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ゆずき
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あれ、ぶつからない。どこにもぶつからない。おかしいと思って目を開けた時、ぐい、と襟首を掴んで引き倒された。強くホームに打ち付けられ、鈍い痛みとともに我に返る。
「影さん出ておいで、ぺらっぺらにしてやるから!」
力強く凛とした声がホームの空気をぴんと張り詰めさせ、傍観にまわすと同時に、その声の主が僕を庇って躍り出た。するとその正面、線路を挟んだ先に、夜空の特に星が少ないところを切り取ったような、穴のどん底のような暗い独立した影がゆらゆらと立っていた。その影は目のようなところだけ異様に光って、吸い込まれるような感覚がする。この世のものではないような気がする。多分大丈夫なやつじゃない。本能が逃げろ、目を合わせるなと警告するけど、固まってしまって動けない。その黒いのは、僕めがけて突進してきた。
「ぺっちゃんこになれー!」
僕をかばう青年はそう叫ぶと握りしめたでっかいハンマーみたいなものを振りかぶって、突進する影めがけて思い切り振り下ろす。
ーギエエエエェェェーー!!!!
激しい断末魔を上げながら影がよろける。影が目の色を変えて、青年を睨みつける。すると、ひらひらとした体の下の方がだんだんと形を変え、鋭い爪のようなものがついたタコの足みたいな腕がいくつものびてきた。それが青年めがけて猛スピードで飛んでくる。それを青年は野球のバットみたいにしたハンマーで払い続ける。ハンマーは動きが大きいし一撃も重たいようで、当たれば影はよろめいて腕をすこしだけ引っ込める。でも、大きい分追撃ができないみたいで、青年は連続する次の腕からの攻撃をかわし、流すのに精一杯のよう。だんだんと腕が青年に届く数が増え、青年の服には傷がついていく。僕はその光景を腰を抜かして見つめることしかできない。
グサリ、と鈍い音がした。
青年が、腕から血をボタボタと垂らして、荒い息で踏ん張っていた。その腕には、あの黒い黒い腕が突き刺さていた。
この人が死んででしまうかもしれない。それは怖い。僕を庇って人が死ぬとか。怖い。怖い。息が詰まる。苦しい。助けて、神様。でも、どうしよう。あんなやつ相手にまともに動ける気がしない。僕にはあんな武器はない。でも、他の人達はもうそれぞれの家路についていていない。なんで僕のために。僕よりあなたが生きてよ。僕は死のうとしたんだよ。あなたは生きようとしてる。
そう考える間にも青年は何度も何度も引っかかれ鞭打ちにされて耐えている。立つのもやっとって様子で、顔がゆがむくらい食いしばって耐えている。
⋯⋯僕が、僕が立ち上がらなくちゃ。ここからあの人を連れて逃げなくちゃ。僕が盾になれば、僕は死ねるし、あの人は助かる。死にたくない。死にたくないけど、こうするしかない。
「逃げて、死んじゃう!」
絶叫とも言えるような叫びで、彼の腕を掴んで走り出す。ズルリ、と腕が抜けたところから血が吹き出す。一瞬、それが生々しく、焼き付けるようにスローモーションに映る。でも、ずっとあのまま攻撃される方が危ない気がする。僕の足はすでにもつれて、這うような、獣のような様相で駅の構内を駆け回る。駅なんて久しぶりすぎて構造がわからない。何度も迷って、転んで、泣きそうになってなんとか駅前の広場に出てきた。
「大丈夫ですか?!血、血が⋯⋯」
ぎゅっと袖ごと抑えて止血するけれど、血は止まらない。
「俺には構うな、お前は生きろ」
顔を歪めながら青年は僕の手をはらう。
「でも。あんな訳解んないやつからどうやって」
すると、後ろで低くて大きな音。ハッとして振り向くと、さっきの影が怒ってる様子でこちらを睨みつけていた。
「も、もう追いついたの。あんなに歩くのは遅かったのに。あんなに必死で逃げたのに」
体から血の気が引いていくのがわかる。青年はまた立ち上がろうとするけれど、とてもハンマーを振り回せるような状態じゃない。僕は必死に青年を引き止めて、
「僕はなにかできないんですか。これじゃああなたが死んでしまうあいつは何なんですか。僕が盾になれませんか。どうせ僕は死ぬつもりだったんだから」
もう怖さでグッチャグチャの顔でまくしたてて懇願する。青年は驚いて、でも意を決して、
「お前、あいつが視えるか?あの真っ黒いのが。」
僕はブンブンと頸を縦に振ってアピールする。すると、青年は屈んで僕に目を合わせて、
「じゃあ、俺がいうことよーく聞いて、やってみてくれ。うまく行けばお前も戦える。もう、時間がない」
そう言うと不思議なストラップのようなものを握らせてきて、
「自分が、なんでもいい、武器をとってあいつと戦うのを想像しろ。あいつがどうやったら殺せるかを考えろ。そして、そのとおりに動け」
わけはわかんない。でも、言い聞かせるように、さっきまでの元気な声でなく、落ち着いた声で囁く声は僕を不思議と落ち着かせる。僕は目を閉じて言われた光景を思い描く。僕が戦うなら。多分悪いあいつをやっつけるなら。僕はかつて憧れたヒーローのように、勇者のようになれるだろうか。散々影で妬んだ主人公に、なれるのだろうか。
影が、ゆらいだ。収縮を繰り返し、いまにもこちらに飛びかかってきそう。見ていないけど、わかる。その縮んだ一瞬、斬り込めたら。僕は妄想をやめた。目を開いて、あいつを見定める。大丈夫、僕が視ていたのとおんなじ。だいじょうぶ、大丈夫。次、縮んだら踏み込んで、あいつを仕留めてやろう。まだ、まだだ。__ここ。
影が縮んだと思ったら、バネのようにして飛びかかってきた。それと同時、僕は思い切り地面を蹴って跳躍した。不思議なくらい体はすんなり動いて、心は凪いでいた。振り上げた手には剣が現れ、しっかりと影を捉えた。
「うおぉぉっ!!!」
力任せに影に叩きつけるように剣を振りかざす。影が真っ二つに裂かれて、ふらふらと倒れた。その時、
「その顕影__」
「灯をもって解かん!」
あの青年の声が響く。すると、空気がぴんっっと張り詰める。それが影からはきださせるようにして、影から青黒い塊がどろっと転がってくる。青年は大きく振りかぶって、
グシャリ
とその塊を叩き潰した。そのしぶきの最後までが空気に飲まれてきえていったのをみて、僕らはへなへなと座り込んだ。