惜しげに肌を撫で、すっと立ち上がって服を脱ぎ始めた。
薄暗い照明の中、鍛えられた背中のラインが浮かび上がる。投げ捨てられたシャツやズボンが、くしゃりと音を立てて床に落ちた。
すぐにベッドが軋み、熱い身体がすぐ隣に戻ってくる。
そして、さっきまでの指先とは比べ物にならない熱さと硬さが、ゆっくりと存在を主張してきた。
びくりと体が強張るのを感じて、彼が吐息だけで笑う。
「お姉さんのはじめて、僕がもらうから。力抜いて…?」
甘く、有無を言わさない囁き。それは質問じゃなくて、決定事項の通告だった。
心臓が喉から飛び出しそうになる。
重たい前髪の奥の瞳が、獲物を射抜くようにぎらりと光を宿した。
肌と肌が直接触れ合う、あまりに生々しい感触。
その時、最後の理性を振り絞って、か細い声が漏れた。
「……あのっ、ゴム、は……?」
その言葉に、彼の動きがぴたりと止まる。
一瞬、真顔でじっとこちらを見つめた後、彼は子供に言い聞かせるみたいに、優しく首を傾げた。
「しないよ?」
当たり前のように告げられた言葉に、息が詰まる。
そんな私を見透かすように、彼は耳元に唇を寄せて、とどめを刺すように囁いた。
「お姉さんのはじめて、ぜんぶ僕がもらうって言ったじゃん」
――ああ、だめだ。
この人には、何を言っても無駄だ。
その甘い声が、私の最後の抵抗をいとも簡単に溶かしていく。
囁きと同時に、熱の塊がゆっくりと、私の世界を押し開いていく。
「……っ、ぃた……っ!」
裂かれるような鋭い痛みに、思わず彼の肩を強く握りしめた。爪が食い込むのも構わずに。
視界が歪み、涙がじわりと頬を濡らす。これが、”はじめて”の痛み。
「……大丈夫。すぐ気持ちよくなるから、僕に任せて?お姉さん」
まるで魔法の呪文みたいに、彼が囁く。
ぴたりと動きを止め、私の体が異物を受け入れるのを待ってくれる。
その経験豊富な優しさが、今はひどく残酷に感じた。
痛みに耐えるように浅い呼吸を繰り返していると、唇に柔らかなキスが落ちてくる。
「……んっ……」
角度を変え、啄むように、何度も何度も繰り返されるキス。
その甘さに思考が少しずつ麻痺していき、彼の肩を掴んでいた指から力が抜けていく。
私が息をついた、その瞬間を、彼は見逃さなかった。
ゆっくりと、彼が動き始める。
最初は鈍い痛みだけだった感覚が、彼の衝動に合わせて徐々に違う熱へと変わっていく。
信じられないことに、体の奥が、彼の熱を受け入れてじんじんと痺れ始めていた。
「……っ、あ、……ぁ……んっ……」
口から漏れるのは、もう痛みだけの声じゃない。
自分の体なのに、勝手に快感を覚えて、彼に応えるように腰が揺れてしまう。
その事実が、どうしようもなく恥ずかしくて、悔しくて、でも――止められない。
「……ふふっ、いい声。かわいいね、お姉さん」
耳元で褒められるたび、頭の芯がぼうっとして、体温だけが上がっていく。
彼が動くたびに、知らない感覚が背筋を駆け巡って、思考がめちゃくちゃにかき混ぜられる。
――ああ、私、この人に、堕とされる。
そう自覚した瞬間、体の奥深くで何かが強く弾けた。
「……あっ、ん、ぁああッ!」
目の前が真っ白に染まって、意識が飛びそうになる。背中がベッドから離れるくらい大きくしなり、シーツを掴んだ指先が白く震えた。
それとほとんど同時に、彼が低く唸りながら、汗ばんだ体を深く沈めてくる。
そして、体の奥の奥に、じわりと熱いものが注ぎ込まれる感覚。
「……あっ」
声にならない声が漏れ、それが合図だったかのように、彼の体の力が抜けていく。
肌を伝う汗と、耳元で繰り返される荒い呼吸、そして激しく鳴り響く二つの心臓の音。
何もかもが初めてで、ぐったりとした体では、もう指一本動かせなかった。
唇に、少しだけしょっぱい汗の味がした。
彼はすぐに体を起こすと、汗で頬に張り付いた私の髪を、優しい手つきで払った。
じっと私を見下ろす彼の瞳にどんな感情が浮かんでいるのか、朦朧とする意識ではもう読み取れない。
やがて彼は、満足そうに、ほんの少しだけ口の端を上げてこう言った。
「……よく頑張ったね、おねえさん。」
その声は、まるで幼い子を褒めるようにひどく優しくて。
意識が途切れる最後の瞬間、その言葉の意味を考えることもできず、私はそのまま深い眠りに落ちていった。
まさか、あんな朝を迎えるとも知らずに――。
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