コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第5話 少年の逃避行
外に出た瞬間、僕は息を呑んだ。
街を行き交う本物の車、歩道を歩く沢山の人。
足がすくんでしまった。
どこで何をしようか迷い、というかわからなくて、 歩道を歩く人々について行くことにした。
人々が入って行くのは、電車の駅。
ゆっくりと歩いて中に入った。
「切符…ってどうやって買うんだろ…」
親から毎月送られてくる小遣いが入った財布を強く握り、僕は途方に暮れていた。
「券売機」と書かれている機械の前でただ突っ立って困惑していると、肩を叩かれた。
振り返ると、誰だか分からないけれど、長い真っ白な白衣に、セーターとジーパンをはいて、眼鏡をかけているお兄さん。
「だれですか…?」
「君、どこ行くの?切符、買い方わかる?」
どうやら僕は身長が低いから、幼く見えているようだった。
「…海が見える駅を教えてくれますか…?」
「うん、いいよ」
「兄ちゃんも今景色見に行こうと思っててさ、一緒に行かない?」
「…はい‼︎」
お兄さんは、僕の分の切符を買ってくれた。
「あっ…お金…‼︎」
「いーよいーよ、これは兄ちゃんが奢るよ。」
慣れた手つきで買う姿に、僕は見惚れてしまった。
「ここに切符入れて、前に進んで取って。」
教えてもらって、改札の機械を通る。
今日の僕はすこぶる調子がいい。歩いても息が切れない。心臓も苦しくならない。
「じゃ、行こうか」
お兄さんはドズル先生みたいな人だなぁ、と思いながら、その背中を追って歩いた。
「君、電車乗ったことないの?」
ホームで電車を待っている時に聞かれた。
「…産まれた時からずっと入院していて、外に出たこと、なかったんです」
「君、それ入院着じゃん。そんな薄いので寒くないの?」
そういえば、ずっと寒さのことを考えていなかった。
お兄さんは、僕に白衣を着せてくれた。
「ありがとうございます…‼︎」
「全然いいよ。」
「そういえばお兄さんはなんで外で白衣を着ているんですか?」
お兄さんは少し驚いて、こう返してきた。
「えっとさ、僕医大生なんだよ!」
「今日は講義が早く終わったから、着替えるのも面倒でこのまま来ちゃった…」
ホームに、沢山の人がいる。
そうこうしているうちに、列車がホームに滑り込んできた。
僕は、そのお兄さんに導かれるように、人々と共に列車に乗った。
「わぁ…‼︎ここが新宿なんですね…‼︎」
「そ、ちゃんと見ておきなよ〜?」
お兄さんはニコニコとあちこちの景色について話してくれる。自分にとっては非日常的な経験ができて、本当に嬉しい。
「体調、大丈夫?」
「はい、今日は朝の健診でも調子が良かったんです‼︎」
これまでにないほど快調な自分の身体。
みんなはこういう景色を見ているんだな。
これが当たり前の生活なんだな。
様々なことを知れたような、ふわふわとした心地。
病室の窓から見ていた景色はこれほどに狭かったのかと、僕は驚いてしまった。
「着いたよ、行こう‼︎」
椅子で寝ていて、お兄さんに起こしてもらった。
電車を降りて、病院の最寄りとは違う改札を抜けた時。
潮の香り。涼しい風。波の音。遥か彼方の水平線。
目の前に海が広がり、僕は嬉しくて泣きそうになった。