私、玲瓏真昼の朝は早い。四時にセットされた目覚まし時計が鳴る前に目を開き、制服を着て、髪を巻く。
そうして、ある程度の用意ができたら、座って机と向き合う。まずは、昨日の晩に見た英単語帳の復習から始め、その後に英語長文の問題に取り掛かる。
「ふわぁ……」
大きな欠伸が出た。まだこの生活リズムに身体が慣れていないのだろう。去年の私なら遅刻ギリギリの時間に起きていただろうからな。
だが、今はそうも言ってられない。もう私は中三。受験生だ。それに早起きする事には、もう一つ大きな理由がある。
私が密かに想いを寄せている、隣の家に住む幼馴染の彼が、いつ家を出るのかを見れる。そうして、私は偶然を装って彼と一緒に登校するのだ。
気持ち悪い事をしてるのはわかる。だが、皆んなそんなものだろう。他人の事など本心ではどうでも良い。だから、私は私のしたいように好きに生きるのだ。
おっと、こんな事を考えている場合では無い、すぐに勉強に戻らないと。
*
「あー、疲れたぁー」
背もたれの後ろに手を回し、身体を伸ばす。首も思いっ切り脱力して、天を向く。
今まで真剣に勉強する事など無かったから知らなかったが、勉強というのはこんなにも疲れるものなのか。
そういえば、時間を確認していなかったと思い、一気に身体を起こして前を向く。デジタル時計には丁度8:00とあった。
遅刻寸前だ。
「ヤバい、ヤバいっ!!」
部屋から出て猛スピードで階段を下りる。リビングを通り越して玄関へ行くも、すぐに引き返して朝食の食パンだけ取って、また玄関へ向かう。パンは口にくわえて靴を履き、外に出る。
これじゃまるで、少女漫画のヒロインだ。いや、こういうのは入学初日にあるものか? いや、もしかしたら今日転校生が来るのかもしれない。いや、そもそも私には好きな人がいるじゃないか。
だから、現実逃避はやめろ! 私!!
「あれ? 真昼じゃん、遅刻するぞ」
聞き慣れた声がして、私は急に現実に引き戻され、今になってようやく目が覚めたように感じた。
「ふぉふあよう!」
「うん、おはよう。食パン食べながら話すなよ」
そう、彼が私の想い人、幼馴染の孤城暗夜だ。
***
全速力で階段を上がり、廊下を駆け、席につく。すると丁度そこでチャイムが鳴った。本当ギリギリだ。
「ちょっと先生ー! 許してよー!」
僕の後ろを走ってた真昼が、先生の許しを請う声が教室までよく聞こえる。
うん、 僕がこんな目に遭ったら、次の日からは確実に学校に行けなくなる。 でも、まあ、真昼なら大丈夫だろう。
廊下に立たされている彼女の姿が、僕の席からはよく見える。
思いっ切り校則違反の金髪にキラキラのネイル。メイクはしていないが、顔が整っていて、翡翠色の瞳が綺麗。 僕のような、クラスの大人しい子とは真逆の存在。
「先生ー、許してよー!!」
あいつはまだ言っているのか。まあ、廊下に立たせるなんて時代的に危うい事をしてる先生も先生だが、遅刻したのは真昼の奴のせいじゃないか。
「私が遅刻なら暗夜もだよ! 朝、一緒に走って来たんだもん!」
ん? 今アイツはなんて言った? 気のせいだとは思うが僕の名前があったような……
何だか妙に先生と目が合う気がする。いや、というよりもこっちを凝視しているな。
何だか嫌な予感がある。
廊下の真昼の方を見ると、こっちに向かってべーっと下を出してきてた。野郎……。
「暗夜! 廊下に立ってろ!!」
僕が目を離した瞬間、先生はそう叫んだ。
*
「ねえ、暗夜? ねえってば。何か言ってよ」
僕の横に立たされている真昼が、しつこく話しかけてくる。
「なあ真昼。何で僕が黙ってると思う?」
彼女は人差し指を自分の頬に指し、考えるように瞳を閉じる。
「ん~~、あっ!」
彼女は目を開いた。
「私が可愛くて、照れちゃってるんだ! まったく、暗夜君は照れ屋さんだなー」
「全然、違う」
即答。考える間もない。
「えー。じゃあ、何で黙ってるのさー?」
「そんなの決まってるだろ。お前が僕の事をチクったからだ」
僕ははっきりと言ったはずだが、彼女は今一ピンときていない様子だ。
「真昼が先生に僕の遅刻について話さなかったら、僕はこうして廊下に立たなくてすんだ。だから、僕は今怒ってるんだよ」
次は丁寧に理由を説明した。これなら、間抜けの彼女にだってわかるはずだ。
僕の説明を聞くと、彼女は笑う事をやめて、真剣な眼差しになった。
「暗夜君、ごめんなさい。私、実は暗夜の事をちょっと心配で……」
突然こんなにしっかりと応答をする姿を、彼女をよく知らない人間が見れば驚くかもしれない。
だが、真昼はそういうやつだ。ふざけた事をするが、実は誰よりも考えていたりする。僕なんかよりも、よっぽど凄い。
「暗夜、最近なんか暗いからさ。からかってやったら、少しは元気、取り戻してくれるかなって思ったんだ」
「真昼、僕は何ともないぞ。暗いのは元々だしな」
「本当に?」
「ああ、本当だよ」
「本当の本当?」
「うん、本当」
「本当の本当の本当?」
「だから、本当だって言ってるだろ!」
「そう、なら良いんだけど……」
本当かどうかを問うだけの会話だというのに、信じられないほど長い。だが、それだけ彼女は僕を疑っているのか。それとも、僕の嘘を見抜いたのか。いや真昼の事だし、ただの冗談かもな。
「ねえ、そういえばさ。暗夜は志望校、どこにするの?」
「志望校か。正直まだ、受験生だって実感が沸かないな。真昼もそうだろ?」
僕は軽い気持ちでそう言った。だが、目の前の彼女はまだ真剣な表情をしていた。
「私さ、東高校受けようと思うんだよね」
東高校といえば、ここらで一番頭の良い高校だ。そんなところを彼女が目指していると知って、僕は最低な事に裏切られた気分になった。
「そうか、東高校か。頑張れよ」
嘘だ。応援の気持ちなんて無い。ただ、お前だけは味方だと思っていた。真昼だけは僕と同じで受験に本気になれていないと。
「ありがとう、暗夜。私頑張るよ。」
やめてくれ。そんな事言わないでくれ。彼女の善意が僕を傷つける。
「どうしたの暗夜? なんか顔赤いし、息も荒いよ。熱でもあるんじゃない?」
彼女は自身の額に手を当てた後、俺の額に手を当てた。
「熱は無いかな……? どうしたのさ、黙っちゃって。あっ! 今度こそ、私の可愛さに照れちゃった?」
彼女がニヤッと笑う。とてもお似合いだ。
何だか、このまま彼女と一緒にいると、僕が壊れる気がした。真昼は優しすぎる。
「真昼、ごめん」
僕の額を触れている彼女の手を掴み、離す。このまま逃げようとしたその時だ。
「ヒュー! お熱いぜ二人ともー!!」
この声はクラスのおちゃらけ役、雲隠日向のものだ。
僕はすぐに教室の方を向いた。多くのクラスメイトが席に座ったままでありながらも、明らかに僕らを見るためにか重心が偏っている。
「何だ、付き合ってたのかよお前らー」
「お幸せにー」
僕らをイジるような言葉が教室内で繰り返される。
真昼。真昼は大丈夫か?
急いで彼女の様子を確認すると、頬や耳を真っ赤にして恥ずかしそうに視線を下に向けていた。
それを見て僕は覚悟を決め、大きく息を吸った。
僕みたいなド陰キャに出来るのかだとかそういう不安はあった。だが、それを考えるよりも先に身体が動いた。
「ぜ、全然。そういう関係じゃ無いです。僕らは付き合ってなんか無いです!」
*
僕はあの時、自分の中での全力で声を出した。普段、こんな事はしないから、腹では無く喉から出たその声は弱々しいものだった。
だが、それが逆に良かったのかもしれない。
クラスの人たちは別に悪気があった訳では無い。単にそういう恋愛絡みの噂だとか話が好きだというだけだ。それに真昼が男女ともに人気がある事も関係していたのだろう。
まあ、とにかくそんなものだったから、僕の声を聞いて、彼らは踏みとどまってくれた。これ以上はやり過ぎだとわかってくれたのだ。
だから、彼らを責める事が間違っているとはわかる。でも、それが原因である気がしてならない。
その日から、真昼は僕に口を聞かなくなった。
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「生活リズミ」⇒「生活リズム」 誤字訂正報告ですm(_ _)m ※わざとかなって思ったけど一応 続き待ってますᴖ ·̫ ᴖ