二日ほど前のこと、様子を見るために王都に顔を出した。
勇者と黒い人は思ったよりも元気そうで、だけどその態度は、ちょっと気持ち悪かったけど。
「サラ様。先日は操られていたとはいえ、とんでもないことをしてしまって……」
と、口火を切ったのは黒い人だった。
市民街の適当な公園で、私とシェナは町娘の格好だけでなく、フード付きの上着を羽織って。
誰かに聖女だと騒がれたら、話どころではなくなるから。
そんな少女二人に、それなりに有名な勇者と黒い人が頭を下げているものだから、やっぱり目立ってはいたけれど。
かといって、娼婦のお姉さんくらいしか直接的な反応はしないし、しても遠巻きに手を振っていく程度だった。
勇者は自分で言っていた通り、娼館界隈ではとても名が通っているらしい。
空気を読みつつも、神妙な顔つきの勇者を励まそうとでもしたのだろう。
「私に一番酷いことをしたものね。何であなたが女神の呪具なんて持ってたのよ」
手を振って行ったお姉さんを私もチラ見した後で、黒い人に文句を言った。
言う権利はあるはず。
「あれは、いつの間にか首にかけていた。騎士団長が持たせたんだと思う」
「じゃ、なんで洗脳なんてされたわけ? どうやって? 転生者よね、あなたたち」
この世界の人間よりも、遥かに強いはずなのに。
「いや、そりゃあ聖女ちゃん、向こうも転生者の科学者とかにツテがあんだよ。第一王子が後ろ盾なんだぜ? 言ってみりゃやりたい放題出来るんだからよ。俺達にゃ不利ってもんよ」
「あなたは態度を戻し過ぎじゃない? 最初の頭下げた状態から、数秒しか経ってないけど?」
ここまでヘラヘラと軽いのは、元の世界でも見たことがない。
もう一つどこかの異世界から出てきたんじゃないだろうか。
「これが俺の持ち味だぜ? 案外、娼婦の女どもにはウケがいいんだがなぁ」
女性に対しても、どこか上からなのが腹立つ。
「お姉様。あまりに無礼ですし、やっぱり一度殺しておきましょう。そうすればもう少しくらい、頭の下げ方というものを理解出来るでしょう」
うんうん、と頷いてしまった。
反射的なもので、心からそうしてしまえとは思っていないけど。
「ほら、勇者。お姉様の許可が下りましたよ。そこを動かなければ、楽に死なせてあげます」
「ああああぁうそうそうそ! もういいから。この人はきっと死んでも治らないから」
「むぅ……」
あやうく、人の行き交う公園で勇者の首が実際に飛ぶところだった。
「その……、まぁ、あれだよ。ほとんど死んでたはずの俺を、蘇生してくれてありがとな。聖女ちゃんの旦那が治してくれたんだろ? まじで助かった。……心から礼を言う!」
意外な一面を見た。
――ちゃんとお礼とか、言えるんだ。
あ。いけないいけない。
普段から失礼な人が、稀に礼儀正しいと滅茶苦茶良い人に見える錯覚。
あぶないなぁ。
「やっとまともな一言を言いましたね。でもやっぱり、一度死にかけたくらいではこの程度ですか」
シェナは冷静だわぁ。
かしこい。いい子。私の最高の妹!
「そ、それで、騎士団長だが……」
「あ、うん。何か分かった?」
この黒い人は、まともそうなのに……。
私に女神の呪いをかけようとした時の、あの歪んだ笑みが瞼に焼き付いていて、ちょっと怖い。どんな態度だろうと抵抗がある。
「一応、もう聖女には手を出さん。と、言っていた。かなり不服そうだったが、しばらく様子を見るつもりらしい」
「様子を見るも何も、私なにも悪いことしてないから」
「いやぁ、やっぱ貴族連中を締め上げていってりゃ、そりゃあよ」
「何よ。じゃあ悪いことしてるのを、黙って見てろって? それであなたのお気に入りの娼婦さんが、ボロッボロにされても平気なんだ?」
何でも、自分に置き換えてみれば少しくらい気持ちが分かるでしょう。
「う~……、まあ、そうだな。気持ちは分かるが。この世界では、俺らは異質物なんだ。好き勝手やりゃいいってもんでも、ないだろうよ」
「はぁ? あなたにそんなこと言われるとは思わなかった。なんか腹立つぅ」
何と言われようと、間違ったことをしているつもりはない。
だから殺さない方法を取っているのだし。
これはきっと、私にしか出来ないから、この人たちには分からないんだ。
「まぁまぁ。応援は続けるからさ。機嫌なおしてくれよ。な?」
「はぁ……。なんであなたになだめられなきゃいけないのよ。ちょっと黙ってて」
軽薄なくせに、妙なところでまともぶってくるから、本当にイライラする。
「それじゃ、俺達からはまた、適当に連絡する。旦那によろしくな」
「ああ、旦那さんによろしく伝えておいてくれ。洗脳が解けていなければ、君を封じた後で自害させられるところだったんだ」
なんだか、このまま帰すのもシャクなままね。
「ふーん。でもそれ、今は私に逆らい過ぎたら発動するわよ?」
「はぁっ?」
「なにっ?」
「アハハハ。私の旦那さまが、抜け目のあることをするはずないじゃない。せいぜい、態度と言葉遣いくらいは気をつけるのね~。じゃ、私たち帰りまーす」
それだけ言い残して、その場で魔族領に転移した。
ちなみにもう、正体がどこでバレてもいいや、という気持ちになっている。
バレたからといって、誰にもどうにも出来ないだろうから。
魔王さまも、もっと堂々としていればいい、と言って下さっていたし。
第二王子殿下には、与えてもらっていた部屋に手紙を残しておいた。
――ちょっと嫌なことがあったので、もう戻らないかもしれないし、街の人たちの治癒に戻るかもしれないけれど、少しそっとしておいて欲しい。
騎士団長のことを書けば良かったけれど、書いたところで長くなるし、第一王子のおひざ元の人を切ることも出来ないだろうし。
それに、いい人そうではあるけど、私に対する優しい態度がどうにも引っかかる。
だから、素っ気ないくらいが丁度いいはず。
**
それで一旦、王都のことは忘れて、魔族領でのんびりと過ごしている。
考えてみたら、この世界に落ちてきてから、ぜんぜんゆっくりと過ごしていない。
たまの休みに休憩して、それですぐまた、緊張の連続だった。
ママとパパのことを忘れてしまっていたのも、絶対にそのせいだし。
この数日、ここに来てやっと、ゆっくりと想い出に浸りながら、「今は幸せです」と伝えている。
――今の姿はキャミソールで毛布に包まって、ベッドの上でごろごろしながら……ではあるけど。
伝わるわけはないのだけど、そう祈っている。
ママとパパも、幸せでいてください、って。
そういえば、リズが言っていたし。
原初の神々は、お優しいからと。
もしかしたら願いを聞き入れてくれて、ママとパパの夢で私の姿を見せてくれているかもしれない。
……まさか、魔王さまとの情事は見せないだろうけど?
でも、一番幸せを感じているのは、その時だから……いやいや、普通はそんなの見せたら最低だよね?
他に幸せな時は、シェナを抱きしめながら眠ったり、撫でている時。
次は食堂で、皆で楽しくご飯を食べている時。
それから、ここの皆にからかわれつつも、なんだかんだ優しくされている時とか。
まだまだある。
人と接するのが嫌になっていた私が、自然と話せるようになったのも、成長というか、皆のお陰で。
あんな死に方をして、申し訳なさとか、悔しさとか、本当はいっぱいあったけど……。
この世界に来られて、本当に良かった。
出来ることなら、ママとパパも寿命で亡くなったら、こっちに来られたらいいのに。
あ、でも。
姿が変わってしまったから、信じてもらえないかな。
……ううん。絶対に気付いてくれるはず。
いつも優しく見守ってくれていた、大切なママとパパ。
遠い将来、また、会えますように。
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