テラーノベル
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「ん”ん…」
朝6時20分。鳴り狂うアラームをノールックで止める。
(そろそろ起き上がるか……。)
思考に反しまだ寝ている重い体をなんとか動かし、のろのろと洗面所へ向かう。
歯を磨き、寝癖のついた髪を濡らし乾かしてからワックスで仕上げる。髪のケアには気を使っているし、匂いのキツすぎないふんわりとした香りのワックスを使っているのでよく人に褒められる。
鏡にうつる自分を見て思う。俺は誰から見ても”男前”なのだろうと。そして心底、うんざりする。
毛先を指で摘み微調整をしながらため息をつくと、背後からころころと笑う鈴の音のような声が聞こえた。
「あー!お兄ちゃんまーたため息ついてるー!」
中学3年生の妹、涼音(すずね)だ。漢字は違えど、よくもまあここまで名前の響きに合った子に育ったものだと思う。
「おはよ、涼音。朝から元気だなあ。」
屈託なく笑う妹の頭を撫でながらそう言った。
「あったりまえ!!私の好きな朝が来たもんね!!!おにーちゃんもほら元気出して!!そうだコレ!あげるー!!」
妹がそう言って俺に手渡したのは、ふわふわとボリュームのあるレースで形作られたシュシュだった。
(か….かわいい……。)
「兄ちゃんにくれるのか?」
「うんっ!昨日友達と出かけたとき見つけてね、お兄ちゃんに似合うと思ったの!」
俺よりも幸せそうな満面の笑みを浮かべる様子が可笑しくて、愛しくて、再び俺は涼音の頭を撫でた。
「ありがとうな、涼音。大切にする。」
「うん!!!!失くしたら承知しないんだから!」
そう言ってリビングに向かう妹の背中を見送った後、俺はもらったシュシュを腕につけてみた。
なんとも可愛らしいデザインに、胸が弾むのを抑えられなかった。
(….本当に、可愛いな。)
『可愛いものが好き。』
誰にも打ち明けられない趣味。誰にも理解されない好み。それでも、俺がそこにコンプレックスを抱かずに済んでいるのは、紛れもなく涼音のおかげだった。
涼音はただ無邪気なようで、よく人を見ている。親にさえ隠し通していたこの気持ちも、涼音には見透かされていた。見透かされたその日から、涼音は定期的に可愛いものを見つけては俺にくれている。自分で買ったと言うより、妹に貰ったと言う方がもし親や周りにコレクションが見つかったとき自然だからだろう。
本当、涼音には頭が上がらない。
理解者が1人いるというだけで気持ちは安定する。
だからと言って、友達に打ち明けるつもりはないけれど。
それからあれこれ準備をして1時間後、家を出た。
通っている高校は家からかなり近い場所にあるので、どれだけ遅く出ても遅刻する心配はない。
大きく息を吸って、吐いて、校門をくぐる。
歩いているだけで、視線を感じる。完璧に隠しているはずだけど、どこかでボロが出ていないか不安で手のひらに汗が滲む。
「星くん….今日もかっこいいよぉ….」
「ほんとどっから見ても完璧だな」
「高一とは思えない。」
「あれで彼女いないんだから余程の美人じゃなきゃ付き合わねぇんだろうなぁー….」
周囲の評価する声を聞いて、少し安心する。バレている訳では無かった。
(彼女….か…。)
興味が無いわけではないし、お互いに支え合える人がいるならそれ以上素敵なことはないとも思う。…でも、俺は彼女ができてもきっと、ありのままの自分をさらけ出すことなんて出来ない。
ならば初めから、誰とも付き合わない方が良い。
ほんの少し俯いて歩みを進めていると、後ろからダダダッとこちらに向かって走る足音が聞こえた。誰かは見当がつく。
「….おっはっよー!!!!今日もしけた面してんなぁ星!!!」
そう言って肩を組んできたのは、同じクラスの赤崎 蒼生(あかさき そうし)。入学してすぐ意気投合し、そこからはほとんどの時間を蒼生と過ごしている。
「おはよ、蒼生。お前は朝から失礼だな」
肘で小突きながらそう言うと、蒼生は嬉しそうに豪快に笑った。
「だってよー、お前あの早坂さんに見つめられてんのに気にせずスタスタ歩きやがるから!!羨ましいぜくそー!!!」
「……うん、あの早坂さんって誰のこと?」
「っはぁ、?!!おまっ、、文化祭のミスコンで優勝してた人だよ!!!2年の!!!」
「あー…..んー….?」
「お前ミスターコン優勝して2人でインタビュー受けてたろ!!!なんで覚えてねぇんだよ先月のことをさぁ!!」
「覚えてるって、お前が商品目当てで”勝手に”応募してたことはな」
「ちょ、、ごめんて、、星が出れば優勝確定だと思って、、学食半年無料券は魅力的すぎたわ、、」
「ふふっ、、まぁいいけど!!」
「きゃあ星様さすがだわ♡♡」
蒼生は常にちょけていてふざけた奴だけど、何かと目立ちがちな俺に何の偏見もなしに話しかけてくれる。俺が見知らぬ男子に陰口を言われていたとき、そいつらを殴ったのはちょっとやりすぎだと思ったけど、それくらい仲間思いな奴なのだ。
いつかこいつになら___。そう思いながら、毎日を過ごしている。
教室に入り、席に着くとすぐHRが始まる。
担任がいつもより少しかしこまった様子で言った。
「なんとも珍しいタイミングではあるが、転入生を紹介する。」
クラス中が一瞬静まり返った後、すぐにザワザワと騒ぎ始めた。
「えええ女子?!男子?!」
「頼む!!!美人な女の子来いッ!!」
「男子サイテー。イケメン来い!!!」
「いやそれ男子と言ってること同じだから」
各々が好き勝手に望みを口にする。
数秒後、教室のドアが開いた。
入ってきた転入生に、みんな目を見張った。
彼女が入ってきた瞬間、優しい風が吹きこんできた。その風にふわっと靡いた細く柔らかそうな髪に、その教室にいた全員が釘付けになっていた。
「こんにちは。本日から皆さんのクラスメイトとしてお世話になります。水瀬 薫(みなせ かおる)です。よろしくお願いします。」
背は比較的低めで小動物のような愛らしい印象だが、細く長い手足やスタイルの良さをみると彼女のストイックが垣間見えた気がした。ぱちぱちと瞬きする度に音がなりそうな程長いまつ毛に、顔の大半を占めているのではと思うほどの大きな目。通った鼻筋、ふっくらとした唇。
こんな女の子なら、彼女のような誰もが思い描く美少女なら、周りの目を気にせず可愛いものを身に纏うことができるのだろう。
あんなに騒ぎに騒いでいたクラスが、担任が口を開くまで静まったままだった。
「えー…じゃあ時間もあることだし、水瀬に質問あるやついるか?」
するとクラスの陽キャ男子が手を挙げた。
「彼氏いますか!!!!!!!!!!」
みんな、よくぞ聞いてくれたと賞賛せんばかりの視線を彼に向けていた。
「いません。」
男子が一斉に、机の下でガッツポーズをした。
するとそれに続き女子も手を挙げ、
「LINEやってますか!!」「スキンケア何してますか!」「今ノーメイク!?すっぴん?!」
と気になることをどんどん聞いていった。
全ての質問ににこやかに答える水瀬さんに、クラス中が惹かれていくのを感じた。
だが、HR後、みんな(主に女子)が水瀬さんの虜になった。
HRが終わり、日直の女子が椅子に乗って黒板の上辺を消していたときだった。
教室を走り回っていた男子の腕が椅子に当たり、振動と共に立っていた女子が体勢を崩してしまった。するとクラスメイトに囲まれ質問攻めを受けていたはずの水瀬さんが素早くそこに移動し、自分の身長より高いところから落ちてくる女子の体を軽々と受け止め、スカートについたチョークの粉を払ってあげたのだった。
助けられた本人はもちろん、その光景をみた全員が歓声をあげ、水瀬さんに心奪われた。
きゃーっと女子のように叫び俺の肩をバシバシ叩く蒼生を横目に、なんとも不思議な感覚を、俺は抱いていた。
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