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「そんなものだって! ……お前、あの時、俺らの前でも笑ってるだけだったろ。水くさいんだよ、ずっとな」
真面目な顔して、ぐいぐい目の前に迫る隼人。正直この10年でこんな雰囲気になった隼人は、ほんの数回だ。
隼人が長く付き合った女と別れた時、就活で連続落ち続けてた頃。
(それと、何で泣かないんだって詰め寄ってきた”あの時”か)
高校や大学の頃は短い髪をツンツンとワックスで固めて、うるさいくらいの金髪で。笑い転げてることが多かったお調子者の隼人も。
ここ最近は髪を黒くして、スーツで身を固めて同じくサラリーマンをこなしてる。
時は流れているのに、取り残されているものは何だろうか。女が嫌いだなんて、思いもよらぬ新事実を今更知るのだから。間違いなく自分は取り残されている側だと坪井は力なく息を吐く。
「まあ、どんな顔してればいいかわかんなかったら、俺は笑うよね。癖だよ」
「その、お前の悪い癖は”好きな子”の前では、必要なくなるのか?」
「どーかな、わかんない」
口角を上げて、意地悪に笑んだ。答える気などないことがわかったのか。
はぐらかしやがって、と。不服そうに呟いた隼人。バカなようで実はそうではないこと、わかっている。感謝もしている。
……なんて、らしくなく思っていると、黙り込んだままの坪井をうずうずした様子で見てくる隼人。
「今度は何?」と心底ダルそうな声で聞いてやると、待ってましたとばかりに弾む声が返ってきた。
「何? じゃねーよ! 10年は動かなかったお前のクソみたいな女への価値観だぞ!? ねじ伏せてきたのどんな美女よ」と、耳元で嬉々としたデカい声を出され思わず耳を塞いだ。
「うるっさいなぁ!」と睨みつけた後、相変わらず話が飛ぶ奴……と肩をすくめたが。
思えば。隼人の、この切り替えの速さも付き合いの長さに直結していると思う。
さらけ出せないのは、自分でも把握できていないからだ。それを説明せず済む関係は心地良い。
「名前は? どこで知り合った子? 夏美ちゃん何にも教えてくれなかったんだよな」
「……聞くなよ、夏美に」
「なんで」
「何でって、お前……俺を好きだって言ってくれてた奴に、俺が今惚れてる相手の詳細聞くの?」
刺々しい声を出しながら、グラスに残るカクテルを飲み干した。まだ氷が残ったままだ。
セット代に含まれてるドリンクだけで帰ろうとするのは初めてだな、と。空になったグラスを何となく眺めながら静かに置いた。
「……お前、そんなことにも気がつけるようになったのか……奇跡だろ、すげぇ。名前もわかんないけど美女すげぇ」
「は?」
「昔は勉強だってさ、今は見てねぇけど多分仕事もさ。お前って要領よくやんのに、女を傷つけないような気遣いはできたことないだろ……」
感動した!と、大袈裟な声に、馬鹿にされているような気になって少しばかり腹が立った。
「別に、俺は……わかんないままだよ、女の気持ちなんて。お前が言うところの価値観も多分変わってないよ、あいつにされたら嫌なことをベースにしてるだけで」
頭を掻きながらテンション低く答えると、隼人がガシッと肩を組んできた。何でこんな場所で男と肩を組んでいるのか、まわりから見れば異様な光景だろうけど。
「なんだよ、お前だけピュア路線行くつもりかよ!」
「はあ? ピュアって……気持ち悪いな。意味わかんないけど、俺に合わせてないで好きにナンパしてこいよ」
ジト目の隼人に、しっしっと追い払うジェスチャーを見せる。しかし酔った隼人は少々気持ち悪かった。全く離れようとしないものだから鳥肌が立ちそうになる。
「くーー! 俺もそろそろ本気で恋してぇなぁ……なあなあ、お前に好きな子いるってのがマジならさ、俺って夏美ちゃん狙ってもいい感じか!?」
物凄い力で肩を組んだまま、グイグイと顔を近付けて隼人が言う。いつこの男の中で咲山がそんな存在になったのかは全くわからないが、許可を取られる間柄でもない。
「……いや、まあ、それは勝手にすればいーんじゃないの。俺は関係ないよ」
「一応元カノだろ。へっ、涼太くんは〜、モテモテですので〜、あんな美人でも本気じゃなかったかもしれねーっすけどぉ」
ネチネチした声で、更に顔を近付けてくる。少し触れてしまった肌から髭の感触を感じ、気持ち悪さのあまり思い切り隼人の顔面を押し返す。
「付き合ってたのは1年以上前だって」
「切ったのはつい最近だろ、この女泣かせが……! つーか痛ぇよ、手加減しろ」