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何かの物音で、優吾は目が覚めた。
掛け布団をめくって上体を起こす。目をこすりながら枕元のリモコンを操作して、電気をつける。
そのとき気がついた。
ベッドの下で寝ているはずの大我がいない。布団は丁寧に畳まれ、近くに置いていたメガネもない。
優吾は慌てて飛び起きる。
「えっ!? ちょっと、大我?」
スマホで時間を確認すると、まだ午前1時だった。
トイレや水分補給にしては、綺麗にベッドメイキングがされている。どこへ行ったのだろうか。
弟たちそれぞれの部屋へ向かう。起こさないようにそっとドアを開け、中をのぞく。しかし4人はみんなぐっすり寝ている。
焦る思いで一階に下りるが、そこには大我の姿はない。トイレにも。
「どこ行ったんだ…」
音を聞きつけて、北斗が下りてきた。
「…どーした? 何か言ってたけど…」
はやる鼓動に大きくなりそうな声を抑え、
「大我、大我がいない」
「え」
北斗は玄関へ向かう。ドアの鍵が開いていた。しかも、大我が一度病院に行ったときに履いた靴もなくなっている。
「外に行っちゃった…?」
出ていきそうな優吾を引き止める北斗。
「待てって」
「でも…。早く見つけないと危ないし」
「樹なら行きそうなところ、わかるかもしれない」
確かに、最初に彼を見つけた張本人だ。優吾はうなずいた。
樹の部屋に入り、「ちょっとごめん、起きて」
肩を揺さぶられた樹は、わずかに顔をゆがめて目を開ける。
「んん…」
「大我がいなくなった。もしかしたらあの公園にいるかも」
目を見開き、身体を起こす。
「はっ!?」
3人はパジャマのままで家を出た。外は車通りも少なく、街は眠りの中。
「そんなに遠くはないけど、道を覚えてるかはわかんない。だって、大我くんがそこにいたのはあのときだけだから…」
自信はなさそうだが、早く行方を掴まないといけない。
その焦燥感が、足を急かす。
公園は、あのときと同じように街灯がともって少しだけ明るくなっている。
「おーい、大我ー?」
「大我くん、どこいるの?」
呼びかけてみるが、その声は静かな闇夜に溶けていくだけだった。
「ベンチにもいない…」
諦めて踵を返しかけたとき、北斗が「あっ」と気づいた。指さすほうを見ると、遠くの木の下に大我がいる。
明かりに照らされて輝く金髪が、目印のようだった。
3人は駆け出した。「大我!」
彼は振り向く。「みんな…」
「いるなら返事してよ。心配したんだよ…」
「急に外出ちゃってさ、びっくりして」
「夜でよかった。昼間だったら、紫外線で危ないところだった」
それぞれあえぎながら言う。
「心配……?」
「そう、心配してたの。それで、どうしてここに来たの? 何があった?」
優吾に問われると、大我の目がにじむ。うつむいたとき、頬に一筋の雫が伝った。
初めての涙。
大我はその感情への対処法を持ち合わせていないのか、拭うこともせず声も上げずに泣いている。
樹が歩み寄って、そっとその背中に触れた。
「悲しかったり寂しかったら、泣いていいんだよ。怒ったっていい。大我くんが思うこと、全部俺らにぶつけちゃいな」
しゃくりあげながら、どうにか言葉を拾い出す。
「……僕、夢見てた。真っ白い部屋に閉じ込められて、白衣を着た大人に色んなことをさせられてた。そしたら怖くなっちゃって。みんなも同じことするんじゃないかって…」
手が小さく震えだす。
「それで、逃げてきたんだね」
樹はそう背中をさする。
「僕…気づいたらここに座ってたんだ。その前は真っ白い部屋にいたけど、途中のことは覚えてない」
えっ、と北斗がもらす。
「ってことは、真っ白い部屋っていうのはほんとに大我くんがいた場所?」
うん、と小さくうなずく。
「小さいときからずっと。ほかにも何人か、僕と同じ服を着た人がいて、でもいつの間にか一人でここにいた」
3人は顔を見合わせる。「過去夢か…」
大我は続ける。
「やっと出られたって思った。樹くんが来てくれたとき、助けてくれるのかもって。だけど病院ってとこに行ったら……またおんなじような部屋があって…」
樹はうなずく。
「ごめんな。きっと、その白い部屋に似てたんだな」
「俺たちは大丈夫だから。何も怖いことはしない。大我を守りたくてしょうがないんだよ」
優吾が、大我の頭をなでた。優しく、慈しみを込めて。
2人も微笑んだ。「そうだよ」
潤んでいた水色の双眸から、一滴、またひとしずくと涙がこぼれ落ちる。
「これ…悲しい…?」
小さく問うた大我に、北斗は首を振る。
「それは、嬉しい。嬉し涙って言うの」
大我の瞳は水滴をたたえ、街灯の光を受けてまるで宝石のように美しく煌めいた。
続く