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『貴方が持っててくれたたった一つのボタン』
卒業式が終わった。
体育館の扉が開いて、
三年生が一斉に外へ出ていく。
笑い声、
泣き声、
シャッターの音。
その中心に、あの人はいる。
私の幼馴染で、
ずっと好きな人で、
今日で”先輩”じゃなくなる人。
胸がぎゅっと苦しくなる。
本当は、分かってる。
第二ボタンをもらう勇気なんて、私にはない。
人気者の先輩の周りにはもう人がたくさんいて、
笑顔で、みんなが手を伸ばしている。
……敵うわけない。
「帰ろう」
小さく呟いて、踵を返した。
校門へ向かって歩き出した、そのときだった。
ぐい、と急に手首を掴まれる。
「っ、え……?」
振り向いた先にいたのは、
息を切らした先輩だった。
ネクタイも少し曲がってて、
髪も乱れてて、
いつもの余裕なんてどこにもない。
「なんで来ないんだよ」
低い声。
責めているみたいなのに、どこか焦っている。
「……な、にがですか」
分かってるくせに、
逃げるみたいに聞き返してしまう。
先輩は眉を寄せて、 胸元のボタンに触れた。
「これ」
心臓が止まるかと思った。
「いや、でも……いっぱい人いましたし、
私なんかが行ったら迷惑かなって……」
言いながら、情けなくなってくる。
幼馴染なのに。
ずっと一番近くにいたはずなのに。
先輩は大きく息を吐いて、
少し怒ったみたいに笑った。
「……俺、逃げ回ってたのに」
「え?」
「誰にも取られないように」
時間が止まる。
周りの音が遠くなる。
先輩の指が、ボタンをひとつ外した。
「お前が来るの、ずっと待ってた」
視界が滲む。
そんなこと、思ってもみなかった。
だって先輩は、
いつも遠くて、
み んなの真ん中にいて、
私はただの後輩で。
「……行けるわけないじゃないですか」
声が震える。
「好きな人のところに、そんな簡単に」
言ってから、しまったと思った。
でももう遅い。
先輩は一瞬目を見開いて、
それから、困ったみたいに笑った。
「……俺もだよ」
外したボタンを、私の手のひらに握らせる。
温かい。
さっきまで先輩の制服についていた温度。
「ずっと言えなかった」
「卒業したら、もう先輩じゃなくなるし。
そしたらただの男になるから」
逃げ場がなくなったみたいに、
真っ直ぐ見つめられる。
「好きだ」
涙が、落ちた。
嬉しくて、苦しくて、
遅すぎるくらい待ち続けた言葉で。
私は何度も頷いて、やっと声を絞り出す。
「……私も、好きです」
先輩は安心したみたいに笑って、
私の頭をくしゃっと撫でた。
「やっとかよ」
春の風が吹いて、
制服の裾が揺れる。
今日で終わるはずだった関係が、
やっと始まった。
コメント
3件
先輩に盛大な拍手を送りたい👏🏻·͜·👏🏻·͜·👏🏻·͜·👏🏻·͜·👏🏻·͜·👏🏻·͜·