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――しかし、その僅かな喜びも虚しく。その日から雅人はほとんど帰宅することがなくなってしまった。
仕事で声を聞くことはあるが、ほとんどが外出先からの電話でのやり取り。そして当たり前だが業務的な内容ばかりだ。
顔を見ることなど、すれ違う時程度。
(家で会えなきゃ、どう頑張ればいいの……)
物音でうっすらと目が覚め、雅人の気配を感じる。けれど朝目覚めるとすでにその姿はない。そんな日々がもう二週間。
入社する前にも優奈のせいで雅人は多忙だったが、ここまで顔を合わせられないことはなかったのに。
(挙句、まーくん今日から出張じゃん)
これまでが異例なだけだったのかもしれない。雅人にしてみれば手のかかる妹がようやく新しい職場にも慣れ始め、肩の荷が降りた思いなのか。
(元々ずっと寝る間もない殺人スケジュールこなしてたみたいだし、多分これが普通なんだろうな)
雅人のスケジュールを嫌でも目にしてしまう今、”真っ直ぐに帰宅していたのなら”恐らくこの二週間のうち、何度かは会えていたのだと思う。
しかし会えていない。
それが、雅人の”普通”なのだとしたらどうしようもなく悲しくて悔しい。
(それでもいいって覚悟して、あの家に住み始めたんじゃん)
そう、会えない理由。答えは簡単に浮かんできてしまう。
雅人は優奈の片想いを黙認してくれると同時に、自分はこれまでどおり外で女と会う。禁欲はしないと断言していた。
それを実行されているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
考えれば考えるほどに悶々とする。不貞腐れて歩いていると、優奈の背中に触れるもの。
「優奈ちゃん、おっはよー」
振り返ると奥村とマキの姿があった。
「あ……マキさん、おはようございます」
切り替えなければ。
ここはもうビル前の豊かな緑が揺れる広場。たくさんの人の目がある。
笑顔を作り、ヤル気を燃やさなければ、雅人の近くにいることさえ叶わなくなる。
「おはよう、瀬戸さん」
「奥村さんもおはようございます……って、あれ。奥村さん今日はずっと坂下さんと同行の予定じゃなかったですか?」