「なんだお前、月花の部屋に行ったのかっ。
俺もまだ行ってないのに、うらやましいっ」
月花たちが珍しくカウンター席で肉を焼いてもらって食べていると、西浦がそう言って文句を言ってきた。
「あ、そうでしたっけ?
一緒に来られますか?」
と月花が言うと、横から錆人が、
「いいんだよ、月花の部屋。
謎の熱帯植物とか。
あやしい木の像とかあったりして」
とワクワクした顔で言う。
「ときめかねえけど、ときめくな、それ。
なあ、新田。
俺、今日、もう帰っていいか?」
と西浦が振り向いて言うと、
「どうぞ」
と新田は諦めたように苦笑いしていた。
「すごいな、錆人。
お前のおかげで月花の住処まで来れたぞ」
住処って……。
私はアナグマかなにかか、と玄関先で浮かれる西浦に月花は思う。
中に入った西浦も、錆人同様、感激していた。
「すげえ!
この部屋、いいなっ」
喜んで遊び回る西浦に、およそ、女の部屋ではない! という烙印をまた押される。
「よし、船木たちにも自慢しよう」
と西浦がスマホを取り出した。
「あ、船木さん、玄関先までなら来たことありますよ」
なにっ!?
と二人が振り向く。
「いつか、本貸したんで」
「聞いてないぞっ。
詳しく訊くために、船木を呼べっ」
と西浦が騒ぐ。
「仕事中では……」
「三田村も呼べ」
ここ、私の部屋ですが……。
まあ、いいですけど、と思っているうちに、西浦は二人を呼んでいた。
遅れてやってきた船木が勝手にあちこちでくつろいでいる男たちを見ながら呟く。
「俺は照れて入れなかったのに……」
なにやってるんだ、お前らは、と言いながら、差し入れのスープと酒の入ったビニール袋を月花に渡してきた。
「心配するな、照れるような部屋ではない」
と錆人が言い、
「ハンモック最高~」
とハンモックでごろごろしながら、西浦が言う。
「こんな感じの部屋だったのか。
玄関の雰囲気からは想像がつかんな」
と船木は、マジマジと室内を眺めたあとで、
「なんでベッドの上にハンモックがあるんだ?」
と訊いてくる。
「……いや、部屋が狭くて、他に吊るせるところがなかったんで」
あと、万が一落ちても、下ベッドだと安全なんで、と月花は言った。
錆人は気に入ったらしい、サボテンと普通の葉っぱの観葉植物をミックスしたような不思議な木の側で、スマホを見ていた。
さっきまで、西浦と一緒になって遊んでいたのだが、ここに猫を見に来たことを思い出したらしく、月花の昔のスマホで猫を鑑賞していた。
「まあ、船木さんも好きなところで、ゆっくりされてください」
と言うと、もうエンジョイしすぎな西浦がハンモックの上から、
「お、ビール、ビールッ」
と目ざとく見つけ、手を伸ばしてくる。
船木は月花の手にあるビニール袋から、コロナビールの瓶をとり、西浦に向かって投げていた。
「栓抜きも」
と言う西浦に、月花は指差し言う。
「そのベッドの支柱にぶら下げてありますよ。
十徳ナイフが」
爪切りや缶抜き、栓抜きなんかがついている十徳ナイフだ。
「なんで十徳ナイフがこんなところにっ」
「泥棒とか、西浦とか入ってきたときのためじゃないのか?」
とスマホを見たまま、錆人が言う。
違いない、と船木はその十徳ナイフで自分の分のビールも開けながら、笑っていた。
「お疲れ様~。
あっれ~、錆人、寝てるの?」
三田村は、かなり遅れて、ビニール袋を手にやってきた。
固いものの入ってそうな、そのビニール袋を倒れて床に寝ている錆人の頭にぶつけようとする。
「ね、寝かせておいてあげてください」
と月花が言い、西浦が、
「遅いじゃねえかよ。
錆人、もう潰れたぞ」
とまだ酒を呑みながら、三田村に言う。
「僕は君らと違って、ちゃんと店の後始末までして来たからね」
と言いながら、三田村は、よっこいしょ、と腰を下ろした。
月花の部屋の中を見回し、
「ふ~ん」
と言ったあと、ゴソゴソとビニール袋から缶のツマミや、酒を出す。
ローテーブルに並べはじめた。
「さ、食べてー。
呑んでー」
「いやいやいやっ。
なにも突っ込まれないのもあれなんですけどっ」
さっきからずっと、男らしい部屋だとか、基地のような部屋だとか言われつづけた月花は、思わず、自分から、そう言ってしまったが。
「月花らしい部屋だなあ、とは思ったよ」
さ、呑も、呑も、と三田村には軽く流されてしまった。
いやまあ、それでいいのだが――。
明け方、みんな、早朝から仕込みがあったり、出張があったりすると言うので、まだ寝ている錆人を置いて、早めに帰っていった。
玄関で、一番最初に靴を履いた西浦が言う。
「楽しかった。
みんないい奴らだよな」
「そうですね」
と月花はしみじみ言った。
だが、西浦は、
「……いい奴らなんだが。
誰かが月花を手に入れたら、こうは仲良くできないかもな。
でも――
すべてを失っても、俺はお前が欲しいかな」
そう言い、月花の長い髪に触れると、そこに口づけようとする。
だが、やってきた船木がその首根っこをつかんだ。
「俺も『誰かが月花を手に入れたら』からは、以下同文だ」
とこちらを見ないまま言って、西浦を引きずって出た。
「以下同文とか芸がないね~」
遅れて出て来た三田村が笑いながら言う。
「僕は誰かが月花を手に入れたら――。
例えば、今、信用して置いてきた錆人が、君に手を出していたりしたら、そこにある十徳ナイフで殺せるよ」
リアルすぎますっ。
芸がない方がいいですっ、と月花は震え上がった。
部屋に戻ると、みんなにブランケットやクッションをかけられている錆人が安らかに眠っていた。
「……専務、朝ですよ」
いい寝顔だ。
楽しかったんだろうな。
職場では、あんなフランクに誰かと話すなんてできないもんな。
誰か……
ああ、常務が一番遠慮がないかな、と思い、月花は笑う。
その日の昼、常務はスープ屋にいた。
気の置けない部下とたまにはランチでも、と思ったら、若い部下たちが、ここがいいと言ったからだ。
もうちょっと高いものをおごってやってもよかったんだが、遠慮だろうか、と思いながら、若者たちの話を聞いていると、
「あ、専務と婚約者の月花さんだ」
と誰かが言った。
見ると、なるほど、奥側の席に、錆人と月花がいる。
他にも、はっきりとした濃い顔の男前――
だが、ちょっと裏社会の人間にも見える男や、端正で上品な顔をした男もいた。
上品な顔の男の方は見覚えがある。
鞠宮だ。
以前、月花の前に、短期でうちのに来たことがある派遣秘書だ。
なにを話してるんだか、みんな盛り上がっているようだった。
別に挨拶はしなくていいか。
若造だが、専務な錆人を見ながら、そう思っていたが。
ふと、トイレに行きたくなってきた。
気づかれないよう、観葉植物の後ろを通りながらお手洗いに向かっていると、彼らの話し声が聞こえてきた。
「それでさー。
誰が寝るかでジャンケンしたんだ」
と裏社会の人間風の黒っぽいスーツを着たイケメンが言う。
「で、俺が勝ったから、俺が月花の上で寝たんだ」
なんという生々しい話をっ、という顔をして、立ち止まってしまう。
それに気づいた鞠宮がこちらを見た。
「お前たち……俺が寝てる間に」
背中を向けている錆人がショックを受けたように言うのが聞こえてくる。
肝心の月花は、
「いや~、もう、西浦さん、寝相が悪いんで、大変だったんですよ~。
ハラハラしました~」
とか言って、笑っている。
どんな会話だっ、と思ったとき、鞠宮がぺこりと頭を下げ、それに気づいたように、みんなが振り返った。
「あっ、常務」
「お疲れ様です」
「……お疲れ様」
そのあと、なんと続けようかと迷い、
「ずいぶん楽しそうだね」
と言ってしまった。
すると、錆人が、
「いや、月花の部屋、アスレチックな感じになってましてね。
楽しいんですよ」
と言う。
「鞠宮、お前も今度来いよ。
今度はお前にハンモック譲ってやるよ」
「……西浦さん、私の部屋です」
ああ、ハンモックね。
ハンモック……。
なんとなく、ホッとしているこちらの表情を優秀な秘書、鞠宮は読んでいるようで、
常務も大変ですね~、みたいな顔で、苦笑いして、こちらを見ていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!