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昼前、錆人と仕事でビジネス街を歩いていた月花は不思議な言葉を訊いた。
「よう、ポン吉」
――ポン吉?
何処かにタヌキでもいるのだろうか、と月花が振り返ろうとしたとき、錆人が先に振り向いて言う。
「ゴンタじゃないかっ」
錆人は嬉しそうに爽やかイケメンビジネスマンといった感じの男に話しかけている。
「久しぶりだな、ポン吉」
「ゴンタこそ、元気だったか?
いつ日本に?」
そのあと、お互いの仕事の話になり、いかにも颯爽としたエリートビジネスマン同士の会話が漏れ聞こえてきているのに、彼らは、ずっとお互いを、
「ポン吉」
「ゴンタ」
と呼び合っていた。
「ゴンザレスはどうしてる?」
「それが、今、失踪中なんだ」
なんだろう。
突然、不思議な世界に迷い込んでしまったようだ。
私は実は、立ったまま寝ているのだろうか、と月花が思ったところで、ゴンタがこちらを見て言う。
「ああ、すみません。
お待たせして。
ポン吉、こちらのお嬢さんは?」
ポン吉――
失礼。
専務はこちらを振り返り、なんと紹介しようか、一瞬、悩んだようだった。
だが、面倒臭くなったようで、非常に短くまとめてきた。
「今度、結婚するんだ」
はしょりすぎですよっ!?
お友だちなら、ちゃんと事情を説明してもいいのではっ?
と思ったが、ゴンタは、
「そうなのかっ。
おめでとうっ」
と錆人の手を強く握り、祝福してくれる。
「もし、式のころ、日本に帰ってるようなら、ぜひ、出席してくれ」
「わかった。
ありがとう。
ええと……」
とゴンタがこちらを見る。
「月花だ」
「月花さん、ポン吉をよろしく」
男たちは再会を懐かしむように、お互いの腕を叩き合い、別れていった。
去っていくゴンタを通りかかったOLさんたちが、素敵な人、というように振り返っていた。
「あの~、今の方はどなたなんですか?」
「学生時代の友人だ。
同じ寮にいた」
清々しい笑顔で友人を見送りながら、錆人は言う。
「えーと。
……何故、専務がポン吉なんですか?」
「ああ、寮生活の間、みんなペットと離れるのが寂しかったらしくて」
人間と離れるのはいいのか……。
「実家に置いてきたペットの話を頻繁にしているうちに、それぞれをそのペットの名前で呼ぶようになったんだ」
「じゃあ、専務はポン吉という名のなにかを飼われてたんですね?」
「いや、俺は母親が生き物があまり好きじゃないんで、ペットは飼ってなかったんだ。
仕方がないので、祖母の家の裏山にいるタヌキの名前を使っていた。
今度会わせよう」
タヌキにですか?
……しかし、この年になって、ポン吉とか。
しかも、その外見で言われるの、嫌じゃないのかなと思ったのだが。
錆人は友人と再会し、ポン吉と久しぶりに呼ばれたことが嬉しいようだった。
なんか可愛いな、とちょっと、うっかり思ってしまう。
「マリコさんは、生き物がお嫌いなんですか?」
#ハッピーエンド
梨本和広
586
奏多
マリコがいない場所では、お母様と呼ばなくていいかと思い、月花はそう訊いた。
「ああ。
たぶん、人間もあまり好きじゃないな」
「でもなんか、あのおうち、ずっと、うさぎがいた気がするんですけど」
「いたか?」
「椅子の上にピンクの……」
と頭をフル回転して、酔っていたときのことを思い出そうとする。
「それはクッションだ」
そういや、そうだったな……。
「ホンモノのうさぎだったとしたら、ショッキングピンクなのは問題だし。
ずっとうさぎの上に乗ってるのも問題だろう」
「そういえば、そうですね」
と今度は口に出して言い、月花はポン吉錆人の後をついて行った。
その後、月花は錆人の祖母の家の裏山に連れて行かれた。
祖母は今は海外に住んでいるということで、人はいなかったのだが。
屋敷の裏に行くと、わらわらとタヌキが何処からともなく、湧いてきた。
「どれかがポン吉だ」
と錆人が紹介してくれる。
――いや、どれがっ?
っていうか、当たり前だが、傘かぶって、酒瓶持って二本足で立ってはいないんだよな、タヌキ。
誰があんなタヌキの絵を描き始めたんだろう。
ホンモノのタヌキ。
どっちかっていうと、アライグマっぽい、と思いながら、月花は足元のタヌキたちを眺める。
「……ポン吉」
ぽそっと呼んでみると、落ち葉の上で遊んでいた三匹くらいがこちらを見た。
ポン吉さんは、どなたですか。
まあ、もしかしたら、当時のポン吉さんはすでにお亡くなりになっていて。
知らない間に子孫と入れ替わっているのかもしれないが――。
「ちなみに、ゴンタはカメレオンだ」
と視線だけでタヌキたちと触れ合っている月花を見下ろし、錆人は言う。
「犬かなにかだと思ってました……。
カメレオンなら、同室の方が嫌がらなかったら、寮に持ち込めそうですね」
「いや、世界最大のカメレオン。
パーソンカメレオンらしい。
そして、ゴンザレスはアルダブラゾウガメだ。
巨大でほとんど動かないんだが、人間には結構なつくみたいだぞ」
お前もなにかペット飼ってたか?
と問われ、
いや、専務のそれはペットではないと思いますが、とタヌキを見下ろしながら月花は言った。
「すみません、実家で猫飼ってます」
「なんで、『すみません』なんだ?」
「いや、……なんかありきたりで、すみませんと思ってしまって」
はは……と月花は笑う。
「……帰りましょうか、寒くなってきたんで」
とタヌキの山を後にした。
「猫の写真ですか?
ありますよ。
今のスマホには入ってないですが」
帰りの車で月花はそう言った。
「確か前のスマホに。
ご飯食べに行く前に、とってきましょうか。
すぐにスマホ見つからないかもしれないから、お茶でも淹れますよ」
と言うと、錆人は微妙な顔をする。
「あ、別にそんな見たくないですよね」
「いや……そうじゃない」
重々しく錆人は言った。
「それは部屋に上がってもいいと言うことか?」
「はあ、まあ、そんなに片付いてるわけでもないですけど」
どうせ、食事に行く前の短時間だし、そのくらいの鑑賞(?)には耐えうるくらいには片付いている。
……今日は、だが。
「ちょっと緊張するな」
錆人は運転しながら、そう呟いた。
「何故ですか?」
「さまざまな理由により、女性の部屋には入ったことがないからだ」
「……様々な理由とは」
「俺にもわからないんだが。
みんないろいろ理由があるらしく、入るなと言って、部屋の前で俺を待たせるんだ。
紗南とか、うちの母親とか、公子さんとか」
公子さんまで?
意外に、部屋に推しのポスターとかいっぱい貼ってあるのかもしれないな、となんとなく思う。
緊張するな、と錆人は思っていた。
「どうぞ」
と月花がワンルームマンションの扉を開ける。
そんなに新しくはないのかもしれないが、小綺麗な感じのマンションだ。
女性が一人で住むのには充分な感じかな、と思いながら、ちょっと狭い玄関に、お邪魔します、と言いながら入る。
短い廊下の向こう。
すりガラスの扉を月花が開けた。
生まれて初めて入る女性の部屋。
「これは……」
と錆人は息を呑んだ。
夕暮れの日差しが差し込む月花の部屋は、男としては、ときめかざるを得ない部屋だった。
錆人は目を細め、部屋の中を見回しながら言った。
「これは――
お兄さんの部屋か」
「……いや、なんでですか」
「なんかこう、男がときめく部屋じゃないかっ。
子どものころ夢見た、基地みたいな部屋だっ」
「いや、女が基地見てときめいてもいいと思うんですけど……」
月花の部屋は無骨な黒いアイアンと木の家具で統一してあった。
部屋の中にハンモックがあったり、ジャングルのような観葉植物があったり――
「お店屋さんごっこができそうな、屋台みたいな木製のカウンターまであるぞっ」
いや、お店屋さんごっこって、専務……という顔で月花が見ているのに気がついた。
しまった。
うっかり、童心に帰ってしまったようだ……。
「いいな。
ドキドキするが、緊張はしない部屋だ。
素晴らしいっ。
とても、女の部屋とは思えないっ」
錆人は喜び、そう力説する。
「今日はもう何処にも行きたくないなっ。
お前と二人で、ずっとここにいたい」
「いや……ご飯食べに行きましょうよ。
今、なにもないんで」
と言いながら、月花はスマホを探している。
「男の世界だな、この家はっ。
ということは、晩ご飯は、肉だな。
バーベキューとかいいな。
お前はどうだ?」
と興奮気味に訊いて、
「今から、バーベキューはちょっとあれですけど。
専務がお肉がいいのなら、お肉でいいですよ」
と子どもに言うように言われてしまった。