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優吾が一人で朝食の支度をしていると、大我が下りてきた。やはり7時に。
「どう、よく眠れた?」
昨夜のことで寝られないかと心配していたが、大我はうなずく。
「そっか」
ふと優吾の頭に疑問が浮かんだ。それは以前から気になっていたことだった。
「あのさ、大我ってなんでいつも7時に起きてくるの? いや、全然寝坊とかしないしいいことなんだけど」
大我はそれでも少し眠そうな目をこすったあと、
「…えっとね、ホームで起こされるのがこのくらいだった。時間はわかんないけど」
え、と優吾の口が半開きになる。「……ホーム…?」
「優吾くんたちが言ってた『施設』みたいなの、かな。日本スタッフがそういう言葉を使ってた気もする…」
覚えてないや、と首を振って洗面所に行ってしまった。
驚きながらも、出てきたキーワードをしっかり心に留める。
やはり以前に立てた説は当たっているようだ。
慎太郎は大学に着くと、いつもとは違う教室のほうに歩いていく。
今日は少し早く来たから授業に遅れる心配はたぶんない。
やがてたどり着いたのは、人間科学部だ。教育学部に通う慎太郎は、近いけれど普段来ない。
大我が以前いた場所の可能性を探し出せれば、と思った。
慎太郎は教授室の扉をノックし、少し入って名乗る。そばにいた男性が振り返った。
「ん?」
突然の部外者に驚いた様子だが、慎太郎はそのまま用件を伝えた。
「ちょっとお聞きしたいことがありまして…」
その教授が、そばにあった椅子を勧めた。「教育学部の学生が、どうしてここに?」
「実は、今『ギフテッド』や『ディスクレシア』など特徴のある子どもたちの学習について研究を行っているんです。その中で『アルビノ』についてもテーマの一つとして取り上げて、ちょっとお話を聞かせていただけないかと思いまして」
この教授は遺伝学に詳しい。だから知っていることもあるのではないかと思ったのだ。
「なるほど。私も確かに研究したことがあるよ。ただ、最近の学生さんじゃあ珍しいね。何と言っても対象が少ない。もちろんゼロじゃないが」
大我のことを口外するわけにはいかないから言い訳を考えたけど、いわば一種の研究みたいなものだろう。特に怪しまれることもなかった。
「知っている通り、アルビノの人たちは視力が弱く、学習についてはある程度支障をきたす。その度合いは人それぞれだが、対応は弱視の人と同じようにできるだろう。ほかにも紫外線対策など、配慮すべきことはたくさんある。もちろん差別も絶対にしてはいけない」
それは大我を見ているとわかる。
興味なのか見えないのか、テレビにかなり近づいて見ていたり、昼間の外出を嫌がったりする。
慎太郎は「そうなんですね」と相槌を打ち、次の質問を繰り出す。
「もう一つ聞きたいことがあるのですが、調べているうちに、ほかの国ではアルビノの人たちが売買目的などで捕らえられる痛ましい事件が起きているそうです。もしかして、どこかには研究施設みたいな場所で監禁するようなところがあるのではないかと思ったんですが、そういうのはご存知ないでしょうか」
教授は「うーん」と顎に手を当て、
「聞いたことはないが、それは極秘にしなければならないから我々の耳にも届かない故だろうな。ただ、そういう可能性は大いにあり得る」
だから、と続ける。「論文なんかを探してみるといい。私も協力するよ」
ありがとうございます、と答えた。
その日家に帰ると、ダイニングに大我を除いた4人が座っていた。
「あっ、ちょうどよかった」
優吾が言う。みんないるなんて珍しいな、と思っていると北斗に隣に座るように促される。
「なんで?」
北斗は何も言わず、優吾が口を開く。
「…大我って、毎朝7時に必ず起きるんだよね」
へえ、と慎太郎はこぼした。知らなかった。
「だからそれは何でかって今朝聞いたら、『ホーム』ってとこで起こされる時間だったらしくて」
「えっ」
みんなは格別驚かない。きっともう聞いたのだろう。
「記憶障がいがあるのは確かだけど、少しずつ思い出せてるのかもしれない」
樹が言った。
「それは嬉しいことだけど、きっと大我くんの記憶ってあんまり良いことばかりじゃないと思う。だけど、思い出したいって言ってたから」
「そうなんだ。…大我くんは?」
2階、と答える。
「俺らで話したいって伝えてある。たぶん、大我くんにはたとえ嫌な記憶でも取り戻したいっていう覚悟があるんじゃないかな」
慎太郎も、今日大学で訊いたことを話した。収穫はなかったが協力者は増えた、と。
「それはいいね」
ジェシーが言って、樹が続ける。
「とりあえず今わかってることは、ホームって場所で過ごしてたってこと。あとは知識や常識はあんまり持ち合わせてないけど、そこで習得した日常会話はできるってことだけかな」
慎太郎は大我の涼しげな目を思い浮かべた。
最初こそ翳りで暗かったが、今は明るい。
大我は、一体あの瞳でどんな景色を見てきたのだろうか。
続く